ローカルから始まる。
博報堂 テーマビジネスデザイン局 局長補佐 畠山洋平
富山県最北に位置し、高齢化率が45%にも及ぶ朝日町。町長自らが「社会課題先進エリア」と呼ぶこの町で、新しい公共交通「ノッカルあさひまち」の運営に乗り出したのは、東京の大手企業・博報堂に勤務する畠山洋平氏だ。なぜ手を挙げたのか。どんな社会課題に向き合っているのか。畠山氏が見据える地域と日本の未来のありようとは──。
(聞き手=浜田敬子/本誌編集長)
―――まず、「ノッカルあさひまち」について教えてください。
畠山洋平氏(以下、畠山):博報堂と朝日町が官民共創で社会実装した、新しい公共交通です。朝日町では人口減少に加え高齢化も進んでいます。公共交通はバス3台、タクシーは9台。住民の移動のほとんどはマイカーで、登録台数は8000台に上ります。この8000台の車を地域資産として、住民がドライバーを務め、地元の交通業者が運行を管理するサービスです。
具体的には、ドライバーに登録した住民がマイカーで「ついで送迎」する仕組み。ドライバーは自分のLINEアプリに予定を登録し、利用者はそれを見てLINEか電話で予約する。この仕組みを核に、最終的にはDXによるコミュニティ再生をしたいと考えています。
地方の移動問題は顧客の課題であり私自身、そして社会全体の課題
住民から聞こえてきたコミュニティが壊れていくという真の課題
――― なぜ博報堂が地域課題、なかでも地域交通に取り組むようになったんですか。
畠山:博報堂のフィロソフィは「生活者発想」と「パートナー主義」。クライアントに対して、彼らの製品やサービスが「生活者の何を豊かにするんだろう」と考え続けてきました。我々博報堂の根本であるこのフィロソフィーはこれからも変わらないと思っています。
一方、未来が不透明で解のない時代にこれだけでいいはずがありません。博報堂は2019年に「正解より別解」というメッセージを打ち出しました。論理的、常識的に考えてたどり着く正解だけでは突破できない局面で、想像を超え、前例のない解を提示する。目の前の仕事に対しても「自ら何を社会に価値づけられるか」まで掘り下げて考え、取り組むことで、より大きな価値提供を目指そうとしたのです。
当時、私は自動車メーカー担当の営業部長。製品ラインナップには軽自動車があり、その顧客になるのは、主に地方の生活者たちです。地方の生活者の移動が自動車メーカーの課題だと設定し、私たちが主体となって生活者発想で解を見つけようと考えたのがスタートでした。
もう1つは私の個人的な理由です。2018年に父を亡くし、遠方に住む母の移動という生活課題に直面しました。地方の生活者の移動は顧客の課題でもあり、私個人の課題でもある。もう少し引いてみると、大きな社会全体の課題であることが見えてきました。
――― 畠山さんは営業畑が長かったので、実際の生活者との対峙で新たな課題に気付いたのでは。ただ、地域の課題解決のためには自社のリソースを地域に当てはめるのではなく、競合のリソースすら使う必要がありますよね。
畠山:それまでも自動車メーカーだけを見ていたわけではなく、車を使う個人や、その集合体である市場全体を行ったり来たりして仕事をしてきました。今やっていることは、広告事業のやり方を真新しく変えたというよりも、培ってきたことをピボットしてきたイメージです。
――― 最初から今のようなモデルをすぐに思いつかれたんですか。
畠山:最初は、新幹線の「黒部宇奈月温泉駅」から朝日町にやってくる観光客やビジネス客の交通手段を検討しましたが、観光客やビジネス客が、地域を回遊してお金を落とす仕組みがないので、この案は諦めました。
ところが地域の病院やスーパーの前などで住民の方々の話を聞くと、外から来る人の移動より、地域のコミュニティが壊れていくことへの課題感をより強く感じました。昔から「お互いさま」「助け合い」によって支え合ってきた社会が成立しにくくなっていると。生活者と向き合ったとき、本当に生活者を豊かにするために何ができるのか。責任主体としての意識の芽生えが、ピボットを促したのかもしれません。
日本の公共サービス全体を低コストと持続性が両立する形に
――― 「生活者発想」を謳う博報堂らしいと感じたのは、移動の課題の本質を分析できていること。かなり高度なテクノロジーを裏側では動かしつつ、予約はLINEと入口のハードルを非常に低くしている。さらに、高齢者が電話で予約できるようにアナログも残していますよね。
畠山:地域に入ってわかったことをもう1つ加えるならば、自治体財政の深刻さです。お金をかければいいサービスができても、それでは日本は持たない。人口が減り、税収が減り、財源が減るとサービスの提供が続けられないという負のスパイラルに入ります。サービスレベルを上げながら、できるだけお金を使わず、誰にとっても使い勝手のいい生活のインフラをいかに作るか。
私たちは日本の公共サービス全体を未来に続く形にしたい。コストダウンと持続性を両立させるならば、交通手段だけではなくさまざまなサービスのデジタル化は必須です。ノッカルだけでなく、今は朝日町のなかで決済や教育などのサービスの多様化に取り組んでいます。
――― 実際、どんなサービスが動いていますか。ノッカルの次が、放課後学習の「みんまなび」ですね。交通とは距離がある領域に思えます。
畠山:スクールバスという資産をどう使うかを検討していたときに、子どもたちの生活に疑問を持ちました。学校と家を往復するだけ。各家庭は距離があり、友だちと遊ぶことはなく、帰宅後は1人でゲーム。自然環境を生かした遊びや文化を体験する機会もなかった。そこで、地域の事業者や住民の方々に講師としてコンテンツを提供してもらい、放課後に「みんまなび教室」を実施しているんです。
