人事が知っておくべき人体の秘密
なぜ、外国人の顔は見分けにくいのか
英語の「L」と「R」の音の違いが聴き取れない。多かれ少なかれ、日本人が持つ悩みだが、残念なことに生後1年で聴き分けられるかどうかが決まってしまうという。周囲に日本語を話す人が多ければ、日本語に適した耳になり、微細な音まで聴き分けられるようになる。これは他言語でも同様だ。逆に、生後1年までによく聴いた言語以外の言葉の聴き取りは難しくなる。
さて、今号のテーマは、言語ではなく「顔」である。実は「顔」を見分ける能力も、言語の聴き取りと同様に生後1年までに決まる。「これを人種効果と呼びます」と説明するのは、顔と表情の研究の第一人者である中央大学教授・山口真美氏だ。映画で外国人の登場人物が見分けられず混乱する、といったことは、この人種効果によるものだ。「日本人であれば、基本的に日本人の顔をたくさん見て育ちます。それをもとに、日本人を基準にした顔認識空間が脳内につくられるのです(図参照)。顔認識空間の中心には日本人の顔が密集し、その外側にはあまり接点のない白人や黒人の顔が分布する。中心に近ければ近いほど、きめ細かく顔を認識し、分類することが可能になります」(山口氏)
人はたとえ粗い画像の写真でも、見知った人の顔であれば認識できる。赤ちゃんのときは、顔認識モデルができあがっていないので、目と口のおよその位置しか認識していない。そんな状態から、日本で生まれたならば日本人のなかで、というように、同じ人種の似たような顔のなかで顔を見る訓練が反復されるからこそ、数百という人の顔を見分けられるようになる。「人種効果によって識別可能な範囲は狭まりますが、見極める精度は高くなる」(山口氏)という。それは、同じ人種のそれほど差がない人々のなかで生きていくために獲得した"知恵"なのだ。
目を見る日本人
顔全体を見る欧米人
同様に、赤ちゃんのうちに表情の認識の仕方も学ぶ。表情の認識の仕方は、実はアジア人と欧米人では異なるという。「欧米人は人の表情を認識するとき、顔全体を見ますが、日本人を含めアジア人が注目するのは目だけ。私たち日本人から見れば欧米人の表情がとても大げさに見えるのも、欧米人が日本人のコミュニケーションがわかりにくいのも、それが影響しているのです」(山口氏)。日本人同士では、無意識のうちにお互いの仔細な感情を目のみから感じ取り、コミュニケーションを取っている。これが欧米人にとっては、「何を考えているかわからない」ということになる。
そもそも「顔で感情を豊かに表現するのは、一部の霊長類を除いて人だけ」(山口氏)だ。特に、敏感に反応するのは「怒り」と「微笑み」。「怒り、つまり敵意の表情がそこにあるということは身の危険にさらされている可能性があるということなので、早く対策を取らねばなりません」(山口氏)
一方、微笑み。「微笑みの表情は、相手に"私を攻撃しないで"という感情を伝えているのです。つまり、"Welcome"の証しであり、微笑んだ顔を素早く見分ける能力は、身を守る安全な場所を探し出すために育まれたと考えられています」(山口氏)
"生身"の顔が発するメッセージを読み取れ
「顔は体毛や洋服で包まれていない"生身"の部分。自分が誰であるかを相手に認識させ、今、どんな感情を抱いているのかを示すメッセージを常に発し続けています」(山口氏)。相手が誰であるのか。その相手は今、どんな感情を持っているのか。私たちは、無意識のうちにそれを感じながらコミュニケーションを取っている。グローバルな環境のなかで仕事をするとき、顔や表情の認識に差があれば、行き違いの原因になる可能性は十分にある。重要なことは、「まずは違いがあるということを知っておくこと」(山口氏)だ。人種、国籍を超えて、組織の人のすべての活躍を支援する人事こそ、人の顔が発するメッセージに敏感であるべきだろう。
Text=入倉由理子 Photo=平山諭 Illustration=寺嶋智教
山口真美氏
中央大学文学部心理学研究室教授。
Yamaguchi K Masami 乳児の顔認識の発達について、ユニークな手法で研究を続ける。日本顔学会理事。日本赤ちゃん学会事務局長。著書に『美人は得をするか「顔」学入門』(集英社新書)『顔を忘れるフツーの人、瞬時に覚える一流の人「読顔術」で心を見抜く』(中公新書ラクレ)などがある。