“広い人脈”は、キャリアをつくるために有効か
人脈が広い、顔が広い、という言葉は個人の優秀さを表す表現の1つとして定着している。たとえば、社内人脈の豊富さは、企業内特殊技能の高さに直結するため、これまでの日本企業の人事体系においては重要な業務遂行スキルであったといえよう。では、社外の人的ネットワークの価値についてはどうだろうか。今回は、職場や仕事以外のコミュニティとのネットワークを保有することが、個人のキャリア展望にどう影響するのかを検討する。
なお、今回は、特に高い企業内特殊技能が求められる現役世代(30~49歳の男性、正規社員)を対象として分析を行うことで、日本社会における人的ネットワークの価値を浮き彫りにしたい。
ミドルの男性が保有する二大ネットワーク、家族・職場
まずは現状を整理したい。図表1は「相談できる人」がいるコミュニティとして複数回答で挙がった結果であり、全回答者のうち何%がそれぞれのコミュニティに相談できる人がいる、と回答しているかを表している。このデータによれば、「家族」が74.2%と最も多く、「職場や仕事の知人」が31.1%と2番目に多い。「家族以外の親族」の11.9%を除けば、10%を超えている選択肢はほかにはなく、家族や職場がミドルの正規社員男性にとっての二大ネットワークだといえよう。特に家族については7割以上の個人が相談できるとしているため、家族+αがミドル男性の保有ネットワークの基本形態と考えられる。
図表1 相談できる人(複数回答)
図表1では、「地域や近所の知人」「学校や自己啓発の知人や教師」「NPO、ボランティア活動の知人」といった、積極的な社外活動によって生まれたと考えられるネットワークが存在する、と回答した個人が少数ではあるが存在している。今回の目的はこうした現代日本社会におけるインフォーマルなネットワークといえる"社外の人的ネットワーク"の価値を検証することであり、特にこの3つのネットワークを保有している者について注目することとしたい。
キャリア意識への影響
社外の人的ネットワークの保有は、「越境学習※1」や「組織間キャリア発達※2」といった文脈で、本業の業務遂行に正の影響を有することが示唆されている※3。また、先のコラム「キャリアは、自分と、『人的ネットワーク』の2つでつくられる」でも触れたように、マーク・グラノヴェターは転職において人的ネットワークが果たす役割に注目し、転職する際に、強い紐帯を持つ人よりも弱い紐帯を持つ人から役に立つ情報を得る傾向があることを明らかにした。今回は複数の社外ネットワーク保有に注目し、分析を進めたい。社外に広くネットワークを保有することに、個人のキャリアへの見通しを広げる効果が存在するのだろうか。
図表2:今後のキャリアの見通し
図表2にそれぞれのネットワークを保有する個人のキャリアの見通しについてのデータを整理している。たとえば、「キャリアの見通しが開けていた」に「あてはまる」と最も肯定的に回答した個人の割合は、「職場や仕事」ネットワーク保有者(3.4%)と比較すると、「学校や自己啓発」(4.7%)及び「NPO、ボランティア」(7.1%)は少々高いものの、「地域や近所」はわずかに低い。
社外の人的ネットワークは一定の肯定的な影響を与えている可能性が示唆されるものの、単に社外の人的ネットワークを保有していることが直接肯定的な影響に繋がるかというと、そうではない。
「キャリアの見通し」に社外人的ネットワークはどう影響するか
ここまで、データを整理する形で社外の人的ネットワークに注目してその影響を見てきたが、最後に社外の人的ネットワークがキャリアの見通しに対してどういった影響を与えているのか、統計的処理を行うことで一歩踏み込んだ検証を行いたい。
今回は、「今後のキャリアの見通しが開けていた」に対して「あてはまる」と回答した者を5、「あてはまらない」と回答した者を1とする5段階の整数の値を被説明変数とする、重回帰分析によって検証する※4。
その結果が以下の図表3である。
図表3「今後のキャリアの見通しが開けていた」を被説明変数とする重回帰分析結果
図表3については、「キャリアの見通し」について、社外ネットワークを多く保有していることが有意に良い影響を与えることを示している。つまり、単に社外の人的ネットワークを保有することが重要であるというよりは、保有する社外ネットワークの数が多いほど、キャリアの見通しが開けていると回答した者が増加する傾向が見られることが確認された。キャリアの見通しにおいては、複数のコミュニティとかかわりをもち、浅くとも広い人脈のなかで、自身のキャリアパスを検証することが効果的であることを示唆している※5。
"浅く広い"社外の人的ネットワークの形成という最適解
