企業の“キャリア自律支援策”は、離職を誘発するか?

2018年12月19日

キャリア自律を促すと「辞めてしまう」という不安

100年キャリア時代が話題となる際に、必ず取り上げられるキーワードが"キャリア自律"である。このキャリア自律についてはさまざまなとらえ方がされてきた。個人にとってのキャリア自律は、自身が所属する企業にとどまらず、企業横断的にキャリアを構築する概念として理解される。

他方、企業にとっては、社員がそれぞれ必要なスキルを身につけ能動的に目標を設定して仕事を進めていくことでもある※1。企業における社員の"キャリア自律"には、「自分で学び、選択した結果として転職する」、といったような横断的なキャリア形成は含まれていない。人材育成上の問題を抱えている企業のうち、43.8%が「人材を育成しても辞めてしまう」ことを問題点として挙げているのである※2(コラム「米国・中国・インドより『キャリア自律』が低い日本の行方」参照)。

その帰結として、副業・兼業や、社外でのネットワークづくりといったキャリア自律的な取り組みへの企業のスタンスは大きく分かれることになる。しかし、人材投資として社員のキャリア自律を促すと「辞めてしまう」(だからキャリア自律を促す施策には慎重にならざるを得ない)という"肌感覚"は正しいものなのだろうか。そのような不安から社員のキャリア自律を促す施策に取り組めていないことは、逆に社員の定着や組織内で主体的に働く社員の育成のチャンスを逃すことにつながっているのではないだろうか。

果たして、「キャリア自律を促す企業の人事施策」は社員の離職や定着にどのような効果があるのか。いわゆる「越境学習」の議論において、石山※3は「自らが準拠している状況」の境界を越えた際に越境学習が成立すると定義している。今回は、「キャリア自律を促す企業の人事施策」を"企業が人事制度として実施する"、社員に"所属する企業の境界を越えるよう促す"取り組みに注目する。

リクルートワークス研究所「Works人材マネジメント調査2017」のデータを用いて、企業と個人の"キャリア自律"の両立の可能性について考えてみたい。

副業、留学……キャリア自律を促す4つの施策

「Works人材マネジメント調査2017」の調査回答企業数は197社であり、東証1部上場企業を対象としているため、企業規模は非常に大きい。このため、今回の分析は日本の大手企業における検討と位置づけられる。

回答企業197社のプロフィール

まず、対象の企業群における、キャリア自律を促す施策の状況を整理する。

今回の分析においては、「キャリア自律を促す施策」="企業が人事制度として実施する"、社員に"所属する企業の境界を越えるよう促す"取り組みとして、以下の4つの人事施策を抽出する。

① 副業・兼業の許可
副業・兼業の許可は、個人のキャリアの充実につながるような業務外の活動を企業が許容するということであり、職務専念義務の例外として企業が新たに措置をした制度である。人生100年時代の働き方の支援策として、政府においても副業・兼業に関する法制度整備を進めるなど、社会的な後押しは強くなっている。

② 海外留学支援制度
会社の業務から外れ、決まった年数について海外の大学・大学院等へ通学する際の支援である。異文化での経験や多様なバックグラウンドをもつ人々との交流を通じて、視野を広げ、個人の知識や人的ネットワークを拡充する。海外のキャリア自律意識の高い価値観に触れることで、自律性を高める効果もある。

③ 社外ボランティア支援制度
ボランティア休暇など、社外活動としてボランティアをする際のサポートである。ボランティアに取り組む社会人は日本では少数にとどまるが、得られるスキルやネットワークには自己のキャリアを見直すきっかけになるものもあり、リクルートワークス研究所では「兼業ボランティア」として提唱している(「東京2020大会のボランティア・レガシー」参照)。

④ 独立・開業支援制度
企業の経営資源を用いた、スピンアウトベンチャーの開業支援などが該当する。個人のスキルを活かした新しい会社横断的なキャリアトランジションであり、業務外の社員の活動を支援するもの、のひとつとして考えることができよう。

