大学中退は問題なのか 辰巳哲子
年間の大学中退者は約8万人
日本では、これまでに大学中退者の実態が把握されてこなかった。その理由は、大学進学者が現在より少なかったことがあげられる。退学者の問題は各大学での把握にとどまり、公にされることはなかった。
大学中退が新聞各紙に大きく取り上げられたのは、2014年に文部科学省が公表した大学中退者の実態調査の結果によるところが大きい。文部科学省は1163校の大学・短期大学・高等専門学校に対し、2012年度中退学者の状況を調査した。その結果、同年度における退学者は、全学生数の2.65%にあたる約8万人であることが明らかになったのである。また、中退状況は国公立と私立では違っており、当時の雑誌の見出しには、「私大生の8人に1人が中退者に!」といった文字が躍る。
大学を中退した者はその後どうしているのか、大学中退経験は個人の就労にどのようなインパクトを与えているのだろうか。
経済的理由だけではない退学理由
文部科学省が大学中退者の調査に踏み出した当初の問題意識は、リーマンショックの影響による学生の経済的な困窮度を測定することにあったとみられる。しかし、ふたを開けてみると、当初想定していた経済的理由で退学をした者は2012年調査で全退学者のうちの約20%であり、学業不振(14.5%)や学校生活不適応(4.4%)といったいわゆる「大学不適応」が理由で退学した者の合計(18.9%)と、同程度であることがわかった。さらにこの調査では、転学者が15.4%に上ることも明らかになっている。
後者の大学不適応者の中退理由は大きく2点に分かれていて、1つには心理的・精神的な理由がある。対人関係の不適応や大学という環境への不適応である。2つには、学習習慣が未習得で、とりあえず進学したものの、大学で求められる学習に適応できないという、学習内容や方法がよくわからないといった不適応である。大学不適応による中退者のその後は、そのまま学校から離れる者(離学者)、再受験をするなど転学して大学にとどまる者、就職する者、何もしなくなる者 に分けられる。
前述の経済的理由で大学を退学した者については、他の社会保障政策と同様に対応策を考える必要があるだろう。では後者の大学不適応による退学者をどう考えればよいだろうか。
高等教育の「やりなおし」は、その後のキャリアに影響するか
退学者は、大学や専門学校など、他の教育機関に再入学するコストを払っても、高等教育機関にとどまるべきなのだろうか。リクルートワークス研究所が実施したワーキングパーソン調査2014では、高等教育機関を中退した後に卒業した者は退学者の半数強に上ることが明らかになっている。そして、高等教育機関を中退した後に転学して卒業した場合、退学後に離学した者に比べると初職の正規雇用率は高くなることが示された。しかし、注目すべきは、ストレートに大学を卒業した者との初職の雇用形態の違いである。中退経験者の場合、ストレートに大学を卒業した者と比べると、初職の正規雇用率は低い。
特に、18~39歳の層ではストレート卒業者と中退経験者との正規雇用率の差は大きく、29歳までの初職正規雇用率は、ストレート卒業者77.5%に対して、中退経験卒業者47.9%、30~39歳ではストレート卒業者81.3%に対して、中退経験卒業者の初職正規雇用率は57.9%である。つまり、再入学にかかる金銭や時間のコストを払っても、その対価として得られる「高等教育のやり直し効果」は限定的であり、むしろ退学リスクを下げられる大学選びに注力したほうがよいという結果となっている。
表 卒業者と中退者の初職の就業形態(%)
「やりなおし」しやすい社会に移行するためのシナリオ
高等教育機関における退学者の増加については、近年問題視されてきている。しかし、退学者の多くがその後転学し、卒業しているという状況をみると、問題の一端が、高校時代の学校選択や学部選択、進路選択にある可能性が高い。解決策として、将来の進路決定の早期化を主張する者もある。しかし、やりたいことが明確であればあるほど、希望にあう学部に入学できない場合に個人のモチベーションは極端に下がり、入学直後の退学志向が強くなるという主張もある。大切なのは、進路を決定する時期に「絞り込みすぎない」ということではないだろうか。自分は何者なのか、それは人や社会とのかかわりの中でしかわからない。高校時代に多様な経験をすることも大事だが、経験量は知れている。ならば、大学に入学してから、多様な経験を積み、自分の志向にあった学部を選択するのがよいのではないだろうか。そして、個人がそのような選択をするためには、大学入学段階での学部選択をやめること、もしくは学部選択後に柔軟な変更ができる仕組みが必要だ。もちろんそのためには、入学定員制の廃止など、大きな改革を伴う。しかし、入学は難しく、卒業は易い日本型の仕組みはグローバルでは通用していない。企業は、何単位履修したかではなく、大学で何を獲得したのかを尋ね、大学は学生に対して説明できるカリキュラムを用意しなければならない。大学教育の改革に時間をかけることはできない。
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