「マネジメントスキル」という専門力 ──大久保幸夫
クラフト偏重だった日本
マネジメント研究で世界的に知られるカナダ・マギル大学のH.ミンツバーグは、著書『MBAが会社を滅ぼす』(日経BP社、2006年)のなかで、マネジメントの成功は、アート・クラフト・サイエンスが揃ったときに生まれる、と語っている。アート(ビジョン)、クラフト(経験)、サイエンス(分析)の3つの要素をバランスよく組み合わせてマネジメントスタイルをつくることが重要だというのである。アート過剰は「ナルシスト型」に、クラフト過剰は「退屈型」に、サイエンス過剰は「計算型」になる。特に実務経験の浅い若い学生が集まるビジネススクールに行くと、結局サイエンスだけ身に付けて、細々した雑事を切り捨て、現場を無視して、解決策の方程式を振り回すことになってしまうと批判している。アメリカでは大企業トップの4割がMBAだとされているので、このような問題提起をしたのであろう。
一方日本ではそこまでMBAが重用されていない。むしろ日本ではクラフト過剰の退屈なマネジメントになっているのではないだろうか。マネジャーの多くは、マネジメントスキルを学ばずにマネジャーになっている。新任マネジャー研修でも、教えるのは会社の管理ルールやリスクについてがもっぱらであり、どうしたら業績が高められるのか、どうしたら部下を育てられるのか、ということにはほとんど触れていないはずだ。過去の上司や先輩のマネジメントに接してきた観察的経験に基づいて、それを再現してみて、あとは試行錯誤を繰り返していくということだろう。
求められるマネジメントが変化した
それでも最近まではなんとかなっていたのだと思う。私自身もマネジャーの立場になってから約30年間、見様見真似でマネジメントを行い、手痛い失敗を含む試行錯誤を繰り返してきた。
ところが、もうそれでは限界だ。マネジメント環境が大きく変化したからである。
第1に、マネジメントの対象となる相手が多様化した。いわゆるダイバーシティ&インクルージョンである。女性、高齢者、外国人、障害者にはじまり、育児、介護、疾病治療などとの両立者、LGBTs、業務委託のフリーランサーなど、しっかりしたマネジメントスキルなしには対応できない状況になってきている。
第2に、働き方改革である。テレワークが当たり前になり、目の前から部下が消えてしまった。仕事の遅れを残業で取り戻そうと思っても、労働時間の上限規制があって、その手も使えない。効率的、戦略的にマネジメントを行っておかないといけなくなった。
第3に、マネジャーの負荷拡大である。コンプライアンスやメンタルヘルスケアなどの昔はなかった業務が追加されたほかに、そもそもプレイングマネジャー化したことで、自分自身もプレイヤーとして業績を上げなければならず、マネジメントに多くの時間をさけなくなってきている。
第4には、以前にもこのコラムで取り上げた「管理型マネジメントから、配慮・支援型のマネジメント」へのシフトである。もはやマネジャーの仕事は管理ではない。部下の支援なのである。
これほど大きな変化が襲ってきているときに、クラフト(経験)ばかりで乗り切ろうと思っても当然に行き詰まることになる。
マネジメントスキルという専門力
だからこそ、会社の人事部門はマネジャーのマネジメントスキル開発に本腰をいれはじめたのだろう。リーダーシップと異なり、マネジメントは「他者に業績を上げさせる」ためのHOW TOであり、学習が可能だ。アートとサイエンスを学ぶことにより、クラフトと組み合わせて、効率的なマネジメントを展開することができる。
リクルートワークス研究所が実施したマネジメント行動に関する調査(2019年)によれば、マネジメントスキルに自信を持っているというマネジャーは、「大いに自信がある2.8%」「ある程度自信がある 22.2%」にとどまっている。
業績を高める、効率を上げる、部下を育てる、意欲を高める、イノベーションを促進するようなマネジメントを制限時間内(マネジャーの総労働時間上限)に行うには、しっかりした能力開発が必要なのだ。
マネジメントスキルは管理職が持つべき専門力であり、どこの組織に行っても必要かつ有効なポータブルスキルである。マネジメントができる人は、その後のキャリアの可能性が大きく広がることは間違いない。
マネジメントをしたくないという人が多いのは、面倒だからではなく、うまくできるイメージがないからだろう。マネジメントスキルを身に付ければ、マネジメントは楽しくなる。
研究を通じて、そのような道筋に一歩踏み出していきたいと思う。
マネジメントスキル実践講座―部下を育て、業績を高める
大久保幸夫 著 2020年3月 2日発行