ビッグデータが迫る人事の進化 清瀬一善
ビッグデータがビジネスを大きく変えると言われ始めてからはや数年。ハーバードビジネスレビューで「ビッグデータ競争元年」という特集が組まれてからも3年が経った。この間、ビッグデータ分析・活用の先駆者であるGoogleやAmazonに倣えと、多くの日本企業が顧客に関するビッグデータを活用した商品・サービス提案を進めてきている。
実は人事の世界でも、近年HR Analytics、People Analyticsと呼ばれるビッグデータ分析・活用が、欧米企業を中心に盛り上がりつつある。たとえば、人材マネジメント分野で「グル」と称されるミシガン大学 デビッド・ウルリッチ教授が定期的に発表している人事コンピテンシーの最新版にも、「Analytics Designer and Interpreter」「Technology and Media Integrator」という2項目が含まれている。
今や人事にとって、ビッグデータの分析・活用は必須となってきているのだ。
既に、欧米の一部先進企業では、採用、タレントマネジメント、リテンション(離職対策)から、職場の生産性向上に至るまで、多くの分野でビッグデータが活用されている。面接官の経験と勘に基づく採用ではなく、学生の本質を見極めるための新しい手法を用いた採用や、過去の離職パターンの分析に基づいて離職予備軍を明らかにするなど、科学的なアプローチに基づく人材マネジメントの時代が始まっているのだ。
日本企業の人事部門も、この流れから逃れることはできないだろう。国内事業、かつ正社員のみを管理対象とするのであれば、従来型の俗人的な人事運営で対処できるかもしれない。しかし、グローバル、かつ多様化する労働力には対応しきれないからだ。
「ビッグデータ」は昔から存在しているが…
人事部門には、実に多くのデータが眠っている。勤怠、評価履歴、異動履歴、研修受講履歴、採用・昇格試験の成績、退職者数や退職理由など、従業員に関する多種多様なデータを取得しているはずだ。PCのオン・オフ時間や入退館時間データまで収集しているという企業も少なくないのではないか。これだけのデータがあれば、きっと大きな発見があるはず。多くの人事パーソンがそう思うだろう。
しかし、ここに大きな落とし穴がある。目の前に膨大なデータがあるが故に、分析・活用の「目的」が曖昧になりやすいのである。経営陣や人事担当役員から、「人事ビッグデータで何かやってみろ」と問われて他律的に動き始めても、多くの場合、分析は迷走するだろう。なぜなら、そこに「何を明らかにしたいか?」「分析結果をどう活用したいか?」がないからだ。もちろん、データを分析すれば、様々なストーリーが見えてくるだろうが、それだけでは価値は生まれない。事業部門や経営に明確なメリットをもたらすためには、目的意識をクリアにすることが必須になる。
加えて、わが国ではデータの分析・活用に長けた人材が不足していることも大きな課題である。先進的な欧米企業は、人材マネジメントとデータ分析の両方に高い専門性を持った人事データアナリストを採用・育成しているため、彼らがPeople Analyticsのデザインと実施を一手に引き受けることができる。しかし、日本では、人事部門でこの種のプロフェッショナル人材を計画的に採用・育成しようという機運は、まだあまり見られない。
問われる人事の「覚悟」
People Analyticsは、従来のようなテクノロジー活用による人事業務の効率化にはとどまらないように思われる。これまで、採用、評価、異動、昇格といった人事業務の多くは、人事部員の経験と勘に依存していた。しかし、People Analyticsは、これらの業務の多くを、データの力によってより客観的で科学的なものに進化させる可能性を秘めている。長らく課題として認識されつつも、解決策を見つけ出すことができなかった「ホワイトカラーの生産性向上」にも、寄与することができるかもしれない。
図表 People Analyticsがもたらす人事業務の進化
ただし、この進化を実現するためには、既存データの整理・統合、新規データの収集、データアナリストの育成など、多くの投資を必要とする。現状、多くの企業では、それだけの投資価値があるのか、判断しかねているのが実態ではないだろうか。
しかし、後から振り返った時に、「21世紀の人事部門にとって、People Analyticsの導入は、踏み絵だった」といわれるようになるかもしれない。この変革を実現することによって、人事は既得権益のいくつかを失うことになるだろう。しかし、People Analyticsを使いこなすことでのみ、人事は21世紀の企業にとって必要不可欠な成長エンジンになることができる。漠然とだが、そんな予感がする。
清瀬一善
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