ローカルから始まる。

SHONAI 代表取締役 山中大介

2025年02月13日

近くを通る高速道路も新幹線の駅もない。空路は1日5便。田園地帯の広がる庄内平野の真ん中に立つホテル「スイデンテラス」には年間7 万人が訪れる。
その仕掛け人、山中大介氏は大企業を退社し、経験も地縁もないところからホテル事業を立ち上げた。会社設立から10年。現在では、観光だけでなく、人材、農業、教育という4つの領域に事業が広がる。山中氏が描くこれからの10年の戦略を聞く。
(聞き手=浜田敬子/本誌編集長)


── 現在の4つの事業についてまずは教えてください。

山中大介氏(以下、山中):僕は地方の生存戦略を外貨の獲得と次世代への投資の両輪だと捉えています。前者は「観光」「農業」「人材」の3領域で、農業に関しては有機農業や農業ロボット事業を行う「NEWGREEN(ニューグリーン)」、ホテル事業を核とした観光事業の「LOCAL RESORTS(ローカルリゾート)」、人材マッチングを行う「XLOCA L(クロスローカル)」という事業会社を立ち上げました。後者がより長期的な投資の教育事業です。子どもの学童、大人向けの政経塾などに取り組み、本社機能でもあるSHONAIを中心にグループ化しています。

── どのように今の形に進化したんですか。SHONAIの面白さは、事業のポートフォリオにありますよね。

山中:2014年の会社設立後の10年は、ポートフォリオによるシナジーを明確に意識してきたわけではありません。
観光、農業、人材、教育という4領域は、会社を強くするのと同時に、庄内地域の困りごとをなんとかしようと全力でもがいてきた結果です。たとえば、スイデンテラスで提供するのは基本的に有機農産物。我々が有機米・野菜の販売を手掛け、農家の有機農業への転換を支援することで、我々も毎日滞りなく提供でき、地域の農家の収益アップにも貢献できています。
ただ、現在は次の10年を見据えて4領域のシナジーを真剣に考えています。

── どんな風に?
山中:我々の会社を「庄内という場所で事業ができている。それが価値」だと評価してくれた人がいました。庄内は市場規模が小さく、少子高齢化が進み、交通インフラも整備されていません。厳しい条件の庄内でできることは他の場所でもできる。次の10年は、全国の地域への事業展開だと気づいたんです。
同時に、それは僕だけでは実現できないことも自覚していました。そこで、事業ごとに会社を設立し、各事業会社にはCOOを立てることによって全体を飛躍的に成長させられると考えました。LOCAL RESORTSのCOOには複数のラグジュアリーホテルで総支配人として活躍してきた中弥生さん、XLOCALのCOOにはNewsPicksというメディアを立ち上げ、社長も務めた坂本大典さんと、とても力強いパートナーを得ることができています。
1つのホテルだけを運営する地域に閉じた会社に優秀な人材は来てくれません。入ってくれた人がこの会社でより成長したいと思い続けられるように、僕はSHONAIのCEOとして会社の未来を語らなければいけないのです。

厳しい条件の庄内という場所で事業ができている。それが我々の価値

KIDS DOME SORAI。全天候型の児童教育施設の外観。Photo =伊藤 圭

自分本位のマーケティングこそ勝ち筋を成立させる戦略

── 全国展開ということは、地域課題はどこも似ていると気づいたんですね。

山中:前職の不動産会社時代に、全国で商業施設の開発をしていたときから気づいていましたが、会社設立後、それはより鮮明になりました。

── 田んぼを観光資源と見立てたように、どこの地域でも掘り起こせば観光資源はあると?

