
働き手不足の時代、「ワークルール教育」は人材確保の施策
大学生が直面するアルバイト先での出来事
筆者は大学の非常勤講師として働き4年目になる。授業や日々の大学生との会話からアルバイトや就職活動の実態に触れ、自身の学びにもなる。同時に、学生との何気ない会話から心配になることがある。それは、働くうえで必要な法律や決まりごと「ワークルール」(※1)を理解していない学生が多くいるのではないかということだ。例えば、次のような発言がある。
「午後10時以降だと時給アップなんです、他のバイトより待遇がいいですよね」
「土日の8時間シフトは休憩なくて最悪。でも人がいないからしょうがない」
「友達のバイト先、バイトなのに有給休暇あるんですよ、羨ましい」
午後10時から午前5時までの深夜労働には、通常の賃金に加えて25%以上の割増賃金を支払うことが、労働基準法で義務付けられている。次の休憩についても、6時間以上の勤務には45分以上、8時間を超える場合には1時間の休憩を労働者(※2)に与える義務がある。最後の有給休暇は、労働者であれば一定の条件を満たすことで取得できる制度だ。
彼らの中には、労働法に関する教育を学校や職場で受けていない人もいる。その場合において、直面する出来事に問題があるのか判断し、また何が問題なのかを定義することは難しい。ワークルールを知らないまま労働者となるのはとても危険だ。交通ルールを知らずに、車を運転する人はいないのと同様に、労働者になる前に知っておく必須の知識である。そこで学生を対象にしたワークルール教育の実態に触れ、企業主体によるワークルール教育実施の必要性について考えたい。
学生アルバイトのトラブル実態とワークルールの学習機会
厚生労働省「大学生等に対するアルバイトに関する意識等調査」(2015)は、学生1000人が経験したアルバイト延べ1961件のうち48.2%(対象者1000人に対する割合は60.5%)が労働条件等で何らかのトラブルがあったと報告している。
2022年にも日本労働組合総連合会(以下、連合)が「学生を対象とした労働に関する調査」(※3)で学生のアルバイト経験について聞いている。経験者を対象(※4)にした「アルバイト先でトラブルにあったことがあるか」の質問に、32.6%があると回答している(図1)。トラブルの種類では、労働時間関係(長時間労働、シフト等)が43.3%で最も多く、続いて人間関係(いじめ、ハラスメント等)が42.4%、休日・休暇関係が25.4%であった。賃金関係(未払い、最低賃金等)は19.6%だった。
図1 アルバイト先でのトラブル有無とその内容

出所:連合「学生を対象とした労働に関する調査」より筆者作成
ワークルールの学習機会についても調査がある。全体の62.1%が学習する機会があったと回答しており、高校生・高専生では57.9%、大学生等では64.9%であった(図2)。どこで学習したかについては、「学校」が57.5%で最も高く、「自分で調べた」が41.1%、「アルバイト先」が21.1%と続いた(図3)。ワークルール教育は企業主体ではなく、教育機関主体で行われていることがわかる。
図2 ワークルールの学習機会の有無
図3 ワークルールの学習先
出所:連合「学生を対象とした労働に関する調査」より筆者作成

