Vol.16 平田 泰稔氏 旭硝子

2012年04月27日

カンパニー体制の人材を融合させる横串としての本部人事

大久保 ガラス部門の本部をベルギーに置くなど、本格的なグローバルカンパニー制を進めておられます。それぞれの事業に対してどのような人事方針をとられていますか。

平田 当社の事業は大きく3つ。建築用、自動車用などのガラス分野、現在収益の中心となっている電子・ディスプレイ分野、そして化学品分野です。ビジネスモデルもグローバル戦略も大きく異なるなか、AGCグループ全体としてどのような人材戦略をとるのか、ということが1つのポイントになっています。

大久保 各カンパニーが別々のグローバル体制をとり、その下にはさらに関連会社もあるという状況で、本部人事が見る範囲はどのようになっているのでしょうか。

平田 基本的にグローバル全部を見ています。ビジネスは異なっても、もととなる技術はガラスを中心とした関連・派生技術。それぞれの技術を融合してまた新しい製品を生めるのが我々の強みでもある。人事としてはそれを推進するために、どう人材を有効に融合させていくかというアプローチになります。

10年後の事業計画に踏み込んで人事施策を検討

大久保 具体的にどのようなグローバル人事施策をとっているのでしょうか。

平田 グローバル人事施策には2つのフェーズがあると思っています。第1フェーズはグローバル化を推進するための基盤づくり。そして第2フェーズが、グローバルな人材を経営に生かすための戦略人事施策の段階です。当社では、ジョブグレードや評価基準の統一、コア人材のサクセッションプラン、グローバル教育体制といった基盤は既に整い、現在は第2フェーズに入っています。それが3年前に策定した現在の経営方針「Grow Beyond」に基づく施策づくりです。そこに示された"2020年のあるべき姿"という長期経営ビジョンに対し、その実現にはどのような質の人材がいつまでにどの地域にどれだけ必要なのか、人事としての仮説立てを行い、必要となる施策の構築を始めているところです。

大久保 長期予想は、昨今のような環境変化の激しい時代には難しい。長期経営計画を立てる企業は、非常に少なくなっています。

平田 確かに難しいですが、そういう環境だからこそ人事が戦略的に事業計画に絡み、必要なときに必要な人材を供給できる仕組みを持っておかなくてはなりません。メーカーの技術開発はもともと20年、30年ターム。長期予測を立てるベースはある。幸い経営サイドに、ビジョンの実現には、技術や資金同様、人という資源も欠かせないという認識があり、人事にも開発上の極秘情報まで開示してもらえる環境があります。

社員のスキルを詳細にデータベース化し、長期人材計画に対応

大久保 具体的には、どのような戦略人事施策を進めているのでしょうか。

平田 分野ごとの戦力分析をより詳細に行えるよう、グローバル人材の「見える化」を進めています。そこで作成したのが、ホワイトカラー人材の「スキルマップ」です。当社には現在、グローバルで5万人の従業員がいますが、そのうちホワイトカラー1万3000人の保有技術・スキル、年齢、実力レベルを技術職26分野、事務職14分野に分けてデータベース化したもので、現在その中上位層5500人まで登録が完了しています。

大久保 個別の人材ニーズにも、グローバル全体で対応することが可能になりますね。

平田 ええ。プロジェクトメンバーの人選にしても、これまでリーダーの個人的ネットワークに頼っていましたが、かなり的確、効率的に行えるようになりました。

大久保 欧州の人材をアジアで登用するような人選もありますか。

平田 これまで地域を超えての登用は主に日本人で対応してきていますが、2011年にブラジルに設立した100%子会社は、欧州人材をメインにグローバルチームで推進することになりました。言葉や文化、宗教の問題など、日本人には障壁が大きい地域もあります。かつてロシアに進出したときも、似た文化のチェコの人材を主力にして成功した実績があります。どのようなチームがその地域で最も成果をあげられるのか、グローバルな視野でにらんでおく必要があります。

インフォーマルラーニングがモチベーションを促す

平田 スキルマップ化のメリットでさらに大きかったのは、スキルマップ各分野のリーダーを中心に、インフォーマルラーニングが活発化したことです。インフォーマルラーニングのモチベーション効果はアメリカの学会でも報告され近年話題になっていますが、当社でも、社内グローバル学会を開いて知見や研究を共有したり、ネットワークをつくって現実的な研究課題に意見を求め合ったりするなどの積極的な自己啓発風土が生まれています。

大久保 事務職にもそうした活性化は期待できますか。

平田 営業やマーケティングの分野は特に期待しています。これまでは商習慣などの違いもあり、活動は事業内で完結していました。しかし一例を挙げれば、ガラス事業にも、化学品事業にも、電子・ディスプレイ事業にも、自動車業界をお客様とする部門がある。それぞれの営業戦略や顧客開拓スキル、人脈といった資産がスキルマップのネットワーク活動によって共有されることで、お客様に対する新たなアプローチが開拓されていく可能性がある。実際、ディスカッションは盛り上がっており、この先が楽しみです。

大久保 技術が進化するように、営業スキルも進化する。身近な先輩から属人的にスキルを伝承するだけでは、進化の速度に追いつけません。

平田 そうです。技術職にしろ事務職にしろ、自ら必要を感じて自己啓発するのはむしろ人として自然な姿。生産性や成果などに追われる日常業務とは別に、自分の技術やスキルの価値を実感できる場があるのはよいことだと思います。

大久保 人材マネジメントの研究でも、人がエンパワーメントされるにはいくつかの要因があることがわかっています。「自分で選んだ仕事と思えるか」「社会に影響を与えているか」「意味のある仕事ができているか」といったことです。こうしたモチベーションにつながる要素がインフォーマルラーニング活動にはそろっているのでしょう。

コア人材育成で大切なのは、資質の発掘とチャンスの提供

大久保 インフォーマルな活動から新たな技術開発やイノベーションが生まれるケースも非常に多いようです。御社のような開発スピードの速い事業形態では、創造型人材の育成も大きなテーマではないでしょうか。

平田 ええ。ただ、シーズを事業に展開できる資質を持った人材はかなり限られます。人事としてはそうした人材を確実に見つけ出し、見つけたら早くチャンスを与えることが重要だと考えています。コア人材発掘のためのデータマネジメントは、人事の仕掛けとして既に始めています。全体的な教育プログラムや多面的評価のなかで育成することもできますが、資質のある人材の発掘にも力を入れていかないと、確率は上がりません。

大久保 我々の調査では、企業で創造型人材が輩出される背景には、本流から外れた仕事をやり始めても寛容に放置してくれる上司の存在があったケースが、非常に多くありました。イノベーターを生み出すには風土の面も大切です。そうした風土の一例としても、インフォーマルラーニング活動は興味深いですね。

平田 創造型人材は、多くの場合、組織のなかでははじかれてしまう。マネジメントが優等生集団育成に偏っているんですね。それはある意味しかたがないことですが、人事が適性についてしっかり目配りし、適材適所に配置していく仕組みを持たないといけないと思います。新卒採用についても、第一印象や単なる面接だけでそうした貴重な資質を備えた人材を排除しないよう心がけています。

(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/刑部 友康)