ピープルアナリティクス×AIが、働き方を変革する 清瀬一善

2016年06月30日

前回のコラム「ビッグデータが迫る人事の進化」で、人事ビッグデータが人事の仕事を大きく変える可能性に言及した。執筆後にお会いした企業人事の皆さんからも、「人事が本当にやりたかったことを、テクノロジーが可能にしそうだ」「人事施策の評価を厳密にできてしまう時代が来そうだ」「うちはまだ手つかずだが、先進企業では既に取り組みが始まっているとは驚きだ」など、様々な反響を頂いた。
そんな中、ある方から、気になる問いかけを頂いた。「たとえば10年後、こういったテクノロジーで人事の役割が変わるとしたら、マネジャー やメンバーの働き方は、どう変わるのでしょうか?」本稿では、この問いに対する現時点での考えを綴ってみたいと思う。キーワードは、ピープルアナリティクス×AIだ。

「今日は早く帰った方がいい」と、AIが教えてくれる

10年後、多くの企業で行われていると思われるのが、ピープルアナリティクスを活用した異動やアサインメントの半自動化だ。既にソフトバンクでは、従業員の人事データ(職歴や保有資格など)をもとに、社内プロジェクトメンバーを選ぶ際に、AIが候補者を推薦してくれるシステムを構築しているという。こういった分析の仕組みが発展していけば、たとえば次のような未来が実現するだろう。新しいプロジェクトが立ち上がると、マネジャー は、リーダーやメンバーを誰にするか、AIと相談して決める。AIは、職歴だけでなく、相性や年齢構成・男女比率など、様々な側面からベストな人選をしてくれる。場合によっては、社外からの人材調達を勧めてくることもあるだろう。マネジャー は、AIからの提案に、自分なりの育成意図や想いをこめて、メンバーを最終確定させる。

個人のキャリアマネジメントも、ピープルアナリティクスによって大幅に変わることが予想される分野だ。今までは上司や先輩、人事部といった人を相談相手にしていたが、将来的には、AIが有力な相談相手になるだろう。既存のERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)においても、キャリア管理のモジュールが存在し、自身のスキルセットと、将来就きたい仕事とのスキルセットのギャップを示してくれるが、これが更に発展していく形だ。たとえば、「次は○○さんと一緒に仕事をした方がいい」、「××分野で、□□という経験を積んだ方がいい」など、社内人脈形成や、言語化しづらい「仕事の段取り」に近い部分まで考慮したキャリアパスを提示してくれるかもしれない。こちらも、場合によっては、社外への転身まで推薦してくれるようになる可能性すらある。

また、まだあまり手つかずの分野ではあるが、健康データも容易に蓄積できるようになる可能性は高い。たとえば、睡眠時間や体温の推移がスマホやウェアラブル端末に蓄積されるようになったら、その日に予想されるあなたの生産性を、AIが教えてくれるかもしれない。「今朝はきっと資料作りがはかどるよ」「今日は早く帰って寝た方がいいよ」など。職場単位でデータが共有されれば、上司から「今日は帰れ」と指示されることもあるだろう。

ピープルアナリティクスは分化と統合を繰り返す

ピープルアナリティクスはまだ萌芽期にあるため、様々な分析対象や分析手法が混在している。いわゆる人事情報システム、ERPの延長線上にあるものから、無意識データや行動データの収集・分析に関するものまで、その領域は多岐にわたる。だが、収集目的や活用方法によって、定義はいくつかに分化していくのではないだろうか。たとえば、「ピープル パフォーマンス アナリティクス」「ピープル キャリア アナリティクス」「ピープル ヘルス アナリティクス」といった形で、それぞれに専属のアナリストが就き、AIと共に分析や予測を進めていくことになるのではないだろうか。

しかし、分化したとしても、データ分析・活用の目的は、組織の活性化や企業全体でのパフォーマンスの向上にあることから、ある部分で関連しあい、場合によっては、複数の機能が有機的に統合されることがあるかもしれない。そういった分化と統合を繰り返しながら、20年後には、全く新しい働き方が発明されているかもしれない。今はまだ夢物語に過ぎないが、社外や労働市場の人材データや他社のデータとの融合が進めば、チーム編成や人材活用が企業の壁を意識せずに行われることにもなるだろう。そうなれば、いずれ企業という組織のあり方すらも変えていくことになるだろう。

「個人への還元」がブレークスルーのカギ

先日、「職場の人間科学」の著者であるベン・ウェイバー氏とディスカッションを行う機会があった。その際、氏が強調されていたのは、データ収集・分析に関する会社・個人双方の心理的な抵抗をどう解きほぐすかである。「顧客に関する行動データを収集・分析するのに抵抗感がないのに、なぜか従業員の行動データの収集・分析には慎重になる企業が、欧米でも日本でも多い。これは、ピープルアナリティクスを活用するうえで、文化的な障壁になる可能性がある」と。

しかしながら、今後、イノベーションや事業再編など、多くの変革が求められる企業においては、「強い個人」「強いチーム」による創造性の発揮がビジネス上重要になる。そして、「強い個人」の発掘・活用や、「強いチーム」の組成において、ピープルアナリティクス×AIが果たす役割は決して小さくない。なぜならば、人事部門では補足しきれない最高のメンバーを世界中から発掘できる可能性があるし、そのメンバーが最高の成果を発揮するためのサポートをしてくれる可能性が高いからである。

では、どうすれば、この動きを推進できるのか。一つの解は、前述の予測で示したように、個人に何かしらの還元を行うことである。分析結果の個人への還元は、人材の社外流出などのリスクを伴う諸刃の剣ではあるが、企業は、そのリスクを飲み込んででも、果実を採るために一歩踏み出すべきであるし、その価値は十分にあると、筆者は信じている。

清瀬一善

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