Vol.19 大谷 友樹氏 ヤマト運輸

2012年04月27日

社訓の浸透と地域密着戦略が、被災地での社員の自主行動に

大久保 東日本大震災では、御社の活躍が話題になりました。無償で救援物資を届けたり、会社の車で支援活動を行うなど、現場の従業員の自主的な行動が地域の大きな助けになった。そうした動きはどこから生まれたのでしょうか。

大谷 弊社には、「一、ヤマトは我なり 一、運送行為は委託者の意思の延長と知るべし 一、思想を堅実に礼節を重んずべし」という社訓があります。自分で判断してお客さま満足を提供するのだという自覚が、毎朝の朝礼での社訓の唱和に始まり、繰り返し刷り込まれてきた結果だと思っています。東日本大震災時の活動は咄嗟の行動だったかもしれませんが、DNAとして染み付いていなければできない行動です。

大久保 普段からやっていないことは急にはできないですからね。

主要な戦力であるパート社員も含めた価値観統一が不可欠

大久保 顧客満足について、最近ではどのような取り組みをされていますか。

大谷 「満足」は宅急便成長の原点です。ところが近年は市場競争が激しく、コストや効率重視に陥りがちだった。そこで2008年、お客さまに喜ばれることとは何なのかを再確認するための「満足創造3か年計画」をスタートさせたのです。この中期経営計画は2010年に終了しましたが、「満足」の追求というテーマは2019年の創業100周年に向けて継続していくことになりました。今は、従業員14万人中7万人がパートタイマーです。"ラストワンマイル"で直接お客さまに満足をお届けする役割を担っている彼らに、弊社のDNAをしっかり受けついでもらうことが重要なテーマになっています。

大久保 戦力の中心が、社員から地域の主婦、定年退職者などのパートタイマーに代わってきた。新卒入社中心の組織と違って、経験や価値観、仕事の目的もさまざまな集団にDNAを浸透させるのは、簡単ではないでしょう。

大谷 そうです。多様な価値観を持つ人たちを同じ方向に向けていく教育や採用の仕組みをどうつくるか、それが人事の課題です。

大久保 具体的にどのような施策を進められていますか。

大谷 たとえば教育の仕組みとしては、社内に「褒める」「褒められる」文化を作ろうとしています。弊社のビジネスは荷物が届いて当たり前。お客様に喜ばれることはあっても、社内は基本的に叱る文化でした。しかし、お客さまの「満足」を追求するには従業員自身が「褒められる」喜びや「満足」を知る必要があると考えました。たとえば、セールスドライバーの感動体験を集めた「感動体験ムービー」をつくり全従業員に職場で見てもらう、職場の仲間を褒めたり褒められたりするとポイントが貯まって表彰される「満足BANK」をイントラネット内につくるなど、新たな風土づくりに取り組んでいます。

多様性の高い集団には、チャンスの公平性も必要

大久保 DNAの浸透には、価値観や文化のほかに管理者のマネジメント力も欠かせません。

大谷 その通りです。当社のような労働集約産業はリーダーが果たす役割が非常に大きい。メンバーはその背中を見て育っていきます。リーダーが自分の志を強く持ち、自分自身で示していくことがとても大切だという話をよくします。人事評価も、部下から、同僚から、上司からの「360度評価」を取り入れて、リーダー自身に、会社をよくしていこう、この人を育てようという志や倫理観がないと部下がついてこないことを、常に意識させるようにしています。

大久保 管理職は、どのようなプロセスで登用されるのですか。

大谷 非常にフェアな制度になっています。役職はすべて立候補制。中途入社であれ、新卒であれセールスドライバーであれ、手を挙げるのは自由で、ある一定の条件をクリアして、研修、面接、試験に通れば資格が与えられます。その先もいくつかの厳しいステップを経て選抜される仕組みになっています。多様性の高い集団が成長していくには、チャンスの公平性を示すこと、一方で義務と権利を明確にする必要があると思います。

大久保 管理職になりたくなければ、ずっとドライバーを続けていくことも可能ですか。

大谷 まったくかまいません。地域密着ですから、お客さまをいちばんよく知っている、またはいちばん愛されるセールスドライバーも大切なのです。地域に根ざし、その店で定年を迎える働き方も推奨しています。

顧客満足の延長上に、従業員満足と地域雇用がある

大久保 一般的に、顧客にサービスをしようとすると、会社の利益や従業員の満足が犠牲になることが多い。けれども御社のビジネスは、両方プラスになる構造になっていますね。

大谷 そうです。挨拶や運転マナーがよくてお客様が満足すると、次のご利用に繋がる。ましてそれが自分指名の注文であれば、それは自分への評価そのものですから一番のモチベーションになります。

大久保 顧客満足が従業員満足を生み、さらには地域にも、主婦をしながらパートタイマーとして働く、あるいは高齢者の再就職といった働き方の多様性を生んでいます。事業利益を追求する活動が地域への貢献にまでつながっている。

大谷 お客さまに一刻も早くお届けしようと思えば、朝8時から10時までの在宅時間帯に配達を集中させ、仕分け作業は早朝に行うのが望ましい。そうなると正社員だけでは対応しきれないため、早朝からの雇用や朝8時から10時までの短時間雇用などが生まれたのです。柔軟に働ける地域の方にそれをお手伝いいただくことが、結果的に地域貢献になりました。

グローバルでも、現地化と日本式徹底の両立に挑戦

大久保 2019年に海外売上げ比率20%以上という目標を掲げています。御社が海外マーケットでシェアを取れる余地は?

大谷 多分にあります。今はアジアでもだいぶ通信販売が進んできました。国際宅配を手がける会社も既に存在しますが、時間帯を区切って届ける、冷たいまま届ける、ましてや帽子を取って挨拶しながらお客さま本人に届けるというサービスはまだありません。特にアジア地域は日本と文化的に近いので、効率優先の欧米よりも、我々のサービスに共感してもらえる余地が大きいと思っています。中国や東南アジアが現在の戦略重点地域です。

大久保 海外でも、顧客満足を起点とした日本式のマネジメントを展開していくのですか。

大谷 人材は完全現地化を目指していますが、マネジメントは原則、日本式です。"ラストワンマイル"でお客様に満足していただくサービスは我々の仕組みでないとできません。現地の考え方とぶつかることもありますが、若干アレンジしながら、日本と同様に制服を着てもらい、マインド教育をしています。

大久保 国内以上に多様性の高い海外で、どう顧客満足を浸透できるかが課題ですね。

大谷 ええ。ですからサービスマインドを持ったセールスドライバーしか採用しない原則は崩さないつもりです。採用面接はすべて通訳をつけ日本人が行っています。感動体験ムービーも、英語版、中国語版、マレー語版、広東語版に翻訳して面接前に見せていますが、涙している人もよく見かけますよ。

大久保 感動に国境はないのでしょう。現地人の管理職も出ていますか。

大谷 中国、東南アジアの営業所は全員現地人です。現地本社のマネジャークラスも基本は現地人。日本人が担当するのは現地が体験したことのないサービスの営業だけです。中国では既にトップも現地人です。

大久保 管理職の立候補制など、特に中国は手を挙げるセールスドライバーが多そうですね。

大谷 ええ。実際、立候補して管理職になった人も出ています。上海やシンガポールでもそうした見本を増やし、ヤマト運輸はそういう会社なのだと理解してもらうのがいちばんよいと思っています。

大久保 顧客満足の追求が多様な雇用を生むというビジネスモデルが、日本だけでなくアジアにも広がっていくと、社会に対する非常にポジティブなメッセージになります。

(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/刑部 友康)