なぜホワイトカラーは減らなかったのか

古屋星斗

2024年08月29日

S氏の出勤

「S氏は出勤すると、机の上のワークステーションのスイッチを入れ、身分証明証を兼ねた磁気カードをカードリーダに入れる。これで本日の出勤が記録されるのである。スケジュールを確認すると、十一時から十二時までと二時から四時まで会議、四時三〇分に来客、とメッセージランプが表示する。今朝の新聞記事についてエネルギー・データ・ベースで調べてメモを作成する。ワークステーションに同音異義語の正答率が九割以上になった日本語ワードプロセッサ機能もあるのだが、S氏はカナ・タイプを打つのが苦手なので、手書きで書いてOCR(光学的文字読取装置)で入力する。電話がかかってくる。海外担当の課からで、今、アメリカから政府発表のオリジナルがファクシミリで届いた。今“自動翻訳機”にかけているが、専門的な内容になるのでS氏にプルーフリーディング (校正)をやってくれないか、という内容である」

これは、経済産業省の産業構造審議会情報産業部会が1980年に答申を行った際の、「S家の一日、一九九〇年五月二一日」とする資料に記載された内容である。当時「マイコン革命」「第三次産業革命」と呼ばれた技術革新を見越し、半世紀近く前に想定された近未来のオフィスワーカーの仕事の様子であり、ここで想定されている近未来のオフィス技術(個人のコンピュータ所有と、それによる管理・情報獲得、FAX、OCRなど)は実現した時期の差こそあれ、おおむね1990年代には導入がすすんでいた。

例えばFAXは、事業所においては1980年代から普及し始めたが、それ以前のオフィスの3.1%の人員が担っていた「配布発送」業務を完全に代替した(※1)。また、コンピュータとOCR(光学的文字認識)は、「書く・計算する」という15.6%の人員がオフィスで担っていた業務を相当程度効率化した。以上の技術は、エアシューターによる文書転送(※2)や、稟議書の浄書、電卓(算盤)による計算作業といったそれまでのオフィスにおいて誰かが担わなくてはならなかった仕事のほとんどを完全に置換する機能と利便性を備えており、事実、現在のオフィスにおいてそのような仕事を担う人は存在しない。

ホワイトカラーは減ったのか

以上の近未来の仕事の在り方を、先人たちはほぼ正確に予見していることは冒頭の「S家の一日」をご覧頂いた通りである。しかし、実は最も重要な部分について先人たちは完全な見込み違いをしている。「ホワイトカラーが急速に必要なくなる」という予見である。

例えば、オフィス自動化(オフィス・オートメーション:OA)を進めるビジネスを行っていた企業の業界団体とも言える、日本電子工業振興協会は1980年に「オフィス部門の合理化が、わが国経済の発展にどの程度寄与するか、およびこれによって職を失う、あるいは新たな対応をせまられる現在のオフィスワーカーの、新たな業務処理形態への移行がスムーズに行われるか」と問題提起している(※3)。北米に拠点を置く研究機関の1979年のOAに関する研究は1日あたり2時間45分ほどの余剰時間が生まれると指摘し、オフィス全体にコンピュータシステムを導入し500人以上の弁護士を“自動化”する予定だとする経営者の話を掲載している(※4) 。また、1981年に労働省が行った「職業別労働力実態調査(昭和五六年度)」では、大企業におけるオフィス・オートメーション機器の導入の目的達成度合いについて、「事務管理部門の人員削減」が66.7%、「事務管理部門の人員の抑制」が81.9%と、OAへの投資とともに人員削減が進んでいることが明確に示されていた。こうした結果を受け、1983年の日本の技術評論家の著作では、OAによる事務作業の省力化に資する技術の動向やその影響を検証したうえで、「現代の資本主義社会は高度化し、事務労働者が社会の主要な位置を占めるようになったが、マイクロエレクトロニクス革命は、いま大半が中流意識をもつという事務労働者を直撃することになった」 (※5)とまとめている。
 
実際はどうだったのだろうか。
図表1に職種別の就業者数の推移を統計が残る1953年以降で整理した(職種区分が変わるため図表1は2009年まで)。上述のとおり、マイコン革命、第三次産業革命、ME化といった議論がされ実際に急速にオフィスに革新的な技術が実装された1980年代以降も事務・技術職種従事者(ホワイトカラー、ここでは専門的・技術的職業従事者、管理的職業従事者、事務従事者の合計)の割合は下がるどころか一貫して上昇傾向にあることがわかる。1953年に16.0%だったホワイトカラー就業者の割合は、1970年に23.2%、1980年には28.6%、1990年には33.4%、2000年には36.4%となっている。就業者数も1970年の1184万人から2000年には2347万人へとほぼ倍増している。

オフィスにパーソナルコンピュータ、OCR、FAX、さらにはプレゼンテーションソフトや表計算ソフトが導入され、従前は誰かが行っていた大量の事務作業が必要なくなったのに、ホワイトカラー就業者は増えていた。
それ以降も現在に至るまで同様の傾向が続いている。2010年に37.5%だったホワイトカラー就業者の割合は、2020年に40.4%、最新の2023年では41.7%であった。就業者数は2010年は2361万人、2023年では2815万人であった。

2000年以降のオフィスにはインターネット検索や電子媒体による情報のやりとりが実装され、近年では画像認識技術(※6) 、音声認識による議事録作成の利用も広がっており、これらがホワイトカラーの仕事に大きな影響を与えたことは間違いがないが、それにもかかわらずホワイトカラーは増えている(なお、先述したオフィス作業の人員割合の研究で「検索・整理」は実に1980年前後のオフィスにおいて12.6%の人員が当たっていたとされている、図書館等に通ったり複写をしたり書きとったり、さらにはそうした書類を整理したり……といった大作業であったが、インターネット検索とパソコンがほぼ代替したと言えよう)。