山中:そう思います。地域のブランディング、マーケティング戦略次第で勝ち筋はあります。勝ち筋が成立しない理由は2つ。1つはそもそもニーズがないこと。でも、実際には「ニーズ」の捉え方が間違っているんです。「こういう市場があるからこういう商品を作る」という市場本位のマーケティング戦略では、「リサーチした結果、市場はない」という結論になりがちです。
我々がやっているのは、自分本位のマーケティングです。ただ、「自分」とは39歳の山中大介ではなく、僕が女性だったら、子どもだったらと、自分自身をいろんな人に憑依させ、欲しいと思うものを大切にします。この考え方を前提とすると「市場がない」は成立しません。「自分」という人は絶対にそれが欲しいのだから、80億分の1の市場はある。そして、それはたいてい80億分の1ではないんです。
市場はあるのに、なぜうまくいかないのか。ビジネスモデルの作り方、ブランディングの方法、事業推進体制の作り方など、戦略が間違っているから。それが成立しない理由の2つ目です。

── 前職の大企業で担当していた商業施設の開発事業では数十万の都市圏でないと難しかったんですよね。

山中:多くの大手企業はまず、市場のボリュームを重視します。でも世の人々はそこから生まれるものに飽き飽きしています。ニッチかつ特異であればあるほど面白いと思ってくれる。顧客アンケートでは絶対に浮かび上がってこない。ほとんどの人は、自分が本当に欲しいものを知らないんです。

アイガモロボの様子雑草が育ちにくい環境を作り、除草剤に過度に頼らない稲作に貢献する「アイガモロボ」。太陽光パネルで発電して自走できる。2025年3月に販売を開始する新型機は、低価格化、低重量化を実現し、中山間地域の狭い水田でも使いやすいものとなった。
Photo =SHONAI 提供

地域の唯一性はソフトにある。それを生み出すのは人々の熱量

── スイデンテラスブランドでリゾートの全国展開、ホテル・旅館の再生事業に取り組むとのこと。それぞれの地域の魅力をどう引き出していきますか。

山中:インフラが整備されている、知名度がある、近隣に都市圏があるなどは一切無視(笑)。ホテルのハードは、不動産業の投資効率から部屋の数や広さ、配置などが決まり、差異化は限定されます。その地域ならではの唯一性はソフトです。それを生み出すのは地域の人々、特に首長のコミットメントなんです。だからこそ、僕らは地域の人々が持つ熱量を大切にしています。
ソフトのなかでも重要なのは「食」。とにかくうまい水とうまい米があることを最も重視しています。面白いことに、声をかけていただくのは、皆、水と米に自信を持っている地域なんです。

── 美味しい水と米はあっても、どうしたらいいかわからなかった。それを観光と掛け合わせるという戦略ですよね。山中さんもホテル、農業は未経験。戦略をどのように立て、どう研ぎ澄ましたのですか。

山中:やっているうちに勘所がわかってきたというのが正直なところです。戦略の基本は、“Do more with less”。最小限のエネルギーで最大限の効率をいかに生むか。従業員が120%パワーを出してやっと稼げるモデルは長続きしません。従業員が70%しか力を出さなくても仕組みと仕掛けで儲けられる事業を作るのが戦略の理想形です。それが実践できれば、従業員もハッピーだし、余力を新しいことに使ってさらなる成長につながります。

仕事とは本来クリエイティブなもの 「仕事」は地域にこそ作り出せる

── 地域では特に女性が都市部に流出、人手不足と少子化が課題です。

山中:仕事とは本来、何かを生み出すクリエイティブなものです。ところが地方では、大手企業が人件費削減のために工場やコールセンターを作り、上層部は本社から派遣される。地方の人材に任されるのは言われた通りにやる「作業」がほとんどで、本来の「仕事」が少ない。「作業」には優秀な人材は集まらないし、優秀な人材が来てもその人の能力を無駄遣いしています。

── クリエイティブな「仕事」は、どんな地域・企業でも作れますか。

山中:これから、都市部以上に成長の可能性があるのは地域です。国内経済が縮小するなかで、世界とどうつながるか。歴史、自然、文化、食や農業、工芸や芸術など、世界が求めるクールジャパンは地方にあり、自前で越境の戦略、世界を目指す戦略を取れば、付加価値の高いクリエイティブな仕事が生まれます。ただ、地方の経営者は、世界とつながろうとするとき中央官庁や商社に頼りがち。これが問題です。地域には高卒人材も含めて能力の高い人がたくさんいます。彼らが仕事とは「創造すること」だと気づいた瞬間に、めちゃくちゃ伸びます。

