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第2回 「売り手独占」の双子、「買い手独占」 労働市場をめぐる欧米の競争当局の最新動向

2024年08月23日

イベントの様子スロバキア共和国・反独占局のイベントにて競争法関係者向けにプレゼンテーションを行う筆者。
Photo= 荒木氏提供

「独占」には売り手独占のモノポリー(Monopoly)と買い手独占のモノプソニー(Monopsony)の2種類がある。独占的地位を利用して価格を吊り上げるモノポリーは有名だが、最近アメリカを筆頭に欧米の競争当局(日本では公正取引委員会が該当)が労働市場のモノプソニーに対し規制を強めている。

生産市場のモノプソニーについては、既に日本のみならず多くの先進国の競争当局が規制している。たとえば、日本の下請法は親事業者が下請事業者に対し値引きを強制することを禁じている。これは発注者たる親事業者が、受注者たる下請事業者から中間財を仕入れる際にその優先的地位を悪用しないようにするためだ。

では、労働市場のモノプソニーにも欧米の競争当局が目を光らせるようになったのはなぜか。それは、労働力という中間財を仕入れる事業者(買い手)が、それを提供する労働者(売り手)に対して優先的地位を利用しがちで、是正には行政の介入が必要との見解が優勢になっているからだ。

そもそも労働市場が「完全」なら、事業者は従業員をライバルに奪われることを恐れて一銭たりとも相場より安い賃金をオファーできない。ただ現実には職探しや引っ越しの手間、家庭の事情などで労働者は即座に転職できないため、多少冷遇されても忍従することが多い。このように現実の労働市場では労働移動が緩やかであるため、労働者個人の待遇は抑制され、イノベーションも阻害され、経済全体の総生産量も落ち込む。税務データなど質の高い行政データが研究者向けに公開されている欧米では、こうしたエビデンスが長年蓄積されており、労働市場に競争当局が注目する流れを後押ししている。

現状では、事業者同士で従業員の給与体系をすり合わせる賃金操作(wage-fixing)、お互いの従業員から引き抜きしないことを取り決める引き抜き禁止(non-poaching)行為はカルテルと同一視され、アメリカ、カナダ、一部の欧州の国々で既に原則禁止されている。他方、雇用者・労働者間の取り決めは労働法との棲み分けもあり欧米でも扱いに濃淡があるが、2024年4月にアメリカの連邦取引委員会(FTC)が事業者に対して従業員が競合他社に転職する際に一定期間を設ける競業避止(non-compete)を原則禁止し、大きな話題になった。今後も欧米では規制が強化されていく公算が高い。

*掲載内容は個人の見解によるものです。

Text=荒木 恵

プロフィール

荒木 恵氏

Araki Satoshi
経済協力開発機構(OECD)にて労働政策・公衆衛生政策を担当するエコノミスト。パリ在住。一橋大学法学部卒業、ジュネーブ国際開発研究大学院(IHEID)国際経済学修士号取得。外資系投資銀行などを経て現職。

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