キャリア自律を促す施策を導入する企業は少数派

さて、それぞれの施策についての導入状況は以下のとおりである※4(図表1)。

図表1 キャリア自律を促す4つの人事施策と導入状況
出所:リクルートワークス研究所 「Works人材マネジメント調査2017」

社外ボランティア支援制度が最も導入されており、197社中の75社、導入率は38.1%である。他方、独立・開業支援制度が最も導入されておらず、導入率は13.2%にとどまる。

このキャリア自律を促す4つの施策の効果を検証したい。

今回は、離職を促す効果についての影響を見るために、離職率について「大卒・大学院卒、新卒採用者の入社3年以内の離職率(以下、大卒離職率)」と「中途採用者の入社3年以内の離職率(以下、中途離職率)」への影響に分けて検証する。

また、分析にあたって、企業における組織風土上の参考値として今回は、「退職者の"出戻り"を許容しているか」※5について見る。"出戻り"自体は現職社員を対象とする制度ではないが、その許容によって周囲に退職後、再入社した社員が存在することで、自身のキャリアを自社に限らず横断的に考える発想につながる可能性があるためである。

離職率"低下"につながる「海外留学支援」と「ボランティア支援」

大卒離職率・中途離職率に対しての相関関係については、以下のとおりであった(図表2)。

図表2 キャリア自律を促す人事施策と離職率の相関関係
***:1%水準で有意 **:5%水準で有意 *:10%水準で有意

大卒離職率、中途離職率の両方について、「海外留学支援制度」「社外ボランティア支援制度」導入企業との間で有意な負の相関が得られた。つまり、大卒・中途採用者の3年以内離職率は、この2つの施策が導入されているほど低い

「海外留学支援制度」については、制度上、社内選考等が存在することも多く、結果として一定年数在職していた社員が対象となるケースが多い。今回は3年以内の離職を見ているが、一定の期間までの在職者については海外留学という明確な目標を与える形で影響が出ている可能性がある。

また、「社外ボランティア支援制度」についても同様の結果が得られている。こちらは自社内だけにとどまらないキャリアづくりが、イコール"転職・離職促進"となるわけではないことを示唆している。ボランティア支援に関しては、企業へのエンゲージメントを高める目的で行われていることも多く、その効果については「社員が会社に対して誇りを持てる」といった実感が企業側に多く存在するなど、多面的な指摘がなされる※6

他方、キャリア自律を促す人事施策について「副業・兼業の許可」や「独立・開業支援制度」は大卒・中途離職率ともに有意な相関はなかった。少なくとも離職率に正の相関が存在しなかったことは、「会社のこの人事制度を使って、転職してしまう」という懸念は必ずしも当たらないことを示唆している。

なお、「"出戻り"の許容」については、大卒離職率にのみ負の相関があった。"出戻り"文化は、若い層の入職者に対して人材を大切にする企業だというメッセージとなっている可能性がある。もちろん、大卒離職率と出戻り文化に負の相関があったことは、離職する若手が多い会社ほど出戻り採用をしていないということであり、出戻りたくないと思うネガティブな転職理由をもつ若手が多いということでもある。

最後に結果の全体を見てみると、キャリア自律を促す施策の導入が、ただちに離職率を高めるわけではないことが明らかである

「キャリア自律を促す施策は離職率を高めない」という結果の背景

以上をまとめると、キャリア自律を促す施策の導入が、ただちに離職率を高めることはない。むしろ、海外留学支援制度や社外ボランティア支援制度では、離職率の引き下げが期待できる。ただし、今回は、キャリア自律を促す施策を人事制度として導入している企業における離職率を分析しており、施策を利用した社員個人についての分析ではない点は留意する必要がある。

概して、キャリア自律を促す施策を導入している企業のほうが、社員にとっては魅力的といえよう。離職を恐れるがあまりに内部労働市場への依存が強く内向的な社員を増やすのか、社外活動を通じて視野が広く自律的な社員を育てるのか。短期的には前者のほうが、社員の不要な離職を防ぐことができる"肌感覚"があったとしても、中長期的には、社員にとっても、そして企業にとってもそれが本当に正しい選択なのだろうか。

