40代男性、学んでいない人はなぜ学ばないのか?
30~40代における「学び」の危機
前回のコラム「"世界最低水準"の社会人の学び、越えるべき3つの壁」で社会人の学びの大きな課題の1つとして指摘したとおり、日本では年齢を追うごとに学習する人の割合が低下する傾向にある。
特に、男性・正社員でこの傾向が強い ※1。
30代~40代にかけての自己啓発活動、学習の活動量の低下※2は、自律的にキャリアを作っていくうえで、障害となる可能性がある。今回は、30~40代の男性・正社員に注目し、特に40代で学ばなくなる背景や理由を確認し、その対応について考えたい。
管理職でない事務職・営業職の学習活動比率が低い
30~40代が学ばない背景を探るうえで、就業スタイルの違いは大きな考慮すべき観点である。個人が管理職であるか非管理職であるか、専門職的な労働か否かといった点を分けて、自己啓発活動の割合を見てみたのが図表2である。
図表2からは、まず、30代から40代にかけて学習活動量の低下がわかる(事務職・営業職:45.5%→35.4%、専門職・技術職:52.4%→45.8%など)。職種別に見ると、事務職・営業職における減少幅(-10.1%ポイント)が大きい。一方、管理職に限れば30代と40代を比較すると割合の低下は限定的(-1.6%ポイント)であり、専門職・技術職も-6.6%ポイントと事務職・営業職ほどではない。
管理職と非管理職の差、特に「管理職でない事務職・営業職の学習活動量低下」の背景と理由について考えることが重要となろう。
学ぶための時間は本当にないのか?
まず、日々の生活時間を見てみたい。仕事の時間の長さと、自由な時間の長さといった点から学習活動についての背景を探る。
働いている日の時間の使い方について、マッピングしたのが図表3である。
図表3は、横軸が1日当たり仕事時間(分)であり、縦軸が1日当たり自由時間(分)である。マップの左上では仕事時間が短く・自由時間が長い。右下では逆である。
同じ職種では、年代が異なっても、仕事時間と自由時間は近い位置に分布される。全体傾向を見ると、事務職・営業職は仕事時間が短く、自由時間が長く、管理職においてその逆となっている。前出の"学習活動に取り組んでいる人の割合"が最も低い事務職・営業職が最も仕事時間が短いという結果である。文部科学省の調査では、学ばない理由の理由としては、「仕事が忙しくて余裕がない」という回答が最も多い ※3が、「仕事が忙しいから学ばない」、というイメージについては疑問が生じる。労働時間が短ければ学習をする、というわけではなさそうだ。
40代になると、仕事に対する価値観が変わるのか?
それでは、30代から40代になるにともない、仕事に対するマインドは変わるだろうか。ひとつの仕事で第一人者になるために必要な時間は1万時間といわれるが、仕事には、自らができることを増やしていくという"成長"がある。この行動のインセンティブにもなり得る"成長実感"は、30代から40代にかけて年代を追って低下する(事務職・営業職:30.6%→24.0%、専門職・技術職:34.2%→26.8%)。また、仕事を通じた成長実感を職種で比較すると、事務職・営業職が最も低く(30代で30.6%、40代で24.0%)、管理職が最も高い(30代で41.0%、40代で27.6%)(図表4)。
図表4 仕事を通じて「成長している」という実感を持っていた(%)
他方、仕事への満足感については異なる傾向が見える。30代から40代にかけて、管理職や専門職・技術職で仕事への満足感は低下(管理職:39.0%→35.4%、専門職・技術職:35.2%→32.4%)しているのに対し、事務職・営業職はほぼ横ばいである。(図表5)。
事務職・営業職については、仕事による成長実感は得られないが、仕事そのものへの満足感は維持されている。むしろ現状の仕事への肯定感が大きいために、成長への期待よりも現状維持を優先し、学習活動をしない状態へとつながっているのではないか。
家庭生活における原因:健康・子どもの教育・支出
仕事ではなく、家庭生活に学習活動をしない理由はあるのだろうか。
家庭生活に注目すると、年代にかかわらず多くの男性・正社員の個人が仕事と家庭の両立にストレスを抱えている(図表6)。
そのストレスの原因について年代による違いはあるだろうか(図表7)。職種別の傾向を見ると、事務職・営業職の、仕事関係のストレスは例えば「仕事内容・責任の重さ」が30代の49.8%と比較して、40代の47.9%と低下している一方で、家庭関係の家事以外の要因、特に子どもの教育(30代3.2%→40代7.5%)や配偶者の理解が得られない(8.5%→12.5%)、自己の健康不安(9.5%→13.4%)といった要素がストレス原因として大きくなっている。
