日本だけ異なる、入職経路としての「SNS」
SNSで転職すると入社後満足度が高い
前回のコラム「キャリアは、自分と、『人的ネットワーク』の2つでつくられる」で取り上げたように、人的ネットワークは新たな仕事につくきっかけになる※1 。本稿では、人的ネットワークの1つであるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に着目する。
今や、「Facebook」や「LINE」といったSNSを利用している人は多い。総務省「平成29年通信利用動向調査」によれば、インターネット利用者のうち、全世代で50%強、20代30代に限れば70%強がSNSを利用したことがあるという。インターネット上で人と人とのつながりを維持・促進するSNSは、人的ネットワークの今日的な仕組みである。
そのうえ、SNS経由で仕事につくと、入職後の満足度が高いこともわかっている。リクルートワークス研究所が世界13カ国で行った、入職者の求職行動に関する調査結果を見てほしい(図表1)。
「SNS」経由での入職は、入社後の満足度が、「以前よりも良くなった」が79%とすべての経路のなかで人材紹介会社に次いで高く、「以前よりも悪くなった」も10%と「その他」に次ぐ低さとなっている。同じ人的ネットワークの一種である「リファーラル(同僚、家族、知人からの紹介)」や「OB・OGの紹介」と比べても、「SNS」経由の満足度の変化が良いことがわかる。
図表1 入職経路による満足度の違い
企業にとって、SNSは優秀な人材の宝庫
SNSは、企業の人材採用において、なくてはならないものになりつつある。かつては、媒体に求人情報を掲載したり、職業紹介会社を活用したりといった採用手法が主流だったが、「ダイレクトリクルーティング」といわれる、SNSなどの潜在的な候補者プールに直接アプローチする企業が増えている。
アメリカでは、ダイレクトソーシング(SNSに登録している個人に企業側から連絡をとること)を行っている企業が、2012年は6.8%だったが、2013年には12.1%とほぼ倍増した。フルタイムのソーシング専任者を置く企業も回答企業の60.5%に達しており、人材採用においてダイレクトリクルーティングは既に中核的な手段になっている。必要に応じて、社外のサービスを利用する企業も9.3%ある(CareerXroads "Source of Hire Report 2014")※2 。
SNSは、自身の人的ネットワークを維持・発展させる仕組みではあるものの、面識のない企業の採用担当者が、個人の公開している情報を閲覧し、直接連絡できるという点で、旧来の人的ネットワークとは性質が異なる。
とりわけ、ダイレクトリクルーティングのように人材採用の専門家が介在すると、SNSの登録情報や他者とのやりとりから、職歴や志向、他者からの評価を読み取ることができるため、個人と企業のマッチングの精度が高くなる。このような特徴により、SNS経由の入職後の満足度は高くなると考えられる。
日本における入職経路としてのSNS
入職者の満足度が高く、海外ではダイレクトリクルーティングを行う企業が増加しているにもかかわらず、日本では、SNSは入職経路としてまだまだ浸透していない。「最も有効な求職手段」としてSNSを挙げる割合は、13カ国平均が10%のところ、日本は2%と、13カ国中、最も低い(図表2)。
図表2 国別の入職経路(最も有効な求職手段)
この背景には、労働市場の流動性が高い国では、職歴を公開し転職のきっかけとする「LinkedIn」のようなSNSが浸透しているのに対し、長期雇用が根づいてきた日本では、周囲から「転職意向をもっている」と思われることを懸念し、そのような情報をSNSで公開したがらないことがある。
実際、SNSの使い方も、日本と諸外国では異なっている。総務省の調査研究では、SNSを利用して良かったことという項目に関して、「情報の収集」が多いのは日本も欧米諸国も同じだが、「新しいつながり」や「既存のつながり強化」といった人的ネットワークに関しては、欧米諸国は高く日本だけが数値が低い(図表3)。SNSには人的ネットワークを維持・促進する機能があるものの、日本ではそのような使われ方はあまりしていないのである。
図表3 ソーシャルメディアを利用して良かったこと(国際比較)
円滑なキャリアトランジションを支える人的ネットワーク
