Vol.29 高久 充氏 高島屋
若手のチャレンジに期待。職務給導入で抜擢しやすく
大久保 中長期課題の経営戦略に関連して、今どのようなことが人事課題になっていますか。
高久 百貨店業界の市場規模は現在約6兆円ですが、今後5兆円、4兆円と収縮するかもしれないといわれています。国内人口の減少による市場縮小だけでなく、百貨店が果たすべき役割自体が変化していることも大きい。
大久保 百貨店は、長い間、日本の大量消費文化を牽引してきました。
高久 その大量消費の担い手は中産階級。つまり百貨店は、中産階級がさらに上の夢を見て消費するための装置として機能してきたのです。今、世の中が二極化し、その中産階級に空洞化が起きています。百貨店はターゲットを失いつつあるのです。
大久保 これまでと違う百貨店像を模索していく必要があるということですね。
高久 経営戦略的には、百貨店という箱ではなく中身の差別化、商品の個性での勝負になるでしょう。これまでなかった商品を世界中から発掘してくる、オリジナリティのある商品を開発するといったバイイング力を強化することが人事の課題です。今後はバイヤー個々の資質や、その多様性、またそれらが刺激し合ってそれぞれ高まっていくような環境が欠かせない。これまでバイヤーは、売り場で販売を学び、セールスマネジャーの経験を十分に積んだ40代でようやく任せられる職種でしたが、ワンパターンのキャリアでは多様性は生まれにくい。若い人のまったく違った発想に期待していこうということで、20代からのバイヤー登用を始めました。既に26歳、27歳のバイヤーも誕生しています。
大久保 しかし、思い切った仕入れ判断をするには、ある程度の現場経験は必要では?
高久 もちろんですが、一歩先のマーケットをつくっていく力も必要です。経験の延長やマーケティングデータの積み重ねでは正解が出ない部分をいかにジャンプできるか。人は年を取ると保守的になりますが、失敗を恐れない若い世代にはそこを期待したい。そのために人事制度も変えました。一部で職務給を導入し、本人の資格等級より上の仕事に1度チャレンジさせてみる、ということを可能にしたのです。
大久保 職能資格給制度は1度上げたらその後下げるという発想はないから、1回試してみるということができないですね。
高久 職務給のために職務をすべてグレードづけしたことも、若手のキャリア目標の描きやすさにつながりました。
再雇用シニアの補佐でミドルマネジャーの負荷軽減
大久保 若者を生かすには、一方で彼らを生かすミドルマネジャーが不可欠です。御社ではどのような課題がありますか。
高久 販売部長など経営に近いポジションが、今、完全にプレーイングマネジャー化し、かなりの業務量を負っています。経営視点でのマネジメントを期待するなら、業務負荷をもっと減らすべきです。
大久保 具体的にどう負荷を減らすかが難しいところです。
高久 部長をフォローできる人を増やすしかありません。たとえば弊社では、定年後約7割が再雇用されますが、管理職経験者も大勢います。そういう人たちを補佐につけるのも1つのアイデアです。現在人事部には、部長クラスで定年したあとに再雇用され、社員のキャリア相談を受けている人がいますが、マネジメントの勘所がわかっているので非常に頼りになる存在です。
大久保 キャリアを積んだシニアが、若い人の教育役になってくれるのはよいことです。
高久 はい。シニアにモチベーションを持って働いてもらうには、自分が役立っている、必要とされているという実感がとても大事で、そういう感覚は配置とミッションの与え方によって大きく変わってきます。
大久保 我々の研究でも、シニアの方々は定年退職を迎えたあと、人の役に立つことへの価値観がぐんと上がるという結果が出ています。そういう人材をうまく生かしたいですね。
有期雇用の法制化で、正社員のコースが多様化
大久保 若い人からシニアまで多様な人材を生かそうとすると、働き方の多様性は欠かせません。その1つの有期雇用が、5年以下に法制化される動きがありますね。累計雇用が5年を超えた契約社員は正社員契約を結ばなければならない。
高久 弊社の売場要員構成は、たとえば100人のうち80人が取引先からの派遣で有期雇用は10人強、正社員は8〜9人です。正社員つまり無期雇用は今、総合職のみですが、たとえば販売に特化した職種、地域限定の総合職など、正社員のコースを増やすことがそうした人たちの受け皿になるかもしれません。今後は介護などで転勤が困難な総合職も増えるでしょう。結局、有期雇用の法制化は、無期雇用のあり方を見直すことにつながると思います。
大久保 有期雇用は正社員をサポートするシステム。メインシステムである正社員を議論しないと意味がないのです。コースの多様化は、御社が積極的に取り組んでいるワークライフバランスにも通じる問題ですね。
高久 そうですね。弊社は生活密着産業ですから、ワークライフバランスは積極的に進めていくべきだと思っています。社員が仕事と生活を両立させていきいきと働いていないと、売り場の雰囲気に響きます。お客さまはそれを敏感に感じとるものです。
国内店舗も外国人を含むダイバーシティ環境に
大久保 海外マーケットへの進出も盛んですが、外国人スタッフのマネジメントも大事なテーマですね。
高久 主ターゲットである中産階級が急増中の地域ということで、新興国とASEAN各国中心に展開しています。2012年秋には上海店がオープン、2015年開業予定のベトナムでのプロジェクトも進行中です。進出済みのシンガポール店と台北店も好調で、特にシンガポール店は髙島屋グループの稼ぎ頭になっています。
大久保 得意とするビジネスモデルをそのまま転用できる市場ということですね。人材はどう調達するのですか。
高久 もともとが内需型産業で海外事業戦略や現地交渉に長けた人材は限られていますが、既卒採用などをしつつ進めています。一方、現地採用の販売スタッフの教育はやはり重要です。髙島屋のミッションやバリューをきちんと理解して働いてもらわなければなりません。この秋開業の上海店については、販売スタッフを日本に呼び、日本の教育プログラムで研修を受けてもらう予定です。
大久保 中国人販売スタッフを、日本で指導する。国内にも相当ダイバーシティ環境が生まれますね。
高久 ええ。国内の店舗にしても、この先の労働人口の減少を考えると、外国人労働力は視野に入れざるを得ません。さまざまな国籍、民族、宗教を受容するダイバーシティマネジメントに、国内の売り場も馴染んでおく必要があるでしょう。
大久保 小売業・サービス業にも相当の外国人労働力が入ってきています。百貨店もそう遠くない将来に受け入れることになりそうですか。
高久 そうなるでしょう。2012年度入社の新卒も、約10人の中国人を採用しました。
大久保 上海店要員としてではないのですね。
高久 上海店要員は、地域・職務に詳しいなどスペシャリスト的な既卒採用で対応しています。一方新卒はダイバーシティを主眼に置いています。日本の大学に来ている留学生を採用しました。
大久保 売り場には既に直接雇用関係のないスタッフが8割。さらに外国人も加わる。さまざまな年齢、雇用形態、そしていよいよ国籍にまで及ぶダイバーシティ環境でどうクオリティを上げるか。これは今後の日本の大きなテーマです。
高久 髙島屋は2011年に創業180周年を迎えました。ここまでの長寿企業になれたのは、進取の精神を持ち続けたから。革新には下から上への活発なコミュニケーション、新しいことにトライする風土が欠かせませんが、今弊社はそうした力が少し弱っている気がします。ダイバーシティを刺激に組織風土を改革していくことも、今後のテーマになると認識しています。
(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/刑部 友康)