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第4回 日本の解雇規制は厳しいのか? 規制緩和で雇用の流動性は高まらない
9月の自民党の総裁選で、一部の候補者が見直しを唱えたことで解雇規制がにわかに脚光を浴びた。日本では解雇が困難で、労働移動を促すため規制緩和すべきと訴える声は少なくない。
しかし、日本の解雇規制は正規・非正規を問わず先進各国よりも特段厳しいとはいえない。OECDでは雇用保護に係る法令(EmploymentProtection Legislation、EPL)を国際比較している。点数が高ければ高いほど労働者に対する保護が強いことを表す指標だが、2019年時点で日本のEPLの厳格さはOECD平均以下だった(上図参照)。正社員の場合、①手続きの煩雑さ、②解雇通知期間・和解金の水準、③不当解雇規制の厳格さ、④法令の執行状況、の4項目で解雇の難易度を測定している。日本は解雇無効の出訴期間が1年を超えても有効であるために④の点数が高かったが、①②が低かった。
たとえば、解雇規制が日本より厳格とされたフランスでは解雇予定者に対して書面で通知し、第三者を交えて事前相談する。労使で調整不可能になると、内容証明郵便で解雇通知を出した時点で解雇のカウントダウンが始まる。また、解雇が成立するまでの給与に加え、(労働法にならった算定式を利用する場合)勤続期間が長くなればなるほど高額になる解雇手当の支払いも必要になる。対して日本では30日以上前に予告通告して解雇する、もしくは30日以上の賃金を払って予告通告なしに即時解雇が可能だ。この「手軽さ」により①②の点数が下がり総合点数を押し下げた。
非正規雇用のEPLでは、日本は37カ国中31位の点数で、同じく「緩い」という評価だった。非正規の場合は、そもそも有期雇用契約であることが多く、解雇要件のみならず有期雇用契約の成立条件の「緩さ」が評価に影響する。有期契約の期間制限が日本では5年と長く、契約更新回数の上限設定がなかったため(注:2024年4月以降通算契約期間または更新回数の上限の有無と内容の明示が義務化された)で、フランス(4位)やドイツ(16位)との差が開いた。
しかし、厳しかろうと緩かろうと、解雇規制が労働移動にそもそもどれほど結び付いているのかは実は不透明である。現に、フランスの離職率は少なくともここ5年間日本よりも高い。イタリアは2015年に法改正で解雇手当の給付水準を下げたが、中小企業を中心に解雇件数はほとんど増えなかった。逆説的だが解雇規制が実体経済に与える影響は限定的なのだ。雇用の流動化のために解雇規制を頼るのはお門違いだろう。
*掲載内容は個人の見解によるものです。
Text=荒木 恵
プロフィール
荒木 恵氏
経済協力開発機構(OECD)にて労働政策・公衆衛生政策を担当するエコノミスト。パリ在住。一橋大学法学部卒業、ジュネーブ国際開発研究大学院(IHEID)国際経済学修士号取得。外資系投資銀行などを経て現職。
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