――― 住民ポイント制度「ポHUNT」はどんなサービスですか。
畠山:これは町から受け取った情報や視聴したコンテンツ、移動で使った交通、移動先の施設などでポイントを貯める、LINEミニアプリを使った実証実験サービスです。ポイントを貯めると、朝日町にちなんだ商品が当たる抽選券がもらえるのですが、大切なのは楽しい、やりたいという気持ちで行動してもらうことです。
――― 高齢者がデジタルを使えるようにもなりますね。
畠山:最終的には、マイナンバーカードにすべてのサービスを統合したい。2024年1月からマイナンバーカードを活用した公共サービスパス「LoCoPi( ロコピ)あさひまち」を始めました。公共交通・公共施設の利用や子ども・高齢者の見守りサービス、地域ポイントの獲得・利用などができます。朝日町のマイナンバーカード交付率は8割を超えます。この資産を生かさない手はありません。新たなカードやアプリを作るよりもずっと低コストでできますから。
腰を据えて取り組もう 会社の理解と自分たちの覚悟が一致
――― そもそもなぜ、朝日町だったのですか。
畠山:2019年に地域交通に取り組もうとした当初、多くの市町村を訪れました。そのなかで朝日町は、2014年に日本創成会議で発表された通称「増田レポート」で、富山県で唯一消滅可能性都市と発表され、笹原靖直町長自ら「社会課題先進エリア」と表現するなど危機感の強さを感じました。町長の「課題は自分たちだけでは解決できない、日本全体を変えていかなければ」という考え方に共感したのが大きかったですね。
――― 町長の意欲が高くても、職員は大企業が入ってくることに警戒したのでは?「どうせ補助金を使い切ったら帰ってしまう」と。職員との体制をどう構築したんですか。
畠山:1つは、博報堂側が、1年2年というような短期で成果を出さなくてもいいと言ってくれていたこと。会社として腰を据えてやろうという理解と、私たちの覚悟がうまく一致していました。博報堂DYグループのグローバルパーパスは、「生活者、企業、社会。それぞれの内なる想いを解き放ち、時代をひらく力にする。Aspirations Unleashed」というものです。私たち社員も「自分自身のアスピレーション(内なる想い)は何だろうか?」と問いかけられます。個人のアスピレーションをもとにビジネスを中長期で組み立てていくことを前提に、短期・数字だけではない評価のものさしをどう作っていくかという議論も進みつつあります。
もう1つは、町と包括連携協定を結ばなかったこと。具体的な課題に応じた交通領域における連携協定、DX推進における連携協定などに絞って進めたのもよかったと思っています。
高齢化率が進んでいる町ほど、自分たちが生きている間に街が変わるとは思っていない。そんな危機感のないところで大きな絵だけを見せても、「何しに来たんだ、大企業」としか思われない。相手に高望みしても上から言ってもダメ。一方でへりくだる必要もない。「コミュニティに入りながら作戦」で、同じ目線の高さで考えて馴染むサービスを考えました。
――― 職員さんたちが信頼してくれるようになったと感じる変わり目はありましたか。
畠山:今でも全員が私たちの活動を素晴らしいと思っているわけではないと思います。彼らの仕事は確実に増えていますから(笑)。それでも危機感を強く持つ職員もいて、それが「みんなで未来!課」につながっていきました。
DX推進の課を作りたい、という話から始まったのですが、DXはあくまで手段。手段を目的とする課を作っても仕方がない。じゃあ何を目的にするのかと議論して、「みんなで未来を作っていこう」という目標を定めました。危機感の強い職員が異動したら終わり、ということを避けるために、持続的な仕組みとしてのチームは地域創生の重要な要素だと思います。
── つらかったことはありますか。
畠山:私たちの部門とは関係のないところが発端となり、プロジェクトが頓挫しかねない難局を経験しました。正しいことをやってきたという自負があったけれど、自分たちの力ではどうにもならないことがあると実感しました。ただ、町の幹部も私たちと一緒に続ける方策を一生懸命考えてくださった。そこはぐっと来ましたね。
――― 地域創生のプレーヤーの多くはNPOです。博報堂のような大手企業が社員も含めアセットをここまで注ぎ込むケースは珍しい。大手だからこそできた、という実感はありますか。
畠山:確かに大企業は人や仕組みなどリソースに恵まれていると思います。1人でゼロから始めるよりも、「こんなことをしたい」と言えば社内に仲間がすぐにでき、専門家もいる。わらしべ長者のように輪が広がっていくんです。だから私は、博報堂を辞めないと決めています。
「個の時代」には、個人のアスピレーションは大事にすべきです。一方で、個を強く主張しすぎて対立しては何も生まれません。公園のように、公共や社会、地域はみんなのもの。そこに課題があるのであれば、その解決策をみんなで本気で考えていかなければなりません。そこに、リソースを持つ大企業こそ入っていったほうがいいと思っています。
「コミュニティに入りながら作戦」同じ目線の高さで考える
Text=入倉由理子 Photo=今村拓馬
Profile
畠山氏だけでなく、担当の博報堂社員たちは週2回、東京から朝日町に通う。畠山氏は朝日町に家も購入した。
「家を買ったことで、『こいつは本気だ』と町の人たちが思ってくれ、より理解してくれるようになったと感じます」