図表1 職種別就業者数(2009年まで)(左軸:万人)

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出典:総務省,「労働力調査(基本集計)」長期時系列表(※7) より古屋作成

図表2 職種別就業者数(2009年以降)(左軸:万人)
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出典:総務省,「労働力調査(基本集計)」長期時系列表(※8) より古屋作成

過去から語る、テクノロジーと人間の労働

こうした傾向は国際的にも同様で、多くの国で1996年から2022年のホワイトカラー就業者の割合には、増加傾向が見られる(図表3。比較可能な国を掲示)。
1996年と2022年を比較すると、アメリカでは46.4%から54.9%、イギリスでは36.6%から59.8%、ドイツでは39.5%から59.1%となっている。韓国、マレーシア、フィリピンといった国でも増加傾向が見られる 。
 産業構造の違いや国の経済発展度合いが多様なこうした国々においても、著しくオフィスへの技術実装が進んだここ30年に、ホワイトカラー就業者の割合が一貫して高まっている。過去多くの人々が予測した「ホワイトカラーが必要なくなる」ことは、ついには起こらなかったのである。これはなぜなのだろうか。

図表3 国別ホワイトカラー就業者割合 (※9)

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出典:日本労働研究機構,「データブック国際労働比較1999」、労働政策研究・研修機構,「データブック国際労働比較 2007,2024」をもとに筆者作成


 筆者は、テクノロジーと人の労働の関係性については、未解明の複雑性が横たわっていると感じる。つまり、技術によって仕事を奪われて、それでおしまいとなるわけではないということだ。今、生成AIの登場によってどう変わるか、そして今後の汎用AIによってどう変わるか、といった議論がなされている。未来について夢をもって議論をするなかで、私たちは同時に過去から学ぶことができる。もちろんAIによってホワイトカラーの仕事が急速に失われる可能性もある。ただ、ひとつの事実として、過去に起こっていたのは「テクノロジーによって人間の仕事が奪われる」といった単純な図式ではなかったことは認識すべきだろう。

先述した剣持(1983)に次のようなくだりがある。
「経営組織がOAにより変化してしまい、いわゆるホワイトカラー社会が消失する。巨大な企業組織に属する強力なリーダーシップを握る経営者層と、OAが残してくれた単調作業を行う一般事務作業者とに二極分解する」
この“OA”を“AI”に入れ替えたとき、強い既視感を覚えないだろうか。
This time is differentなのか。それとも、History repeats itselfなのか。いずれにせよ、過去を知ることの重要性は下がることはないのだ。

(※1)伊藤和男,1981,合理化機器の導入と社内体制整備,事務管理1981年4月号
(※2)証券会社において「80年代前半は使われていた記憶がある」とする談話がみられる。昭和の名残のマンホール 兜町の地下に眠る情報レースの歴史【けいざい百景】, https://www.jiji.com/jc/v8?id=202211keizaihyaku078
なお、1980年代前半には文書運搬システムとしてより大規模な、「三次元搬送システム」なるものも開発されていた(“メイル課”という部署を基地に、全フロアをレールで結び36台のコンテナで繋いだものとされる)。日経産業新聞,1982年2月8日20面「オフィス文書持ち運び、3次元システム導入広がる――郵船・商船、社内に立体レール。」
(※3)日本電子工業振興協会,1980,フューチャー・オフィス・システムに関する調査報告書
(※4)Uhlig, R. P., Farber, D. J., & Bair, J. H. (2014). The office of the future: Communication and computers (Vol. 1). Elsevier. P.373
(※5)剣持一巳,1983,マイコン革命と労働の未来,日本評論社
(※6)筆者も、本稿における古い書籍や紙資料からの引用は画像認識技術を用いて実施しており、何十分かは業務を短縮する恩恵にあずかっている
(※7)出典の統計には以下注釈が付されている。今般の集計に関係があるものを抜粋する。
1.「年次」欄に「*」を付してある結果数値には,沖縄県分は含まれていない。
(中略)
3.昭和28年~36年の「製造・制作・機械運転及び建設作業者」欄には,「労務作業者」の値が含まれることから,括弧を付している。
4.昭和56年以降の「労務作業者」欄には,「清掃員」の値が含まれる。なお「清掃員」は,昭和55年以前には「保安職業,サービス職業従事者」に分類されていた。
(後略)
(※1)出典の統計には以下注釈が付されている。今般の集計に関係があるものを抜粋する。
1. 労働力調査では,2011年3月11日に発生した東日本大震災の影響により,岩手県,宮城県及び福島県において調査実施が一時困難となった。ここに掲載した,2011年の< >内の数値は補完的に推計した値(2015年国勢調査基準)である。
(後略)
(※8)なお、香港は2024の「管理職」の比率が0.0%となっていた。また、シンガポールも経年比較可能であったが2024の全職種を合計しても23.7%にしか達せず、「分類不能」の割合が高い等、どのような理由か判然としないが、いずれにせよ統計として活用し難く除外した
(※9)1999の資料原典はILO, Yearbook of Labour Statistics、「書記的・関連職務従事者」「行政的・管理職従事者」「専門職・技術職・関連職務従事者」の合計。2007はILO,“LABORSTA”、「立法議員、上級行政官、管理的職業従事者」「専門的職業従事者」「技術者及び準専門的職業従事者」「事務的職業従事者」の合計(日本は「専門・技術職」「管理職」「事務職」)。2024は「管理職」「専門職」「技師、准専門職」「事務補助員」の合計。

古屋 星斗

2011年一橋大学大学院 社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。
2017年より現職。労働市場について分析するとともに、若年人材研究を専門とし、次世代社会のキャリア形成を研究する。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。