図表3の結果から、複数の社外の人的ネットワークを広げることは自身のキャリアを見つめるきっかけとなると総括できる。
30~40代男性正規社員のキャリアの見通しの形成につながる、"浅く広い"社外の人的ネットワーク形成。特に図表3の結果では、年齢が高く、週労働時間が長く、年収が低い個人についてキャリアの見通しが形成されにくい結果が出ている。40代後半で昇進せず給与水準が比較的低い社員に対して、社外の人的ネットワーク形成をサポートするプログラムの提供は、キャリアの見通しを失いパフォーマンスも低下していく社員に対する、効果的な政策的解決策になる可能性がある。
公的なサポートとして、企業に所属する個人が社外の人的ネットワークに広く参加できるよう、休暇制度活用の促進(ボランティア休暇取得率などの見える化など)や、企業の副業解禁に向けた制度整備など、できることは多い※6。また、学び直し活動を行っている者とキャリアの見通しが立っている者に高い相関関係が見られるため、社外の人的ネットワークを広げることと合わせた、学び直し活動の支援は効果的である可能性が高い。
コミュニティ形成の支援自体も有効であろう。東日本大震災復興のなかで、地域のイベント実施に対して費用の補助が行われるという施策が行われたことがあるが、地域のイベントの対象を広く定義し、町内の祭りから、地域で行う清掃活動、文化活動まで幅広くコミュニティ形成が活性化され、これに伴いさまざまなネットワークが構築された。特にネットワークの広がりが都市部に比べて限界のある地方において、個人の横断的なネットワーク形成を主眼においたコミュニティ形成支援は、そのエリアの魅力を高めるだろう。
今回確認できたように、社外のネットワーク、特に"浅く広い"社外の人的ネットワークはキャリア自律のきっかけとなる可能性がある。現代では、社外で顔が広いと転職してしまうから、と忌避するだけでは優秀な人材は採用できない。"浅く広い"ネットワーク形成の効果的な仕組みをつくった企業こそが、結果として採用力が増し優秀な人材を集めることのできる、100年キャリア時代のミドル人材育成のリーディングカンパニーとなるのではないだろうか。
※1 石山恒貴(2018)『越境的学習のメカニズム』福村出版 に詳しい。
※2 山本寛(2008)『転職とキャリアの研究(改訂版)』創成社 に詳しい。
※3 石山(2018)P.205では、「ボランティア、地域コミュニティ、異業種交流会という、所属する企業とは明確に異なる領域の人々と交流する3種類の社外活動」について言及されている。
※4 以下のモデルを検討する。
"キャリアの見通しが開けているダミー"=F(①個人属性、②所属組織の属性、③学び直しダミー、④保有するネットワーク数)+u(誤差項)
このモデルの分析によって、"社外に人的ネットワークを保有することは、キャリアの見通しを広げるのか"を検証する。
社外の人的ネットワークの広がりから、自己の所属している組織に囚われない横断的で自律的なキャリアパスを描くことができるようになると考えられるが、実際はどうだろうか。
このモデルにおいて①個人属性については、年齢、週労働時間、年収、配偶者がいるかいないか、学歴(大卒以上か)、によってコントロールする。②所属組織については、従業員規模を変数として導入し、大企業と中小企業の差を制御する。③学び直しダミーについては自己啓発活動を行っているかどうかを制御したうえで、④社外ネットワークの保有の有無および保有数、を説明変数として上述の問いを検証する。
結果の詳細は以下のとおりであった。
※キャリアの見通しスコアは、「今後のキャリアの見通しがひらけていた」か、という質問に対して「あてはまる」を5、「あてはまらない」を1とする5段階の整数の値をとる。
配偶者ダミーは、配偶者がいる者に1、いない者に0。
学び直しダミーは、自己啓発活動を行っている者に1、それ以外は0。
社外ネットワーク保有ダミーは、「地域や近所の知人」「学校や自己啓発の知人や教師」「NPO、ボランティア活動の知人」のいずれかに相談相手がいると回答した者を1、それ以外は0。
保有する社外ネットワーク数は、「地域や近所の知人」、「学校や自己啓発の知人や教師」、「NPO、ボランティア活動の知人」のなかで相談相手がいるネットワーク数(最小0~最大1)。
※5 マーク・グラノヴェターの「弱い紐帯の強み」の理論とも整合的である。
※6 そのほか、社外での活動の場として、社外で組織化されている労働組合活動も想定され得る。
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次回 再就業に「効く」人的ネットワークは何か 11/20公開予定