Vol.09 藤田 潔氏 三菱商事
ビジネスモデルが変容し、収益の大層は連結先から
大久保 今後5年から10年の長いスパンで、どのようなことを人事課題と感じていますか。
藤田 総合商社のありようが大きく変わっていくなか、人事施策をどう対応させていくかが最大のテーマです。現在のありようを我々は「総合商社Ver.3.0」と呼んでいます。Ver.1.0というのは1970年以前の、輸出入取引ビジネスモデルの時代。Ver.2.0は、油、ガスのエネルギー権益保有や金属資源投資などのビジネスモデルが加わった時代。そして現在は、鉱山会社や水事業会社など他事業型の子会社がグループ傘下に加わり、ビジネスモデルとしてはメーカー的だったり事業の主たるオペレーターだったりに変化しています。連結収益を見ても、利益の大層が連結先からによるものです。
大久保 ビジネスモデルの変化に伴い、連結の組織構造も変化しますね。
藤田 三菱商事は事業持株会社的色彩がどんどん濃くなっているのです。たとえばタイのいすゞ自動車販売ビジネスを例に挙げると、まず単体にいすゞ事業本部、その下にタイ・アセアンユニットがあり、その事業子会社としてタイいすゞ事業会社がぶら下がる組織構成です。しかし、このなかで実際に商売を行うのはタイいすゞ事業会社なのです。つまり利益を生むビジネス現場は三菱商事単体の外にある訳で、そうなるとタイ事業会社の幹部社員が、極めて重要な存在になるのです。
大久保 人事的な施策はむしろそちらが重要だと?
藤田 はい。ところが、そうした人材の管理は子会社のなかでしかやっていない。三菱商事本体ではデータ管理すらしていません。経営陣もそこに問題意識を持っており、「中期経営計画2012」では"多様性を活かし、多様性を束ねる"というテーマを掲げています。「束ねる」とは、経営管理システムや内部統制など連結経営基盤の整備、「活かす」とは、連結ベースでの幹部人材を育成・活用することなどを示しています。
各社の制度をつなぐ仕組みで連結先をグローバル管理
大久保 総合商社のように多様化した事業形態で、一括人材管理するのは非常に難しいはずです。皆に合わせようとして、結局誰にも合わない服になってしまった、ということになりかねない。
藤田 そうです。たとえば、アメリカの肉加工会社と、タイの自動車事業会社を同じ人事制度では括れません。ですから1つの制度にするというより、各連結先が持つそれぞれの制度をどうつなぐか、という発想が必要です。大きな流れとして、連結ベースの経営は各事業グループ基軸で行うこととしており、人材管理についても事業グループごとに仕組みを組み立てていくことが現実的ではないかと考えています。
大久保 具体的にはどんなツールでつないでいくのですか。
藤田 三菱商事には、「職責」という6段階のジョブグレードがあるのですが、連結先の職務グレードをこれに緩やかに対応させることで、一定層以上の幹部或いはその候補となるコア人材についてグローバル人材管理していこうとしています。具体的には、コンサルティングファームのグローバル共通グレード体系を間に挟んで、「三菱商事の職責4は共通グレード23、インドの連結先のこの職務も同じ23、だから同等である」というようなつなぎ方ができないか、今1つの事業グループでトライしているところです。
大久保 ジョブサイズを連動させるくらいの緩やかなグローバル人材把握が、多様性の高い組織には適していますね。
多様化した組織を束ねるのに効果的な価値観共有の仕組み
大久保 ほかに多様化した組織をつなぐ手立てはありますか。
藤田 当社の経営理念である「三綱領」がその役を担っています。「所期奉公(事業を通じ公に貢献する)、処事光明(コンプライアンス遵守)、立業貿易(世界視野に立ってビジネスを行う)」というものですが、この考え方を共有するための三綱領セッションを、連結先幹部を日本に招いてやっています。面白いもので、参加者には非常に評判が良いです。
大久保 価値観共有ということですね。その一番の成果は何なのでしょう。
藤田 帰属意識の醸成や行動指針の共有ですね。組織というのは成長とともに末広がりに分化していくもの。だからどこかで束ねる求心力が必要であり、制度で束ねるやり方もあれば、意識や価値観で束ねるやり方もある。いろいろトライしてきましたが、結局、三綱領が生き残っている。
大久保 グローバル化の進展とともに原点に返り、もう一度皆で考え方を共有しようという動きが加速しているような気がします。
藤田 そうですね。ダイバーシティ(多様性)を推進しながらも、何かシェアするものがないと本当の意味で「集団」にはなりません。「儲ける」というだけではダメですよ。
採用縮小世代が次期リーダーに。人材の補充が急務
藤田 もう1つの喫緊の課題が、次期リーダー世代の補充です。総合商社は1995年から10年ほど採用を控えた時期があり、30代に人員構成の谷間ができている。
大久保 今はよくても、10年後にチームリーダーが不足しますね。現在のリーダーたちにとっても仕事を任せる下の層がいないのは問題です。自分で仕事を抱え込まなくてはならないし、人をマネジメントする機会を失ってしまいます。
藤田 おっしゃる通りです。総合商社の最大の鍵であるビジネスの種を発見し育てていくサイクルを継承していかないと10年後20年後が厳しい。地味なことですがこの世代をきちんと育てていくことが一番大事だという気がしています。そこで、我々は2011年に50人規模のキャリア採用を始めました。5年くらい続ける予定です。
大久保 世代の谷間をキャリア採用で埋めていくのは非常に大事なことです。
藤田 ええ。ただ一方で、三菱商事は長く新卒中心でやってきたため、キャリア採用に対しては現場にはまだどこか抵抗感もある。
大久保 多様性の高い会社でありながらキャリア採用がうまくいかないケースはよくあります。
藤田 弊社も「MC(Mitsubishi Corporation)パーソンはかくあるべし」というすり込みが新人時代に強くなされます。でも20代後半ならまだ会社の文化にも馴染めるはず。ここをターゲットにいい人材が採れ始めているので、現場の違和感も次第になくなっていくと思います。
リーダーの育成には教育より現場での失敗経験が効く
大久保 若手世代の育成についてはどのようにお考えですか。
藤田 育成の流れとしては、新卒入社2~3年のうちに財務分析、マーケティングなどのビジネススキルをひと通り学ばせ、8年目くらいまでに一度海外に出します。事業先への出資、スタートアップ会社への出向、社長の補佐など経営の現場を目の当たりにする経験をさせます。それから本体で管理系の業務につき、その後はトップあるいはセカンド等のポジションでもう一度海外に出ていく、そんなステップになっています。
大久保 御社のように複雑化、多様化した組織では、リーダーには相当高いマネジメントスキルが求められるはず。そのプロセスでそれらも補えますか。
藤田 これは個人的意見ですが、30代前半にストレッチアサインメントに真正面から取り組んで、突っ走って、けつまずいて転んで、結果として足元をきちんと見てかつ皆と手をつなぎスピードを合わせて走らないとだめだ、ということを体で覚えないと、40代後半で本当の意味でのリーダーにはなれない。座学でやれる教育には限界があります。
大久保 突っ走れる人材を採用し、海外で修行させ、ちゃんと想定内の失敗をさせるということですね。
藤田 僕はそう思っています。保守本流で育てられ、絶対リスクをとらないという人は、継承してきた商権を維持・拡大していくビジネスの場合ならいいですが、何かを新たに始めなければならないときには向いていません。最近は三菱商事でも「事業会社の社長」のまま執行役員になる人が増えています。商社のありようとともに、求められる人材も変わってきたのかもしれません。
(TEXT/荻原 美佳 PHOTO/平山 諭)