人事のジレンマ

外国人を経営幹部に登用したい × 彼らの能力を引き出す方法がわからない

2017年10月10日

グローバル化の進展に伴い、日本企業でも経営幹部に外国人を登用するケース が増えている。そのなかには、日本的な常識や慣行にとらわれない大胆な改革 を成功させた例がある一方、思うような成果を上げられない例も少なくない。
一体その違いはどこにあるのか。2006年の大型M&Aを機にグローバル経営体 制を構築した日本板硝子の梯慶太氏と、日系・外資系企業のエグゼクティブサー チを手掛けるスティーブン・アイリッシュ氏との対談から、日本企業において 外国人役員のポテンシャルを最大限に引き出す要件とは何かを考える。

アイリッシュ:長年エグゼクティブ人材のヘッドハンティングに携わってきましたが、ここ10年ほど、外国人を役員に登用する動きが活発化しているのを実感します。海外売上高比率が5割を超える企業が増えるなど、日本企業の多くが変革期に突入しているからです。
日本板硝子における外国人役員登用の実態はどうなっていますか。

:日本企業がグローバル化する場合、日本を本拠として段階的に海外展開することが多いと思います。しかし、日本発の価値観やマネジメントの仕組みをそのまま海外に当てはめてもうまくいかないことが多い。
そこで当社は発想を転換して、2006年、当時世界シェア3位の英国ピルキントン社を買収しました。「小が大を飲む」買収と言われましたが、海外売上高比率は80%を超え、一気にグローバル企業に転換したのです。
これをきっかけに、マネジメントの仕組みも旧ピルキントンのグローバルな仕組みをベースに一新しました。特に、2008年にピルキントン出身の英国人CEOを迎えたときは、驚かれました。
現在では、上級マネジメント層の約8割は外国人が占めており、しかも必ずしも東京本社に常駐していません。つまり世界中に本社機能が分散している状態なのです。
事業部門のレポートラインは地域軸を設けることなく、事業軸で一本化しました。また、マネジメント層向けの人事制度も日本を含めて既にグローバルで統合しています。

アイリッシュ:ここまで大胆にマネジメントの仕組みを刷新した日本企業は、あまり例がないと思います。買収前からこうした方針を決めていたのですか。

:いいえ。買収後、一つひとつ是々非々で考えて、これがベストプラクティスだと判断したものを採用していきました。買収を経て、従業員における日本人比率は16%、上級マネジメント層でも22%となりました。従業員の約8割が外国人であることを考えると、グローバルな仕組みを採用するのが合理的だと思います。

アイリッシュ:多くの日本企業でグローバル経営の実現に向けた変革が進んでいない最大の原因は、既存の組織体制や人材マネジメントを守ろうとしている点だと思います。

外国人だからこそ、率直に「Why ?」と聞ける

アイリッシュ:外国人が経営陣に加わることのメリットはどのあたりにあるとお考えですか。

:やはり第一に、グローバルビジネスの戦い方を知っていること。そして、もう1つは、日本の文化や慣習にとらわれない新しい発想で経営ができるということでしょう。
たとえば日本人の場合、とかく本音と建前を使い分けがちですが、外国人は「原則」を守ります。経営理念やビジョンなどの価値観を首尾一貫して大切にし、安易に妥協しない。
また、「お客さまは神様です」といった、外国人にとっては過度に映る顧客重視の姿勢や、役員OBの経営への干渉、古くからの業界慣習など、日本的なしがらみや人間関係に縛られることなく、おかしいと思えば率直に「Why ?」と突きつけてきます。

アイリッシュ:外部の視点で見るからこそ気付くことも多いのでしょう。

:そうですね。日本人を客観的に見ることができるのだと思います。
組織統合の直後、英国人CEOが、管理職に向けて投げかけたメッセージがあります。それは、20代、30代の若手には海外に飛び出して "Real Job"を経験させるように、また、年齢にかかわらず全員高い専門性を身につけるように、そして、上級幹部になりたければ英語力を身につけるべき、と指摘するものでした。つまり彼は、着任してすぐに日本人がグローバルで活躍するための課題をストレートに指摘したのです。

グローバル経営に欠かせない「人対人」のマネジメント

アイリッシュ:確かに、これらのポイントは重要だと思います。とはいえ、こういったよさを持つ外国人役員のポテンシャルを、十分に活かしきれていないケースも少なくない。日本企業の幹部になった外国人が、大きな成果を出す前に去っていくケースは後を絶ちません。どこに原因があると思いますか。