人的ネットワークが円滑なキャリアトランジションを支えることは既に調査研究で明らかになっている(参照:「キャリアは、自分と、『人的ネットワーク』の2つでつくられる」)。しかし、日本では、人的ネットワークの一種であるSNSの利用用途は、情報収集に偏っている。長寿化にともない、ライフステージに応じた転職環境の整備が期待されるなか、人的ネットワークに関してどのような政策的アプローチがあり得るのだろうか。
人的ネットワークがもつ可能性は古くから知られつつも、誰もがそのような人的ネットワークをもたないがゆえに、これまでは、職業紹介事業や求人広告事業などの「公式的経路」の整備が重要だと考えられてきた※3 。ハローワークや民間人材サービスを労働市場で積極的に位置づけ、問題を抑制するための法改正も行われてきた。
しかし、主体的なキャリア形成の重要性が増す今日となっては、環境整備だけではなく、働く個人に直接、人的ネットワークの重要性を伝える時期に来ている。
そのためには、まず、働き続ける能力、いわゆるエンプロイアビリティを高めるうえで、SNS上の人的ネットワークがどのような役割を果たすのかの調査研究が必要である。例えば、求人サイトの検索結果にSNS上でつながっている人物を表示することや、さらにはそこからその個人に直接コンタクトすることがどのような求職結果をもたらすのか。SNSがもつネットワーク情報やビッグデータの分析によって解明すべき点はつきない。
2010年代以降、世界的にエビデンスにもとづく政策決定EBPM(Evidence Based Policy Making)へのシフトが明確に進んでいる。これまで労働政策は、政府統計を中心とする大規模調査とその分析をもとに検討されることが多かったが、SNSなど、今後は民間がもつビッグデータの分析もその一端に入ってくるだろう。とりわけ、SNSは、人的ネットワークや個人の複数年におよぶ行動ログのデータを蓄積しており、政府統計とは異なる知見の発見につながる可能性が極めて高い。個人情報の保護や、民間データの公的活用など、データを分析する前提の整備も含めて、調査研究の推進が強く期待される。
加えて、人的ネットワークを維持・推進するツールであるSNSを通じたキャリア形成の仕方について、個人に伝えていくべきである。近年、日本の大学でも、学生が安易にインターネットを使って、信頼を落としたり、後々問題とされたりして、将来困らないないようにとは教えている。しかし、海外の大学では、キャリアアップのためのSNSの使い方を教えている。なかには大学が協力し、人脈が重要な起業のためのプログラムに「LinkedIn活用のオンライン講座」を組み込んでいる州もある。今後はSNSの「守り」の使い方だけでなく、キャリアアップのための「攻め」のSNSの使い方を、個人も習得していく必要がある。大学のキャリアやITリテラシーに関する教育プログラムに、そのようなトピックスを組み込んでいくことが期待される。
SNSの普及により、個人が人的ネットワークを広げる手段は飛躍的に拡大した。人的ネットワークは個人のものなので、政策対応に節度が求められることはいわずもがなである。だからといって、キャリア形成に資する有力な情報を普及させない理由にはならない。当たり前のようで当たり前ではない「人的ネットワークとキャリア形成」についての政策促進が、今日的なツールであるSNSに関しても期待される。
※1 渡辺 深(2014)『転職の社会学―人と仕事のソーシャル・ネットワーク』
※2 ダニエル・ピンク(2014)『フリーエージェント社会の到来―組織に雇われない新しい働き方』
リクルートワークス研究所(2018)「Works University 米国の人材ビジネス 15.ダイレクトリクルーティング」
※3 蔡芢錫、守島基博(2002)「転職理由と経路、転職結果」『日本労働研究雑誌』では次のように述べられている。「本研究は,逆説的に,公式的経路の役割の重要性を示唆することになるだろう。なぜならば,職業紹介所や求人広告などの公式的経路は,労働市場において不利な立場に置かれている人々にとっては欠かせない転職経路となっているからである。したがって,転職後の賃金変動や満足度が,どのような経路を使ったかによって生じるものではなく,転職時の位置強度や転職理由などによって大きく決まってくるとすれば,公式的経路は,経済的な不平等の再生産を是正する制度的枠組みかもしれない。公式的経路という制度的な枠組みが存在しないと,労働市場に不利な立場に置かれている人々の経済的な不平等がさらに拡大することは言うまでもない」
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