ローカルから始まる。
生活協同組合コープさっぽろ 理事長 大見英明
生活協同組合コープさっぽろは、道内に108ある店舗、宅配を事業の柱とし、スーパー業態では道内売上の3分の1を占める。同時に、スクールランチ事業やリサイクル事業、再生可能エネルギー電力の供給など多様な新規事業を打ち出すことで、北海道の生活インフラを支え存在感を増している。仕掛け人は、2007年より理事長に就任した大見英明氏。大見氏に、その発想の方法論を聞く。
(聞き手=浜田敬子/本誌編集長)
―― 近年も、移動販売車にATMを搭載したり、アルバイト学生に奨学金を提供したりと、新しいサービスや仕組みを打ち出しています。
大見英明氏(以下、大見):ATMの搭載は偶然の産物です。函館の渡島信用金庫が移動ATM車を走らせていることを知り、「コープさっぽろの移動販売車に載せるほうがいい。1日20人程度は利用する。一緒にやらないか」と、すぐに苫小牧信用金庫に相談し、半年後に実現したのです。
―― 事業として成立するのですか。
大見:信用金庫からは場所代や賃借料はいただいていません。移動販売車はそもそも買い物困難エリアで、商業施設もない、金融機関が店舗や出張所を閉鎖した場所に出しています。発表会見でこの話をしたら、メディアから「それでは儲からないじゃないですか」と言われましたが、お客さまが移動販売車で買い物をし、ついでにお金を引き出せたら便利という発想です。
―― そもそも発想が違うのですね。とはいえ、きちんと事業として成立しなければ持続性はないですよね。短期的に見れば、移動販売車を新たに作ればコストもかかり、ATMを設置すれば商品を置ける場所は減りますが、長期的には、コープさっぽろ、信用金庫、地域のお客さま全員の「Win-Win」になる。これは、本来目指すべき企業の姿だと思うのです。
大見:儲けなくてもいい、と思いながらも、後ろではそろばんを弾いています(笑)。移動販売車の利用者のうち、半数の方はATMを利用します。すると、お金をおろせるためか1人当たり売上は1.3倍になりました。狙ったわけではありませんが、相乗効果によって収支が最終的にトントンであればいいのです。
―― でも、多くの企業にはできません。
大見:一般企業は、決算内容が悪ければ株主やアナリストから糾弾されますが、我々の出資者は地域に住んでいる人々で、彼らが幸せになることが第一義。この組織の利益が再生産につながり、持続可能性を担保できていれば批判はありません。とても恵まれていると思います。
地域循環型を実践する今日的モデル
――一般企業の株主的な存在が組合員ということですよね。
大見:受益者が株主であり、サービスを受ける人たちの意思が反映されて、それが地域にも利益として還元されます。生協は、消費生活協同組合法(1948年制定)によって、地域(都道府県)の外で事業をすることができませんから、儲かると他地域や海外に進出するという一般企業のようなビジネスモデルにはなり得ない。利益が出たら地域に必ず還元するから、お客さまたちが応援してくれます。
―― 拡大を志向しない、地域循環型という意味で、コープという協同組合の形は非常に今日的だと思います。
大見:今、サブスクとクラウドファンディングが注目されていますよね。コープは組織の成り立ちがクラウドファンディングで、運営と運用はサブスクなんです。組合員になって出資して、満足すればさらに出資してくれる。
―― 起源はどこにあるのですか。
大見:1844年の英国マンチェスター郊外のロッチデールです。産業革命が起こって30年ほど経過し、大規模繊維産業が発達した頃でした。労働者階級は社宅に住み、日用必需品は工場の売店の粗悪なものしか買えなかった。少なくとも自分らが食べるものくらいは自分らで調達しようと、1ポンドずつ出資したのが出発点でした。労働者が資本家から一方的に搾取される環境を変えるために労働組合が組成され、生活を支えるものとして生活協同組合ができたのです。資本主義が抱える矛盾点や問題点の解決を迫ろうと、自立的に始まったのがコープです。
――成り立ちから食の質へのこだわりがあり、既にポスト資本主義だったということですね。
出資者は地域に住んでいる人々で、彼らが幸せになることが第一義
規制がないイノベーティブな事業への投資は成長戦略として正しい
―― 企業では利益が出にくい事業でもコープさっぽろは利益を出していますよね。たとえばリサイクルが事業として成立しています。
大見:リサイクル事業の経常利益は56%です。リサイクルは市町村が権益を持つ事業で、北海道の179市町村が縦割りで資源回収業者や塵芥業者に依頼しています。当然ムダがあり、運搬と改修のための人件費が6割もかかっていました。我々は179市町村に対して1つの組織で、各市町村の店舗とそこを結ぶ物流網を持っている。それを利用すればかなり低コストで実現できるのでは、と試したら本当にそうでした。