── 気づいてもらうにはどうしますか。

山中:任せて、意思決定をとにかく尊重すること。多少誰かが失敗しても潰れない状態を作っておくことこそが経営者の仕事だと割り切っています。

── 一方で、都市部の人を、複業マネジメント人材として地域に送り込むXLOCALの「チイキズカン」という事業も始められました。

山中:組織は上から変わっていきます。いくら従業員が優秀でもスピーディな変革は難しい。もともとはアルバイトや社員も含めた人材マッチングサイトだったものを、経営陣に特化しようと決めたのはそういう理由です。

── 地方の企業で経営に携わってみたいという人は多いですか。

山中:います。求職者登録は2024年11月時点で約7800人。どんどん伸びています。掲載企業は約110社で、超買い手市場。複業を解禁する会社が増えている一方で、情報漏洩への懸念から複業人材を受け入れる企業は少なく、複業の権利を持て余している人がほとんど、というのが現状です。

── 大企業側も、自社の社員に副業で地方を知ってほしいと考えますよね。

山中:登録者の7割くらいは大企業の社員。残りの多くは、都内のベンチャーの経営陣です。一定以上会社が成長して余力のある人が、故郷や自身が好きな地域で働くというのは、社会貢献だけでなく本人のクオリティ・オブ・ライフを実現する手段です。すごいキャリアの人々が、どんどんマッチングされています。

── 人材関連では、地方の政治にもっと若者や女性を、と「SHONAI 政経塾」を立ち上げましたよね。株式会社としては珍しいと思いました。

山中:教育事業は、私たちの活動の柱の1つです。観光や農業、人材育成は短期・中期的に地域経済に貢献する一方、教育は未来を創るための長期的な投資です。収益を生み出すだけでなく、「教育に投資し続ける企業」としてのブランドイメージを築く役割も果たしています。「地方から人づくりをする」という理念は、私たちのブランディングの基盤です。地域の行政、企業、農家と共に未来を描く際、この視点は欠かせません。この理念が多くの方々に共感を広げ、共に未来を創るきっかけになると確信しています。

我々は「KIDS DOME SORAI」を核に、学童保育やフリースクールなどを提供しています。一方、政経塾は大人向けの教育です。目的は、地域に希望を持てる街づくりを実現するために、未来を共創する、真に必要な事業や政策を提言し実行する市民リーダーを輩出すること。ソライで育った子どもたちが庄内の内外で活躍し、イノベーティブな事業を地方から生んでくれる。既得権益を持つ職業政治家ではなく、しっかりと政策提案できるような、学びやチャレンジを続ける政治家を増やす。それが我々はもちろん、地域全体にとって中長期的な成長ストーリーを描く礎になると信じています。

地域に希望をもたらす真の市民リーダーを輩出したい

KIDS DOME SORAI。アソビバの様子。KIDS DOME SORAI は、全天候型の児童教育施設だ。建物を設計したのは、プリツカー賞を受賞するなど、国内外で活躍する建築家の坂茂氏。オリジナル遊具が設置された「アソビバ」、約1000 種類の素材と200種類の道具が揃う「ツクルバ」、約800冊の本が楽しめるライブラリで構成される。
Photo =伊藤 圭

Text=入倉由理子 

山中大介氏の写真

Profile
営業で「SHONAIの◯◯です」と言ったときに、一から説明しなければいけないか、それとも「あのSHONAIさんですね」と言ってもらえるかで労力は大きく変わる。「“Do more with less”の実現のためにファンを作ることも、経営の大事な役割」だと山中氏は話す。

2008年 三井不動産に入社。商業施設開発に携わる
2014年 ヤマガタデザイン設立、代表取締役に就任
2018年  「スイデンテラス」「 KIDS DOME SORAI」開業
2019年 農業生産法人、農業用ロボ開発法人設立
2020年 SORAI 放課後児童クラブ開所
2023年  「チイキズカン」サービス開始
2024年 SHONA Iに社名変更

Photo =伊藤 圭