Vol.15 萩原 隆一氏 東日本高速道路
"公団"時代を知らない社員が既に1割
大久保 御社の前身は日本道路公団ですね。2005年にスタートし、そろそろ企業としての体制が確立された頃だと思います。これまでに取り組んできた人事課題について教えてください。
萩原 特殊法人から株式会社に変わり、成果や能力を重視する評価・報酬制度に移行しつつありますが、まだ十分とはいえません。人事・組織面でいちばん大きかったのは、高速道路の料金収受、交通管理、維持修繕、保全点検といった、それまで外部に発注していた仕事をすべて内部化したことです。そのために、19の子会社を立ち上げました。役員を含めた人事交流は活発で、2600人いる本体の社員のうち、そうしたグループ子会社に300人が派遣されています。
大久保 人事制度は、統一されているのでしょうか。
萩原 いいえ、まだです。それぞれの業務も設立経緯も異なりますので、短期間での統一はあえてしていません。関連会社も含めたグループ全体では1万4000人の社員がいますが、評価制度など、グループ全体の人事制度をどう変革・統一していくのかは、今後のグループ経営の大きな課題の1つです。
大久保 人事制度の定着には、最低でも5年は必要でしょう。その場合、管理職クラスへの周知徹底が鍵を握ります。
萩原 その通りです。目標管理制度を取り入れたのですが、最初の半年は管理職のみを対象としました。まず管理職自身が目標を設定し、それに従って仕事を行い、他者から評価されるというプロセスを経験させたのです。専門機関による研修も実施し、目標設定のやり方から評価の仕方まで、かなり綿密な教育を行いました。会社発足後に入ってきた新人が250人いますが、こうした人たちは道路公団時代のことを知りませんから、新しい制度を所与のものとして受け入れ、すんなり馴染んでいます。
大久保 ところで、先の大震災では東日本の高速道路も大きな被害を受けました。
萩原 はい。私どもが管理する道路は3600kmあるのですが、うち7割が一時通行止めになりました。段差が生じたり法面(のりめん)が崩落したりで、結局、870 kmが被災しました。甚大な被害でしたが、高い士気のもと、社員が昼夜を分かたず対応にあたり、2週間足らずで応急復旧にこぎつけることができました。
大久保 すばやい対応でしたね。今回の震災では、会社によって復旧のスピードに差が出ましたが、現場重視の会社ほど、うまく対応していました。
萩原 当社社長の佐藤龍雄も、現場がすべての価値創造の源泉だ、と常に発信しています。道路建設から管理まで、当社ですべて担当していたこともすばやい復旧に役立ちました。設計がわかっていれば修繕もしやすいのです。
大久保 グリーンフォーラムという日本経団連の研修事業で、2011年5月、御社や中日本高速道路の社員の方々を対象としたキャリア研修の講師をやらせていただきました。その時に、皆さんが異口同音に、「震災では、高速道路というインフラの社会的重要性を改めて認識した。今回のような、まさかのリスクに対応する部署をぜひ一度経験したい」とおっしゃっていたのが印象的でした。
萩原 心強いことです。本当に、あの震災は、自分たちが担っている社会的価値を再認識させられた出来事でもありました。
海外での道路づくりも積極的に推進
大久保 次に、これからのお話を伺いましょう。御社は、「『つなぐ』価値を創造」という2020年に向けたビジョンを定めています。これに関連した課題を教えていただけませんか。
萩原 技術の高度化とコストの低減、イノベーション・マインドの醸成、新たな事業への進出、という3つの経営課題があります。そこに向かって、どんな人材を採用し、どこに投入していくか、技術やモチベーションをどう高めていくか、というのが人事課題です。
大久保 最初の2つの課題をクリアするには、人材育成が欠かせませんね。
萩原 その通りです。まずはしっかりとした技術力を持ち、高速道路の建設管理の経験を積んだ先にこそ、イノベーションがあると考えています。ですから、とくに入社後数年間に、道路の建設から管理まで意識的にローテーションさせ、そうしたさまざまな職場において、先輩から技術を引き継ぐことを重視しているのです。もちろん、専門性を高める研修も大切で、つい最近、人材育成の基本プログラムをつくりました。
大久保 イノベーションを大切にしている会社ほど、ジョブ・ローテーションに力を入れています。物事を複数の視点から見ることがイノベーションにつながりやすいからでしょう。一方、専門性の深掘りも大切で、御社のやり方は理にかなっています。
萩原 専門性にも2つあります。1つは論文になるような学術的なもの、もう1つは現場に精通した実務的なもの。若いうちからその2つをバランスよく高めていく必要があります。
大久保 先ほどの、3つ目に話された新たな事業というのは海外進出ですか。
萩原 はい。道路公団時代も国際協力機構(JICA)などを通じ、事業ではなく協力という形で、新興国などにおける道路建設や管理に従事していました。2年前にインドに当社の事務所を設けましたが、今後は単独ではなく、ほかの高速道路会社と手を組んだオールジャパンという形での進出が増えるでしょう。5社で共同出資して、そのための株式会社も立ち上げました。先方からも非常に期待されています。設計から建設、管理、有料高速道路の運営や災害復旧のノウハウ。それぞれ個別にできる会社はありますが、すべてをパッケージで請け負うことができる組織が世界にはあまりないのです。ここに、私たちの優位性があるのだと思います。
大久保 どんな人たちを海外に派遣させるのでしょう。
萩原 海外への進出で期待されていることは、日本の最高水準の技術、ノウハウを海外でも展開することです。ですから、日本で育成したトップの技術力を持つ人材、あるいは高速道路の管理能力の高い人材を海外に出していかなければなりません。
大久保 道路をつくるだけでなく、技術や技能の伝承まで行うと現地の人からもっと喜ばれるでしょうね。
萩原 既に、インドやスリランカおいては、土木技術を学びたいという人を日本に招くこともしています。これからは海外への貢献という意味で、事業と絡めながら技術移転や教育も積極的に進めたいと思っています。
どんな社員にも必要な専門性とリーダーシップ
大久保 そのほかに中長期的な課題があったら教えてください。
萩原 今後は、2種類の人材の育成に力を入れていきます。1つは、将来の経営を担う管理職層です。もっと分厚く、重層的にそろえたい、と思っています。もう1つは、高度の専門性を持った人材です。育成が難しいのは後者で、最初から領域を絞って育てては駄目でしょう。管理職も含めた多様な経験をさせてから、ある時点で腹を決めさせるようにしなければ、と思っています。
大久保 同じような問題でさまざまな企業から相談を受けることが多いのですが、もうスペシャリストかゼネラリストか、という議論は古びていると思います。すべての人は何らかの領域でプロを目指さなければならない。エンジニアだってリーダーシップがなければ成果をあげられないわけですから。その人なりの専門性とリーダーシップ、この2つはどんな人にも必須だと思います。
萩原 おっしゃる通りです。道路公団時代は、予算要求をはじめ、関係省庁への説明などが重要でしたので、特に深い専門性がなくても、何でも知っていて、話術などのコミュニケーション力に長けた人がゼネラリストとして評価され、出世の階段を上っていきました。でも、そういう能力だけの人はもういりません。
大久保 1980年代に、日本企業は軒並み大失敗をしました。中高年の処遇に困り、マネジメントには向かない人を専門職とみなし、処遇する制度を特別につくったのですが、みごとに機能しませんでした。最近はプロフェッショナルという言葉が使われ、同じような議論が起こっていますが、ラインから外れた人に、プロフェッショナルたれ、と連呼するだけでは、昔と同じ轍を踏んでしまうと思います。
(TEXT/荻野 進介 PHOTO/刑部 友康)