自分らしい問題意識を持つために、個人ができること

大嶋寧子

2024年10月08日

問題意識とは、あることがらを問題として捉え、その問題に主体的に取り組もうとする心の持ちようを指す。インターネット上には「先行き不透明な時代だからこそ、問題意識を持つべきだ」「リーダーの重要な資質は問題意識を持つことだ」「部下に問題意識を持ってもらうにはどうしたらいいか」など、問題意識を持つことが重要であり、誰にとってもあるべき状態とされているようだ。

一方で、一人ひとりの声に耳を澄ませると、
「問題意識を持てって言われると、追い立てられるようで辛い」
「問題意識ってどうしたら持てるのか分からない」
「何かをどうこうしたいとかって、特にないんですよね」
といった声も聞こえてくる。

筆者は「誰もが問題意識を持て」と迫られる社会はなんだか気持ちが悪いと感じる方だ。一方で、多くの人が自分にとって大切な問題意識を持つコツはあるとも考えている。以下では、過去にワークス研究所が行った研究に基づいて、問題意識を持ちたいと思ったときのヒントを考えたい。

「創造性を引き出しあう職場の研究」プロジェクト

以前に、ワークス研究所で行ったプロジェクト「創造性を引き出しあう職場の研究」では、問題意識の形成やアイディアへの探究を促す職場の関係性とはどのようなものかを検討した。

図表1 「創造性を引き出しあう職場の研究」プロジェクトで検討した関係性

「創造性を引き出しあう職場の研究」プロジェクトで検討した関係性
詳細は報告書に譲り結論から述べると、問題意識の形成やアイディアの探究と最も深い関わりがあったのは、「もやもやの共有」ができる職場の関係性だった。「もやもやの共有」とは、仕事や職場に関する違和感、不満や不安などを共有しあえる関係性を指す。これと比べると、他の3つの関係は、問題意識の形成やアイディアの探求との関りは必ずしも明確ではなかった。仕事で大事にしたいことや実現したいことを共有する関係(かなえたいことの共有)は、「もやもや」の共有ができていない場合には、問題意識を持つことを妨げる傾向すら見られた。

なぜ「もやもやの共有」がそれほど大事なのか

研究所外の方々と議論するなかで見えてきたのは、「もやもや」には、これまでの前提ややり方では立ち行かないことの知覚、ありたい姿と現実のギャップの認知によって引き起こされる違和感など、まだ言語化されていない問題や取り組むことでより良い状態を生み出しうる課題につながるものが含まれているということだ。一方で、「もやもや」は無視をしても当面の仕事や生活は続けられるため、意識しなければ蓋をしてしまいやすい。だからこそ、「もやもや」について対話し、共通のテーマとすることで、問題を言語化したり、より大きな問題に気付いたり、周囲にとっての意味を見出しやすくなるのだと考えられる。

図表2は、もやもやの共有度合いと職場における創造性発揮の度合いの関係を示したものだ。これによると、もやもやの共有度合いが高いグループでは、解決すべき問題に気付き、新しいアイディアを思いつき、それを磨いて上司や会社に提案する人の割合が明確に高かった。職場でどれくらい、「もやもや」が共有されているかによって、個人が仕事や職場に問題意識を持ったり、アイディアを磨いたり、提案できるかどうかに差が生じうるということになる。

図表2 職場における「もやもや共有」度合い別に見た、該当者の割合

職場における「もやもや共有」度合い別に見た、該当者の割合

組織の知識創造や個人の学びにおける「もやもや」の重要性

まだ明確に言語化されていない個人の認知や内的な不協和が、組織の知識創造や個人の学びに重要な意味を持つことは、これまでの研究で指摘されてきた。例えば、経営学者の野中郁次郎氏らによって体系化された「知識創造理論」は、知識には形式知(明確な言語・数値・図表で表現される知識)と言葉では表現しきれない思考習慣や行動様式などの主観的・身体的な知(暗黙知)があり、この2つの知がダイナミックに循環するほど、豊かな知が組織的に創造される可能性が高くなると指摘する(※1)。個人が「もやもや」に蓋をしてしまうような組織では、暗黙知は個人の内側にとどまり、磨かれるプロセスを逸したり、最終的に風化してしまうリスクが大きいと言えるだろう。

