Global View From USA
第3回 出社要請に抵抗する社員たち 売り手市場で続く働く側の主導権
米保険大手ファーマーズ・グループは2022年、約2万人の従業員の大部分に在宅勤務を認めた。そのため、勤務地の近くを離れ、他州に引っ越す人までいたが、ラウル・バルガスCEOは2023年5月、週3日の出社を要求。従業員から強い反対の声が上がっていると、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が伝えている。
雇用主が出社を要求し、従業員が抵抗するという構図は、テスラやウォルト・ディズニー、アマゾン・ドット・コム、ニューヨーク市役所など全米各地で広がっている。
WSJには、「家を売って、孫たちにより近い場所に引っ越した。会社に嘘をつかれたことで、お金に関する大きな決断をしたことがとても悲しい」と話すファーマーズの従業員の声が紹介されている。WSJが入手した社内SNSには、2000件以上の投稿があり、ほとんどが怒りや悲しみを示す否定的な内容だった。労働組合の結成を求めるものや、会社を辞める準備があるという書き込みもあったという。
これに対しバルガス氏は、従業員間の「協力、創造性とイノベーション」が必要であり、出社を要求したとWSJにコメントしている。
ニューヨーク市のエリック・アダムズ市長も、市職員に週5日出勤を求めていた。市内のレストランなどスモールビジネスの売上が、在宅勤務の影響でコロナ前の水準に戻らないためだ。しかし、職員の猛烈な抗議に遭い、市長は6月から週2日の在宅勤務を認めると方針転換した。
従業員の出社が以前のように戻らないことを見込み、より小さなオフィスに引っ越す企業もある。グランドセントラル駅の近くにオープンしたものの、8割が空室という大型オフィスビルさえある。ある日系企業がインターンを募集したところ、「自宅勤務が条件」という応募者が半数以上を占めたという。ファーマーズも含め米企業にコロナ禍で入社した社員のなかには、自宅勤務を条件に契約した人も多い。米市民の間では今や在宅勤務や出社とのハイブリッド勤務で、仕事と生活、メンタルヘルスのバランスを取るのが当然となった。
雇用状況は売り手市場が続いている。かつてのような出社を求めても、社員の勤務形態に関する観念を変えるのは困難だ。ビジネスパーソンに頼ってきたスモールビジネスの撤退など、ニューヨークは都市のあり方も変化を迫られている。
Text=津山恵子
プロフィール
津山恵子氏
ニューヨーク在住ジャーナリスト。元共同通信社記者・ニューヨーク特派員。著書に『現代アメリカ政治とメディア』(共著)など。海外からの平和活動を続けている長崎平和特派員。
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