「主観の交換」が生み出すチームの共創力について考える
すっかり定着したオンライン会議は、ゴールに向かうための合目的的な議論を効率的に進めるのに効果的だ。しかし、イノベーションにつながる創発的な議論の場としては難しいと考えられており(※1)、共創の場をどのようにつくればよいのか、多くの企業が頭を悩ませている。一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏は、互いの主観をぶつけ合う「知的コンバット」がない組織ではイノベーションは起こらないと言う。なぜ主観を交わし合うことが必要なのだろうか、どのように主観の交換ができる組織をつくればよいのだろうか。
なぜ「情報交換」でなく、「主観の交換」が必要なのか
主観の交換が必要なのは、組織が変化の激しい環境に対応し、イノベーションを生み出すためである。個人の経験や価値観に基づく主観は、現場の課題や潜在的な問題を浮き彫りにするだけでなく、新しい視点や創造的なアイデアをもたらす。主観を交わし合うことは、メンバー間の相互理解を深め、チームとしての結束力を高める効果もある。また、個々の主観を組織的に活用することで、効果的な意思決定が可能となり、持続的な成長を支える基盤となる。日々の業務を円滑に遂行するための「情報交換」とはまったく性質が異なる。
互いの主観をぶつけ合うことは、事業上の必然
ただし、これまで上意下達で意思決定を進めてきた組織では主観を交わし合うことは難しい。だからと言ってそれができない状況を放置してよいものではない。主観を交換することは、組織風土の改善ではなく、事業上の必然だからだ。
現在進行中のプロジェクト、「『マネジメント』を編みなおす」では、事業変化に対応するためにマネジメントの機能そのものをいかに見直すのか、というテーマを扱っている。
企業には事業上の課題があり、その課題に適応するために組織の機能の見直しがあり、見直された機能に沿って、組織を最適化し、マネジャーの役割を再考する。という本来進むべき順序がある。ところが、多くの企業では、事業上の課題に適応するためにマネジメント機能そのものを見直すということは行われていない。「マネジャーの仕事はこうあるものだ」という前提が強く、そのメンタルモデルが邪魔をしているのか、事業課題とマネジメント機能とが構造的につながっていないのだ。
事業上の必然からマネジメント機能の見直しを行ったケースとして、本プロジェクトでも紹介した丸井のケースが挙げられるだろう。過去に丸井は、「商品を売る店づくり」から売らない店・体験を提供する事業へのシフトを決めた。多くの制度を見直す中で、支援型のマネジメント機能への変更は事業戦略上欠かせないことだった。こうした変化を実現するために、社長を中心に社員らが『ダイアローグ』や『学習する組織』を一緒に読み、なぜ丸井に入社したのかということも対話している。事業上の必然から、以前の上意下達の組織風土を変え、個人の主観が交換できる組織へと変化させてきているのだ。
このプロジェクトで紹介している他の企業についても、「対話の機会をつくることで自律したメンバーを育成」(カルビー)、「チームビルディングと権限委譲で、チームの成果を最大化」(ヤッホーブルーイング)と、チームの力を最大化するために個々人の異なる強みや経験、視点をアウトプットし、事業に活かすための仕掛けづくりが行われている。
互いの意味を語り、「一緒に創る」
心理学や社会学だけでなく、近年、経営学や経済学でも「ナラティブ」が話題だ。アマゾンの社内会議でパワーポイントが廃止され、ナラティブ形式による6ページのワードの資料に目を通すことから開始されたというのは有名な話だ。パワーポイントに箇条書きにされたプレゼンテーションでは、その提案の背景にある物語が消えてしまうというのがその理由だとされている。
論理的に処理のできる「客観」だけでは、人の心を動かすことはできない。だからこそ、なぜこの仕事にこれほどまでにこだわるのか、こだわりたいポイントはどこなのか、個人の物語を語り、互いの主観を交換しながら、一緒に創ることが必要なのだ。
筆者がまだ20代だった頃、新規事業としてキャリアをテーマにしたオンラインサービスを開発していたことがある。顧客は誰か、潜在的なニーズは何か、サービスの実現に向けて、喧々諤々、互いの主観を当事者として交換し合った。かなりハードなスケジュールの中、不思議なもので、主観を口にできないメンバーは自然と組織から離れていった。
具体的に提供するサービスが決まり、プロジェクトチーム全体がその事業で実現したいパーパスに向かって動いていた中、締め切りとコストの関係で、そのサービスの一部の追加開発を諦めざるを得なくなった。パーパスとは異なる仕様に納得できず、かなり悔しい思いをしたのだが、その時、上司が言ってくれた一言が今でも忘れられない。「追加開発しなくても大丈夫。なぜなら君の思いは知っているし、その君がつくっているサービスだから。神は細部に宿るから」これは普段から「何を大切に働いているのか」互いにわかっていたからこそ出された意見だ。結局、追加開発はせず、事前に決めた期日にリリースした。
もちろん事業がおかれた環境はその当時とは大きく異なっているが、この時の主観をとことん交換し合う経験がその後の仕事の進め方に与えた影響は大きい。
組織の中にメンバーが自分の主観をアウトプットできる場をつくれているだろうか、メンバー間の主観の交換をチームの共創力につなげるような経験をさせているだろうか。そもそもメンバーは意思決定の際に自分の言葉で意見を言っているだろうか。あらためて考えてみたい。
(※1)集まる意味を問いなおす ―リアル/リモートの二項対立を超えて―
https://www.works-i.com/research/report/gettogether_220720.html
辰巳 哲子
研究領域は、キャリア形成、大人の学び、対話、学校の機能。『分断されたキャリア教育をつなぐ。』『社会リーダーの創造』『社会人の学習意欲を高める』『「創造する」大人の学びモデル』『生き生き働くを科学する』『人が集まる意味を問いなおす』『学びに向かわせない組織の考察』『対話型の学びが生まれる場づくり』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)