仮に施策を利用した社員の一部が辞めたとしても、仕事に魅力があり、出戻り社員を受け入れる風土があれば、離職者を戦力として再度採用することもできる。1度社外に出て活躍した人材を再び迎え入れるキャパシティのある企業や、社員のキャリア形成を支援できる企業のほうが、結果的に就職市場・転職市場において「選ばれる」可能性は高い。就職・転職の際には、多くの個人が口コミサイトを参考にしているのである。

個人と企業の"キャリア自律"の同床異夢を解消するために

冒頭で取り上げたとおり、個人のキャリア自律と企業の"キャリア自律"は完全には一致しない。この同床異夢の状態について、今回の結果は「社外活動の支援をするようなキャリア自律を促す施策と、企業への定着率を高める施策が一致する」という逆説的な解決策の糸口を提案できるかもしれない

「海外留学支援制度」や「社外ボランティア支援制度」の活用から得た社外の知見やネットワークによって、個人はキャリアが充実したものとなり、業務実行能力も高まる。企業を客観視できるようになることでよい点悪い点が明確となり、自身との適性が確認される。そして、そうした組織は離職率が低い、という関係が明らかになれば、個人と企業の"キャリア自律"の同床異夢を解消する突破口になり得るだろう。これは、離職率が低いために人材投資を思い切りできる、という好循環にもつながる

そして、今後のポイントとなるのは実態の見える化である。企業の「社外ボランティア支援精度」は、大卒・中途それぞれの離職率に対して一定の効果がある可能性が示された。ただ、ボランティア休暇制度をもつ企業は多いが、社員による利用は一定数にとどまっているのが現状である※7

ほかのキャリア自律を促す施策についても、その実態の見える化は不十分であり、「入社してみないと、その制度が本当に使えるかわからない」という状態となっている。子育てサポート企業、女性活躍推進企業であることをアピールすることのできる「くるみん」や「えるぼし」認定のように、客観的に実態を評価し、実行にインセンティブを与えるような政策的な認定制度の創設は考えられる。

他にも、自社の人材に対して積極的にキャリアを応援する制度を採用していることによって、採用ブランディングを高めることができ、社会貢献や従業員の社外活動を通じて、社員の人的資源の向上に寄与している、という側面でもクローズアップできるだろう。こうした直接的ではないが企業のブランドに好影響する面に注目すれば、自社社員のキャリア自律の支援を充実することは大きな波及効果を伴って捉え直すことができるかもしれない。実際にキャリア自律した個人を育てられている企業を可視化し、企業にどういった影響があるのかを検証することが、同床異夢の解決に向けた具体的な道のりになるのではないだろうか。

※1 たとえば、厚生労働省「能力開発基本調査(平成28年度版)」においては、「労働者の能力開発方針は企業主体で決定する」とする企業は76.1%に上っている。
※2 厚生労働省「能力開発基本調査(平成28年度版)」
※3 石山恒貴(2018)『越境的学習のメカニズム』福村出版P.70など
※4 回答中「導入していない」「導入していたが、廃止した」を"導入していない"、「導入しているが見直す予定だ」「導入し、継続する予定である」を"導入している"として分類している。
※5「(一度離職した従業員の)再雇用制度」の質問について、「導入しているが見直す予定だ」「導入し、継続する予定である」と回答した企業を"導入している"とした。
※6 日本経済団体連合会「2014年度社会貢献活動実績調査結果」では、「社員の社会貢献活動を支援する理由」として、43%の企業が「社員が会社に対して誇りを持てる」を挙げている。
※7 1000人以上企業では22.8%がボランティア休暇を導入している(厚生労働省「平成30年就労条件総合調査」)が、"ボランティア休暇制度がある"企業における利用人数を見ると、「0 人」が56.2%と半数を超えているという調査が存在する(東洋経済新報社『CSR企業総覧(2014年度版』)。

ご意見・ご感想はこちらから

中村天江
大嶋寧子
古屋星斗(文責)

次回 「現状維持が安心」を変える政策がキャリア自律には必要だ 12/26公開