――その利益を、組合員の子育て事業として還元しているのがユニークです。
大見:地域の子育て支援として何かできないかと考えた結果、リサイクル事業の収益で基金を作りました。お子さんのいる家庭に絵本を届ける「えほんがトドック」や、おむつやベビー服など子育てで最初に必要なものを届けるファーストチャイルドボックスを展開しています。
―― 今後人口減少が進み、行政の財政が厳しくなるなかで、行政サービスではできなくなってきていることを、コープが代替していると感じます。給食が出せない地域の学校にランチを届けるスクールランチ事業も、コープのリソースを使うことで事業化できたのですね。
大見:学校給食法に則ると文部科学省の指導に基づいて施設を作らなければならず、職員は公務員である必要がある。そのために財政的に厳しい町では学校給食を提供できていませんでした。最初に様似町で導入したのを機に、現在給食事業を手がけている自治体からも要請がきています。
北海道にある学校給食施設の35%は既に築30年以上で、建て替えができずに存続が危ぶまれるところも少なくありません。給食法には食材は基本的に市町村内から調達する、当日の朝しか作ってはならない、など多くのルールが定められています。前者は一見、地産地消で良いことのように見えて、競争原理が働かず原材料の高騰を招くし、後者は冷蔵設備の整った今では過剰品質です。スクールランチ事業では、生協の食材を使い、宅配した帰りの空いたトラックで運ぶなどしてコストダウンを図っています。
実はリサイクル事業は当初、道庁は認めてくれませんでした。市町村に権益があるからです。道庁は179市町村のうちの上位30の承諾を求めてきました。そこで、3カ月かけて30市町村を説得して、ようやく実現しました。行政の縦割り構造と権益をどう壊して横でつながるのか。こうした壁を越えていく方法を常に探っています。
――日本社会で新しいことに挑戦しようとすると法制度の硬直性が壁になることが多いですが、なぜ大見さんはそれを突破できるんですか。
大見:法律とは概ね規制法なんです。規制するために後追いで法律ができます。つまり新しい未来をつくる、イノベーティブな事業に対しては法律がない。法律が想定していないことを手がけるほうがやりたいことができるし、成長戦略としても正しい。
――なぜ次々と新しいことを思いつくんですか。
大見:生協法という制約があるからです。制約条件のなかでの成長を試行錯誤していると、誰もやったことのない突破口に気づくものです。
コープは資本主義の矛盾点や問題点の解決のために始まった
市場の冷徹な原理が働かないことに甘えずガバナンスを利かせる
―― 経営改革も進めていらっしゃいます。
大見:私たちは一度、経営破綻を経験しています。もし、コープさっぽろが株式会社だったらそのときに見捨てられているはずです。でも、組合員の出資で成り立っているので、いい時期も悪い時期も事業が良くなるように応援してくれます。そこに甘えてはならず、ガバナンスを利かせなければなりません。私が2007年に理事長になってからは、理事会には経営の専門家を必ず数人入れ、外部の目がきちんと機能するようにしています。現在は早稲田大学の入山章栄先生などに入っていただいています。実際に理事会で提案が否決されそうになったときには、再検討するべく引き下げます。
―― 顧客データの活用など最新テクノロジーの導入にも積極的で、元メルカリCIOの長谷川秀樹さんをCIOとして招聘されました。なぜ、彼らのような“大物”が来てくれると思いますか。
大見:私は2002年、日本ではじめてPOSデータを組織内外誰でも見られるように開示したんです。そのとき長谷川さんはコンサルティング会社で大手スーパーを担当しており、「大胆な経営者がいる」と驚いていたそうです。お誘いしたとき、「ああ、あのときの」と思ってもらったようです。
―― 面白いことができると期待されたのでしょうね。一方、彼らの処遇はコープさっぽろの基準では難しくないでしょうか。
大見:国家公務員上級職程度の私の給与より高く処遇しています(笑)。長谷川さんが来てからのDXの進み具合はすごい。全体を俯瞰できる人が1人入ると、組織の次元が変わる。だから、高い処遇に誰も文句は言いません。
――DXによって最大化した利益を組合員に還元しているからこそ、高い報酬でも納得感が得られるのですね。
行政の縦割り構造と権益を壊して横でつながる方法を常に探っている
Text =入倉由理子 Photo=石田理恵