また米国の教育学者であるメジロ―が提唱した変容的学習論では、価値観が揺さぶられたり、それまでの自明性や安定性に疑問を持つようになる「混乱的ジレンマ」が、それまで準拠としてきたことを問い直し、新しい枠組みを構成する契機となると指摘する。ただしそのような問い直しは孤立状態では難しく、他者とのやりとりや知識、経験の共有などによって自分とは違うさまざまな考え方や見方に触れることが重要と指摘されているように(※2)、これまでの当たり前を問い直す上では、他者との相互作用が重要な役割を果たすと言えそうだ。

どのように「もやもや」を大切にすべきか

では、個である私たちは「もやもや」をどう大切にすればいいのだろうか。企業による実践については、研究プロジェクトページにて紹介しているため、以下では、この点についてさまざまな人と対話するなかで出てきた、「個人がもやもやを大切にするためのヒント」を紹介することにしたい。

その一つが、日常のなかで体験から感じた違和感を大事にすることだ。例えば、ちょっとした違和感を感じたときに、組織や自分にとっての変化の種として捉え大切にする行動が当てはまる。実際、小さな違和感を大事にしていると思う人や問題意識の塊だと思う人は、しばしば小さな気付きをこまめにメモ帳や携帯に記録している。違和感を持ち続けることには、一種の気持ち悪さもあるが、答えや結論をすぐに出そうとせず、時間をあけて再び考えたり、眺めたりし、関係あるテーマに出合ったときにつなぎあわせてみる。誰と話せば新しい視点をもらえそうか、どんなふうに伝えてみようか思いをめぐらすことなども有効だろう。

もう一つは、その「もやもや」を解消することで生まれる、周囲との共通の価値を考えることだ。「もやもや」は、前例やこれまでのやり方、他者の発言や行動に対する否定という側面があったり、自分だけのわがままに感じられることがあり、必ずしも他者と共有しやすいものではない。しかしその「もやもや」は他者にはどのような意味があるのか、それが解決されることで、周囲にはどのような良い状態が生まれうるのかという視点があれば、それをベースに対話しやすくなる。

急いで問題意識を持とうとしなくていい

最後に、自分起点で「もやもや」を共有できる関係を作ることだ。先に述べたように、「もやもや」は必ずしも人と話しやすいものではない。だからこそ、そのような関係は待っているだけでは作れない。自分から「もやもや」にポジティブな側面があることを伝えたり、自分から率先してそれを共有したりしてみる。誰かが違和感を共有してくれたときには、そのことに感謝したり、新しい視点を提供したり、その人が「もやもや」を言語化するのを手伝ったりするのも良さそうだ。

問題意識を持ちたいと思ったら、急がない方がいい。まずは自分の内側にある「もやもや」を大切にすると決め、それについて信頼できる人と対話をしてみることが、実は近道なのではないだろうか。

(※1)野中郁次郎・竹内弘高 (2020)『知識創造企業 (新装版)』東洋経済新報社、野中郁次郎. (2007). イノベーションの本質 知識創造のリーダーシップ. 学術の動向, 12(5), 60-69.
(※2)常葉-布施美穂 「変容的学習-J.メジロ-の理論をめぐって」赤尾勝己編 『生涯学習理論を学ぶ人のために』世界思想社、2004年、安川由貴子. (2009). 認識の変容にかかわる学習論の考察: J. メジローの変容的学習論から G. ベイトソンを読む. 京都大学生涯教育学・図書館情報学研究, 8, 11-28.

 

大嶋 寧子

東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、民間シンクタンク(雇用政策・家族政策等の調査研究)、外務省経済局等(OECDに関わる成長調整等)を経て現職。専門は経営学(人的資源管理論、組織行動論)、関心領域は多様な制約のある人材のマネジメント、デジタル時代のスキル形成、働く人の創造性を引き出すリーダーシップ等。東京大学大学院経済学研究科博士後期課程在学中。