OJTは教育訓練の主流でありつづけるか? 久米功一
企業の73.4%がOJT重視
厳しい競争下、企業が勝ち残るためには、生産性の向上-新事業創出や業務効率化-が欠かせない。その原動力は「ヒト」であり、日本企業は、職場での仕事の経験を通じて、有為な人材を育成してきた。厚生労働省「能力開発基本調査(平成26年度)」によると、正社員の教育訓練について、「OJT(On-the-Job Training)(注1)を重視する」、または、「それに近い」とする企業は73.4%に上る。OJT主体の人材育成は、現場・現物を重んじる日本企業の仕事観にも合っており、「背中を見て育つ」「習うより慣れろ」で表現される、実体験や肌感覚から得られる学びには、他に代えられない価値がある。
では、OJTはうまくいっているのだろうか。2013年に東証一部上場企業238社から回答を得た、弊所「Works人材マネジメント調査2013」によると、「十分に機能している(16.4%)」「ある程度機能している(68.5%)」「あまり機能していない(12.2%)」「ほとんど機能していない(0.4%)」であった。若手が独り立ちするまでに必要な期間との関係をみると(図表1、注2)、OJTが機能している企業は、機能していない企業に比べて、独り立ちするまでの期間が0.4年(4.8カ月)短い。大半の企業がOJTに取り組んで、若手の成長を促しているといえる。
図表1.OJTと独り立ちするまでに必要な期間(年)
OJTの変化の兆し―「OJTが機能していない」という声から
OJT主体の教育訓練に死角はないのだろうか。そのヒントを「OJTが機能していない」と回答した企業の声に求めてみよう。図表2は、OJTが機能していない理由(自由記述)を整理したものである。このうち、企業内での人材育成の質的変化を示唆する「市場との対話」「職場の変容」に注目して、OJTの変化の兆しを探りたい。
図表2.OJTが機能していない理由(自由記述を整理)
①市場との対話
従来のOJTは、過去の具体的経験(例:類似案件)に基づき、試行錯誤を許しながら、その経験を職場に蓄積してきた。しかし、創造的な仕事に対しては、過去の経験からの類推だけでは通用しない。過去の経験をメタ化・抽象化して、新たな仮説を市場に投げかけることが求められる。学び・経験の場は、もはや過去の経験や職場に閉じたものではなく、その成否も個人的な内省経験に大きく依存するようになっている。
②職場の変容(注3)
職場の雰囲気や仕事の緊張感の共有は、OJTの暗黙の前提である。職場で行動をともにして、表情や動作などの非言語情報から多くを学びとる。対面での会話・指導を通じて、共通した経験を言語化・形式知化し、連鎖的に受け継いできた。しかし、「職場で一緒に働かない」働き方(直行直帰、在宅勤務など)では、お互いの働いている姿を見ることはない。上司・部下ともに、職場や自身の経験だけに依存しない、他所にいる他者への具体的な想像力が求められている。
さて、もう一度、OJTはうまくいっているか、と問いかけてみよう。データは、多くの企業でOJTが機能していることを示していた。しかし、「機能していない」と答えた少数の声に耳を傾けるとどうだろうか。市場との対話や職場の変容に対応したOJTはどうあるべきか-OJTが企業の教育訓練の主流であり続ける上で、すべての企業にとって無視しえない大きな問いといえるだろう。
注1)
OJT(On the Job Training)とは、日常の業務に就きながら行われる教育訓練のことをいう。直接の上司が、業務の中で作業方法等について、部下に指導することなどがこれに当たる(厚生労働省「能力開発基本調査」より)。
注2)
若手(大卒で新卒入社)が独り立ちしたと周囲に認められるようになるまでに必要な期間を実数で回答したもの。
注3)
若手社員の人材育成について論じた豊田(2015)は、仕事の細分化(ビジネスプロセスの高度化、課題発見・解決を図るソリューション化など)や情報のブラックボックス化(デジタル化による、見聞きする情報の減少)を挙げている。
久米功一
[関連するコンテンツ]