Vol.18 大久保 伸一氏 凸版印刷

2012年04月27日

印刷ビジネスからソリューションビジネスへドメインの変化

ワークス 大久保 御社では2000年に創業100周年の節目を迎えられました。インターネットサービスの普及で経営環境が急速に変化した時期でもあり、大きな転換期になったのではないでしょうか。

大久保 そうですね。フィルム加工で印刷原版をつくっていた時代には、専門技術が必要でした。それがデジタル加工になって、より多くの人がパソコンなどで原版をつくれるようになった。そうなると印刷原版をつくることよりも、印刷の進化とともに培われてきた弊社の情報加工技術、微細加工、表面加工、成型加工などの印刷テクノロジーをどのように応用して、どんな課題やニーズが解決できるかということのほうが得意先にとっての価値になるわけです。いわゆるソリューション企業に変わっていくことが、より求められるようになりました。

ワークス 大久保 印刷ビジネスが、ソリューションビジネスに進化したということですね。ソリューションビジネスの場合、解決すべきテーマはクライアントの数だけ存在します。社内のビジネスは相当幅広くなったはずです。

大久保 弊社の得意先は4万社以上。社員が取り組んでいる仕事は実に多様になっています。

自律型社員のマネジメントには、思想の共有が不可欠

ワークス 大久保 社員一人ひとりが異なる仕事を担うようになると、上司が細かく指導することは不可能です。本人の主体性に任せていかざるを得なくなる。マネジメントや人材育成も変化していきませんか。

大久保 変化しています。社員一人ひとりに自律が求められるようになりました。それと同時に、自律型でありながらも、何のために仕事に取り組むのかというベースの思想を共有していることが欠かせなくなりました。そうであれば、取り組んでいることは違っても、結果的に社員全員、同じ方向を向いていられるからです。

ワークス 大久保 すると、いかにして思想の共有を図るかということが人事のテーマになりますね。

大久保 そうです。最も大切なのは上司と部下のコミュニケーションだと考えます。上司の考えていることや会社の方向性が部下にしっかり伝わるとともに、部下の想いややりたいことを、その裏にある背景も含めて上司が理解している。そうした互いの信頼関係があって初めて、部下は安心して自律的に動けます。そのためには管理職のコミュニケーション力、マネジメント力こそが重要なのです。コーチングやファシリテーションモデルを使った研修プログラムを開発し、新入社員の教育を担当するブラザー・シスター、主任・係長クラス、課長クラス、部長など複数の層に分けて繰り返し受講させています。

ワークス 大久保 上司と部下が視点を共有し、いかによい目標をつくるかということですね。自律的に動くには、最初に設定する目標自体がよいものであることが欠かせません。

大久保 部下が納得できるゴールを持つということ。頭で理解しているだけでなく、心からそれをやり遂げようと納得していることが大事なのです。

自律によるモチベーションが、ソリューションを生み出す

ワークス 大久保 そうした上司のコーチングスキル、ファシリテーションスキルは、クライアントのニーズに応えていくスキルとも共通しませんか。

大久保 得意先とのコミュニケーションでも、その背景を理解する必要があります。いやむしろ、得意先以上に得意先のことを考えなければなりません。

ワークス 大久保 それは、ソリューションビジネスで成功するための重要なポイントの1つといわれています。相手に「なるほど」と言わせなくてはならない。

大久保 ただ、そこまで考えるのは、上司から強制されたり命令されたりしてやっているうちは無理です。

ワークス 大久保 「自律」は、モチベーションにもなります。自分が好きでやっているんだ、自分の選択でやっているんだという気持ちにさせるのが、ある意味、上司の技術です。

ソリューションを提供できる人材育成に異動経験は不可欠

ワークス 大久保 コーチングやファシリテーションモデルの導入で、実際に上下関係のコミュニケーションは変化しましたか。

大久保 非常によくなりました。研修以外にも多くのコミュニケーション強化施策がとられています。たとえば昇給賞与のフィードバックは、結果だけでなくどこを頑張ればもっと評価が上がるのかまで話し合う。査定では、目標値設定、中間プロセス、成果のすべてが評価対象になるので、何をどう見て評価したのかをしっかりフィードバックする。自己申告制度であるチャレンジングジョブ制度では、毎年、面談を通じて、上司と部下でキャリアビジョンを共有するようにしています。あらゆる機会でコミュニケーションの「場」を設定しています。また、今、力を入れているジョブローテーションでは、できるだけ本人の希望をとりいれています。

ワークス 大久保 ジョブローテーションは、最近だいぶ見直されてきています。自己申告制度やカンパニー制、専門性重視といった流れのなかで、一時減少していたのですが、ジョブローテーションを廃止した企業は軒並み人を育てる力を落としています。

大久保 弊社でもたとえば証券印刷分野の経験しかない人は、得意先から言われたことはできても、他分野のテクノロジーを絡めたソリューションはなかなか手がけられない。これでは得意先のご要望を超えるような、本当の意味でのソリューションは提供できません。そのためにも個々の専門性に加え、幅広い見識が必要です。その点、地方の営業所ではあらゆる事業分野を1人で担当するため、後に大きな強みになる。地方勤務も積極的に経験させています。

ワークス 大久保 ソリューションがさらに発展するとイノベーションになる。複数の仕事経験で、イノベーションに必要な複眼思考を身につけているともいえますね。

大久保 それに加えて、人脈をどれだけ持っているかも大事なのです。弊社の4万社の得意先はそれぞれ専門性を保有し、その使い道を模索しています。相談によっては、弊社のテクノロジーだけでなく、別の得意先が持つ専門性とつなげる提案もありうるわけです。そうしたアライアンスまで視野に入れるとなると、いろいろな事業分野で多彩な得意先人脈をつくっておくべきです。それにはさまざまな分野のお客様からの課題も聞き取ることができ、実際にものづくりができるまで咀嚼して製造部門に伝えられる、質の高いコミュニケーション能力が求められます。もっといえば、お客様が具体化できていないニーズや時代の変化まで察知する感性がないと、ソリューションを手がけるのは難しいでしょう。

ワークス 大久保 複数の分野をつないで物事を解決できる人間には、ひとつの特徴があるといわれています。相手の言葉でしゃべれる能力です。相手によって言葉を使い分ければよりよく伝わり、より多くの人を巻き込んでいけます。

大久保 まさにその通り。加えて、新しいことを目指すときはどうしても議論が拡散するものですが、それを集約させて形に収めるという力も大事だと思います。その点、弊社の社員は、お客様とのコミュニケーションのなかで相手が言おうとしていることをとらえてひとつの形にしていく力が鍛えられています。これは非常に貴重なリソースだと思っています。

ワークス 大久保 本当にまとめるには、自分の意見というものもないといけない。

大久保 そうです。しかも、皆が賛同できるような一段上の視点からの意見です。

ワークス 大久保 そうしたリソースが揃っていることは、ソリューションビジネスを進めていくうえで、非常に有益でしょう。

大久保 弊社は製造部門を持っていますから、実際に製品として形に落とすところまでできる。さらに得意先は広範囲です。これからが楽しみだと思っています。

(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/刑部 友康)