出所:連合「学生を対象とした労働に関する調査」より筆者作成
図3 ワークルールの学習先

教育現場や一部の組織に委ねられるワークルール教育の実施
ワークルール教育への取り組みが教育機関を中心に拡大した背景の1つとして、2013年に「ブラック企業」(※5)が流行語大賞に選ばれたように、違法な労働条件で若者を働かせる企業の問題が学生や若手社会人の間に広まったことがある。
2015年には若者雇用促進法が成立し、「国は、学校と協力して、その学生又は生徒に対し、職業生活において必要な労働に関する法令に関する知識を付与するように努めなければならない」(26条)といった規定が置かれた(河合,2020)。そして2016年度に厚生労働省が「労働法教育に関する調査研究等事業」で「『はたらく』へのトビラ~ワークルール 20のモデル授業案~」(※6)の冊子等を作成し、全国の高等学校等に送付している。「労働条件に関する総合サイト」では、2022年の改訂版が公開されている。
並行して実例を用いた学びを教育現場につなげる機会も広がっている。日本労働弁護団(※7)や日本ワークルール検定協会(※8)をはじめとする組織団体がワークルール教育の出前授業やウェブ動画の提供、検定試験を展開している。
筆者も微力ではあるが、厚生労働省の手引きを用いてワークルールの実践的な学びを4年間で約600名の学生に提供してきた。このような取り組みは強制的なものではなく、あくまで各教育現場と外部組織の意欲と工夫に委ねられている。しかし、教育現場での取り組みは労働者がトラブルに巻き込まれる前の予防にはつながるが、問題の解消には至りにくい。教育現場で学ぶワークルール教育の内容は一般的なものになりやすく、それぞれの職場で起きるトラブルには差があるため、若者が学んだことを応用しづらい可能性があるからだ。
筆者はこの若者の労働問題の解消に向けて、企業でもよりワークルール教育を充実させるべきと考える。働き手不足の時代、企業主体のワークルール教育は人材の定着や採用につながる人事施策としての価値にもなるのではないだろうか。
企業主体のワークルール教育は人材確保のための人事施策
企業主体のワークルール教育には、労働問題の解消に向けて2つの効果が期待できる。一つは「労働法に関する知識の継続的なアップデート」による労働トラブルの防止だ。時代に合わせて労働法は次から次へと改正が進むため、経営者や従業員をマネジメントする責任者が、認識を持たないまま違法につながるケースもある。社会人になると本人が強く意識するか、専門部署に所属するなど強制的な機会がないと労働法を学ぶのは難しい。企業が適切なワークルール教育の機会を提供することで、より安心して働ける環境整備に寄与する。
もう一つは「企業ごとの実践的なワークルールの習得」による労働者トラブルの防止だ。労働環境は企業ごとに異なり、深夜労働が発生しやすい業種や多様な雇用形態が存在する職場、社外の業務委託先との連携が多い職場など個別の課題が存在する。その内容を踏まえた企業主体の実践的なワークルール教育の実施は、それぞれの企業に応じた実践的な知識を学ぶ機会になり、労働者とのトラブル防止につながるだろう。
また企業主体のワークルール教育の充実は、定着率や採用ブランド向上といった効果や、人材確保に導く人事施策としての価値も持ちうる。2024年における従業員の退職や採用難などを原因とする人手不足倒産(※9)は、前年の260件から約 1.3 倍の342件に大幅に増加した(帝国データバンク, 2025)。働き手不足の時代に人材の定着や採用は、経営の最優先課題である。企業主体のワークルール教育を通じて労働者の不安を軽減し、安心して働ける環境を構築することで、「定着率の向上」に寄与する。学生の中には基礎的なワークルール教育を受けている人が増えており、労働者が安心して働ける環境整備に積極的に企業が取り組む姿勢は、企業の「採用ブランドの向上」につながる。求職者にとって安心して働ける労働環境は魅力的に映り、人材確保につながるだろう。
企業主体のワークルール教育は、労働者のためだけではなく、働き手不足の時代に企業にとっても重要な人事施策である。雇用に関わる現場責任者や経営者は、人材確保を図るために、積極的にワークルール教育の充実を検討すべきではないだろうか。
(※1)本稿では「ワークルール」の定義を一般社団法人日本ワークルール検定協会が示す「働くときに必要な法律や決まりのこと」とする。
(※2)労働基準法第9条が規定する「事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者」を労働者とする。
(※3)日本労働組合総連合会の「学生を対象とした労働に関する調査」では、学生(高校生、高専生、大学生、専門学校生、短大生、大学院生)の男女1000名を対象にアルバイトについて2022年10月31日~11月1日の2日間でインターネット調査している。
(※4)「現在アルバイトをしている」が53.2%、「現在はしていないが、したことがある」が15.6%となり、学生の68.8%が経験している。
(※5)2013年のユーキャン新語・流行語大賞のトップテンに「ブラック企業」が選出されている。今野(2012)は違法な労働条件で若者を働かせる企業を「ブラック企業」と示している。
(※6)厚生労働省「全国の高等学校等のための労働法教育プログラムが完成」 報道発表資料|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000163136.html(2024年10月7日アクセス)
(※7)日本労働弁護団ではワークルール教育を高校生向けに実践している。ワークルール教育 | 日本労働弁護団 (roudou-bengodan.org)
https://roudou-bengodan.org/info/work_rule/#guidelines(2024年10月7日アクセス)
(※8)2014年には一般社団法人日本ワークルール検定協会が設立され、学生のみならずすべての労働者に向けて初級・中級のワークルール検定が全国で実施されている。
(※9)帝国データバンクでは人手不足倒産を法的整理(負債1000万円以上)となった企業のうち、従業員の離職や採用難等による人手不足が要因となった倒産としている。
●参考文献
今野晴貴(2012)「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」文藝春秋
河合塁(2020)「大学におけるワークルール教育の意義と課題」日本の科学者 Vol.55 No.10 pp56-60
厚生労働省(2015)「大学生等に対するアルバイトに関する意識等調査」
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000103577.html(2024年10月8日アクセス)
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000103577.html(2024年10月8日アクセス)
帝国データバンク(2025)「人手不足倒産の動向調査(2024年)」
https://www.tdb.co.jp/report/economic/20250109-laborshortage-br2024(2025年1月29日アクセス)
日本労働組合総連合会(2023)「学生を対象とした労働に関する調査」
https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20230113.pdf(2024年10月7日アクセス)
https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20230113.pdf(2024年10月7日アクセス)
リクルートワークス研究所(2023)「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」
https://www.works-i.com/research/report/item/forecast2040.pdf (2024年10月16日アクセス)
https://www.works-i.com/research/report/item/forecast2040.pdf (2024年10月16日アクセス)

岩出 朋子
大学卒業後、20代にアルバイト、派遣社員、契約社員、正社員の4つの雇用形態を経験。2004 年リクルートHR マーケティング東海(現リクルート)アルバイト入社、2005年社員登用。新卒・中途からパート・アルバイト領域までの採用支援に従事。「アルバイト経験をキャリアにする」を志に2024年4月より現職。2014年グロービス経営大学大学院経営研究科修了。2019年法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。