:いくつか複合的な問題があると思います。まず日本の企業の多くは、外国人を採用する際に、どういう役割を期待するのかを明確にしていない。最初に日本語力や経歴といった要件ありきで、期待する役割は後から考えようというアプローチなので、採用自体がうまくいかない。また、採用できても、本人もどのような役割を期待されているのかよくわからないために成果も出しづらいという負のサイクルに陥りがちです。

アイリッシュ:外国人役員と中長期的に達成すべき成果について合意することも、重要だと考えています。日本企業の多くは、外国人役員はすぐに新しい環境に適応して、短期間で成果を出してくれるものと期待してしまいますが、多くの場合、そんなことは不可能です。着任するタイミングで、成果を出すまでの期間と成果の水準について十分に擦り合わせることが必要でしょう。

:もう1つの重要な問題は、外国人ならではの思考・行動特性や就業意識を理解したうえでの動機づけが不十分だということです。総じて欧米人は、日本人よりも会社へのエンゲージメントを重視する傾向にあるので、この会社で働くことの価値を十分に伝えないと辞めてしまいます。よって、優秀な外国人役員を魅了し、自発的に自らの能力を発揮してもらえるように動機づける必要があります。そのためにはCEOやCOOといった経営トップ層には、エンゲージメントを高めるためのピープルマネジメントのスキル、「人たらし力」が必須なのです。

アイリッシュ:外資系企業の日本法人では、「漢字のカーテン」と呼ばれる現象がしばしば見られます。採用時には英語が堪能だった日本人役員が、入社した途端、なぜかあまり英語を話さなくなり、外国人役員への詳細なレポーティングが行われなくなってしまう。そのため、外国人役員と日本人役員との間で必要なコミュニケーションが滞ってしまうのです。こういった問題が起こると、すぐに語学力の問題が指摘されがちですが、実はそれだけではないと思いますね。

:マネジメントとは、突き詰めれば人と人との勝負です。部下の成功は、きめ細かなコーチングや部下への理解や励ましを抜きには成り立ちません。ところが日本人は、国内では人と人のつながりが大切だと言うのに、グローバル経営となると仕組みでマネジメントしようという発想に偏りがちです。グローバルで優秀な人材を幹部に迎え、活躍してもらうためのスキルと経験が、日本人には不足しているからでしょう。
また、日本企業は、日本の本社と海外現地法人との間に「ファイアウォール」を築いているとよく言われます。現地化を進めたとしても、海外のことは「過度に信用した外国人」に丸投げしてしまうことが多く、現地法人と直接コミュニケーションを取っていないので、本社は現地の実態をあまり把握できていない。ご指摘のように、これと同じようなことが、多くの企業において、日本人役員と外国人役員との間で起こっている可能性は高いでしょう。

日本人を優遇しない 日本本社にこだわらない

アイリッシュ:外国人役員の多くが、それぞれの国に勤務しているとのことでしたが、コミュニケーション上の問題はないのでしょうか。

:当社はグローバルでの事業部制を採っているため、各事業部門のトップであるビジネスユニット長のポジションに、最大市場がある地域の出身者を置くのは合理的だと考えています。将来的に地域ポートフォリオや重点戦略が変われば、ほかの地域の出身者に移ることもあり得ます。

アイリッシュ:一方で、日本に長期在住し、文化への理解も深い外国人役員のほうが、日本人役員との協業がうまくいく傾向があります。先ほどの話にあった通り、コミュニケーションを密接に取ることで、日本人役員と外国人役員が信頼関係を構築することも重要でしょう。

:信頼関係は重要だと思います。近年の技術革新により、対面でなくても、密接なコミュニケーションは可能になりました。CEOやCOOといった上級幹部には、対面でなくてもビジョンを示し、人材を動機づけ、ビジネスゴールに向かってまい進させる、リモートマネジメントの力が求められていると思います。
そもそも外国人採用において日本常駐を要件とすると、本当に優秀な人材は確保できません。グローバル企業においては日本人、日本という場所へのこだわりを極力捨て、真の適材適所を追求していくことが、グローバル経営体制構築への近道ではないでしょうか。

Text=瀬戸友子Photo=刑部友康