ヤフー CCO 執行役員ピープル・デベロップメント統括本部長 湯川高康氏
会社と社員は“未来を共に創る”イコールパートナー
聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)
石原 御社はこの5年ほどの間に変化に次ぐ変化を続けています。直近ではLINEとの経営統合の発表もありました。この先の経営をどのように考えていらっしゃるのでしょうか。
湯川 PCからスマートフォンへと時代が変化していくなかで、親会社であるソフトバンクとの協力関係強化を進めてきましたが、それだけではGAFAを相手に戦っていくことはできません。そこで、GAFAの影響がまだ及んでいないモバイル決済サービスのPayPayを2018年に垂直立ち上げし、その次が今回のLINEとの経営統合です。コミュニケーション領域の強化は当社にとっては積年の課題で、さらに大きく成長するためのチャンスになると考えています。
経営が仕掛ける変化が社員の成長を促進する
石原 経営が変わっていくと、社員にも変化が求められます。そこで人事が果たす役割は何でしょうか。
湯川 当社も組織が大きくなり、大企業病といわれるようなことがなかったわけではありません。しかし、完全にそうはならず変化し続けられるのは、経営として常に新しいチャレンジをしているから。人事としても、経営が仕掛ける変化は社員の成長のいい機会であると考えています。例えば、PayPayの立ち上げに際しても多くのヤフー社員が手を挙げ、実際に転籍しました。PayPayに限らず、当社では「異動こそ最大の人財開発」と考え積極的に促進しています。社会全体として、転籍を含む人財の流動性が高まり、やりやすくなった面もあります。異動に際してはもちろん本人の意向やキャリア観を大事にしますが、そこを尊重しすぎて成長の機会を失う場合もあり、そのバランスをどうとるかは大きな課題です。人財開発会議で一人ひとりについて最適な配置やキャリアを決めていくことに議論を尽くし、結果として組織編成は半年がかりとなっています。
石原 それだけ人の成長は経営にとって大切な課題ということですね。
湯川 どれだけ注力しても力の注ぎすぎということはありません。モノとしての商材がない当社にとっては人こそが資産。ですから、会社と社員はイコールパートナーという考え方のもと、会社は社員の成長を支援し、社員はパフォーマンスの発揮でそれに応えるという関係性を大事にしていて、会社は社員に対する投資を惜しみません。
ストレッチングでも明確な目標であれば社員は頑張れる
石原 そうした社員への成長支援を大切にした経営は、人の獲得や定着にプラスに働いていますか。
湯川 そう思います。事実、退職率は高くありません。ただし、「ぬるい」環境なのでは、という懸念も持っています。ハラスメントや過重労働は絶対に許さない姿勢を社内で徹底していますが、現場の上司にしてみれば、必要な指導とハラスメントの境界の判断は難しい。結果的に「優しすぎるマネジメント」になっている側面もあるかもしれません。
石原 そこは本当に難しい問題ですよね。上司が必要な指導もできなくなることによって「あと一歩の努力」に踏み込む機会が失われ、結果として若手の成長スピードが落ちてしまうこともあるでしょうから。何か、解決の糸口は見つかっていますか。
湯川 上司があれこれと指示するという価値観はもう古い、と考えるしかありません。本人が自らやりたいと思える機会や環境をどう作り、どう並走するかということが重要になります。当社では社員の自律を重んじており、みんなが目指したいビジョンや目標を明確に提示できれば、それがストレッチングで多少の苦労を伴うものであっても、みんな頑張れるものです。
その意味では、代表取締役社長の川邊健太郎は、“未来を共に創る”というスローガンを掲げ、先進的な戦略やアイデアを現場に次々に展開してくる。すごいなあと思います(笑)。2020年夏に取り組んだ、当社で副業で働きたい人を求めるギグパートナー募集も言い出したのは社長で、「この面白いアイデア、絶対形にしよう」と、私たち人事がそこから1週間ほどで一気に募集スタートまで突き進みました。
コロナ禍が人事のDXを推進する後押しになった
石原 ところで、人事のDXに注目が集まっていますが、御社では今、どんなことに取り組んでいますか。
湯川 DX推進に関してはコロナ禍が後押しになりました。ピープルアナリティクスを進めるためには、人事としては頻度高くサーベイを行ってデータを確認したいものですが、これは平時だと嫌がられます。リモートワーク中心になると、サーベイの回数が増えても社員は「会社も心配してくれている」とポジティブに捉えてくれます。
石原 人事のDXを進めるチームがあるのですか。
湯川 人事部門のなかにピープルアナリティクスラボという分析チームがあり、所属のエンジニアがサーベイの結果や様々なデータなどから分析に取り組んでいます。
以前は、人事がExcelを使って分析をしていましたが、当社に多くいるエンジニアの力を借りてラボを設立したのが2017年のことです。そして私がリクエストしているのは、入り口と出口に関する解析など。例えば、「こういう理由で採用した人はその後社内でどのように活躍しているのか」といったことを明らかにして、ヤフーの環境に合う人財像を探りたいと。出口というのは、退職予測です。彼らの分析によって精度の高い退職予測ができるので、配置転換などの手を先に打てるようにもなっています。大事な人財が退職するのではなく、どうすればもっと活躍し成長できるかを考えていきたいのです。
石原 人事におけるデータサイエンスやAIの活用を、御社ではどこまで進めていきたいと考えていますか。
湯川 ここ数年はまずデータを整えることに取り組んでいました。そこにコロナ禍がきて、期せずしてデータの収集や活用が加速しました。
将来的には、あくまでまだ構想ではありますが、人財開発会議にもサーベイデータに基づく分析を提供したいと考えています。ただし、データを活用するにせよ、最後は人が総合的に判断する。人の見立ては案外あたると私自身は感じています。人が判断する余白を残すことはこの先も必要です。
石原 最後は人だと。ただ、人の判断にはどうしても主観によるブレが生じますから、そこを補正するためにデータやAIは役立ちますね。
湯川 人財開発会議でも評価会議でも評価者に対して必ず言っているのが、部下の“今期”の成果に対する評価をしてほしいということ。前の期やそれ以前の行動、課題を持ち出して評価してしまうとフェアではなくなりますし、会議自体も同じ話の繰り返しになってしまいます。それを防止するためにも、データが活用できるはずです。
人事はどうしてもロジカルで完璧な制度や仕組みを作りたいと考えがちで、その意味でデータサイエンスやAIの導入は魅力的です。しかし、私自身、人事でキャリアを重ねるなかで実感しているのは、本質的に重要なのは制度や仕組みではないということです。どこまで作り込んでも、完璧にフェアな評価制度はできません。仕組みはシンプルに。当社が以前から取り組んできたことですが、マネジャーが1on1などでどれだけ部下を見て、どんな声をかけているかということのほうがはるかに大切です。特にオンラインになるとそれがいえますね。
*本ページにおいてはヤフーの表記にしたがって、「人材」を「人財」としています。
ヤフー CCO 執行役員ピープル・デベロップメント統括本部長 湯川高康氏
2003年、ヤフーに入社。採用、労務、給与厚生リーダーなどを経験し、2014年、ピープル・デベロップメント戦略本部長に就任。2018年、執行役員 コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部長に就任し、2019年4月より現職。
text=伊藤敬太郎