男性・正社員の事務職・営業職においては40代はストレスの原因が、子どもの教育、両立へのパートナーの理解、そして自己の健康不安といった、家庭生活上の要素にシフトしている。
なお、介護については、男性・正社員、事務職・営業職のうち、「親・義理の親が要介護認定された」という者は30代で0.5%、40代で1.1%いるが、介護負担が著しく大きいわけではない。図表7からも30代・40代においてストレス原因であるという声は、ともに2.6%に留まっており小さい。
金銭的な面をみると、40代においては年収は増加しているものの、世帯の貯金は減少している状況が40代の事務職・営業職についてみられる(図表8)。このような年収が増加している一方で、貯蓄が減少している傾向を踏まえると、家庭における可処分所得の低下が背景にあると考えられ、これが学習活動から離れる理由の1つとなっている可能性がある。
"現状の肯定"の脱却から、正の循環を始めよう
ここまで、30代~40代にかけて、男性・正社員の学びが減少する背景について、特に学習活動量の少ない事務職・営業職に注目して考察してきた。
小括すれば、「労働時間は減少し自由時間は多いが、仕事を通じた成長実感も減少している。仕事の満足感には変化がない。その一方で、家庭生活における両立ストレスが少し増えている。自分に投資できる金銭的余裕も減少しており、学習活動に踏み出せない」という状況にある。
今の仕事が続くことへ期待と現状への肯定、生活と金銭的な余裕のなさが、自己の学習へ着手することの難しさの背景に存在している。
こうした40代が、望めば学ぶことができる環境をつくるためには、どのような政府や企業による施策が必要であろうか。
金銭的な負担については、現状、55%の個人(社会人全体を対象とする調査)が自己負担で学んでいる※4 。家庭での支出が増え貯蓄が減少する40代においては、個人の負担感は一層大きくなる。金銭的な余裕のなさが背景にあるなか、公的な学習費用支援の拡大は1つの解決策となるだろう。
ただし、費用助成は既に行動に移そうとしている個人が更に本格的な学びに参入するための支援、いわば"最後の一歩"に対する支援である。今一つ重要であるのは、現状維持の心理状態からどう脱却し、行動への"最初の一歩"を促すかである。
仕事面でのストレスに加えて、家庭生活における心理的な負荷が増すなか、仕事における成長を感じにくくなる心境も理解できる。他方、企業の寿命が平均25年と言われる現代社会においては、正社員といえども定年までその企業で就業できる保障は存在しない。一定の緊張感をもちつつ、成長実感をもちながら自己のキャリアを作り上げていくことが望まれる。
現在、セカンドキャリア研修として50代以上の従業員にプログラムを提供している企業があるが、それよりもむしろ40代という学習意欲が低下するタイミングの従業員向けに、自己のキャリアの見通しを考える機会が必要となる。重要なのは、キャリアの再設計を通じて、企業がその従業員に対して、今後40代・50代に向けてどのような人材として成長してほしいのか、そのためには何が不足しているのかを明確にし、企業として提供できること(ポストや支援策)は何かを伝えるという"対話"をすることが望まれる。従業員個人が学び、さらに成長を実感しながら仕事を続けていくことができる。成長なく、このまま同じ職場で同じ仕事が続いていくという"現状の肯定"から脱却することが、個人が次のステップ踏み出すための動機となる。
こうした人生の棚卸と今後のキャリアの再構築を行うための対話が、「学び直し」のきっかけとなるのではないだろうか。
※1 以降、本稿のデータについては特に断りのない限り、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2017」を用いる
※2 本稿においては、各調査における「自己啓発活動」について、社会人における業務外の「学習活動」と捉え整理している
※3 厚生労働省「平成29年度 能力開発基本調査」 正社員で自己啓発を行わなかった人の理由として「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」が54.9%と最多である(複数回答)
※4 厚生労働省「平成29年度 能力開発基本調査」
ご意見・ご感想はこちらから
次回 「50代の学び、リカレント教育は真の解か?」 5/18公開予定