人事は映画が教えてくれる

『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』に学ぶ“プロフェッショナル”の定義

2024年06月10日

w184_movie_title.jpgロサンゼルスのフレンチレストランで一流シェフとして腕を振るっていたカールは、オーナーとの衝突が原因で店を辞めることに。有名グルメ評論家ともトラブルを起こし、シェフとしての評判は地に落ちてしまう。次の就職先が見つからないなかで活路を見出したのが、キューバサンドのフードトラック。そんなシェフのキャリアの転機を描いた『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』から私たちが学べることとは何だろうか。

この映画の主人公カール(ジョン・ファヴロー)は腕利きのシェフ。調理シーンは活気に満ち溢れ、出てくる料理はどれもおいしそう。現場で完結する仕事の清々しさを感じるとともに、観ているだけでお腹がすいてくる魅力的な作品です。

カールは料理の腕は抜群ですが、人としては器用さに欠けるタイプです。どんなときも自分の感情をストレートに表現してしまうので、勤めていたフレンチレストランのオーナーとも真っ向からやり合ってしまいます。新しいメニューを出したいカールに対して、確実に儲かる定番メニューを求めるオーナー。互いに譲らず、勢いで店を辞めたカールは、同じ日、自分の料理を酷評したグルメ評論家に営業中の店内で食ってかかり、その映像はSNSを通じて全米に拡散大炎上。

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次の勤め先は当然のように見つかりません。しかし、偶然巡り合ったキューバサンドのおいしさに魅了され、元妻のすすめもあって、キューバサンドのフードトラックを始めることになります。そして、マイアミから、料理人としての原点であるニューオーリンズを経て、ロサンゼルスへと至る一夏のフードトラックの旅が始まります。道連れは元同僚のマーティンと元妻とともに暮らす息子パーシー。SNSで評判になったカールのフードトラックは行く先々で大盛況となります。

そんなカールの姿から私がまず感じたのは、「プロフェッショナル」というものの本質です。カールはフレンチを極めるなかで、恐らくジャンルを超えてあらゆる料理の根本にある“料理の理論”というべき知識の体系を体得していました。だから、畑違いのキューバサンドでも成功できたのです。

私がかつて野村総合研究所に勤めていた頃、物理学に精通したエンジニアの上司にこのような話を聞かされたことがあります。「井の中の蛙大海を知らず、されど宇宙を見る」。あくまで理論上の話ですが、地表から数千メートルを超える穴を真っ直ぐに掘れたとすると、底から見上げる空は昼でも夜空のように暗く、いくつか星が見えるのだそうです。散乱光はすべて壁にぶつかるため、まっすぐ上の宇宙にある星の光だけが穴の底まで届く。これは「専門性」の暗喩です。私たちは「専門性」を狭いものとしてとらえがちですが、実は1つのことを極めることは、同時に分野を超えて通用する知識やスキルを身につけることにもなる。これはいわば物事の真理ともいうべきものです。科学ともいえます。料理はまさしく科学ですが、同じことは他分野のビジネスにおいてもいえます。専門を極めたプロフェッショナルは、異なる分野でもその力を発揮することができるのです。

それにもかかわらず、中高年のスペシャリストが異なる分野で活躍する例は、それほど多くはありません。1つの専門分野でキャリアを積んできたからこそ、自分をその枠に閉じ込めてしまうからです。選択肢を自分で制限してチャンスを失ってしまう。カールも当初は「オレはフレンチのシェフだ」とこだわりを見せていました。しかし、自分の可能性を信じて枠を破ることで次の豊かなキャリアを作ることができたのです。

フードトラックで生き生きと働くカールは、自分の仕事の意味を認知したうえで、自分がより満足しやすいように仕事を再構成する「ジョブクラフティング」を実践していました。これも、豊かなキャリアを築くために大切なことです。しかし、私は、カールに、新規事業コンサルタントの石川明氏が言うところの「ディープスキル(人間心理や組織力学を踏まえた洞察力や行動力)」があれば、もとのフレンチレストランでも自分の好きな料理を作り、成功できたと思います。プロフェッショナルとしての力は十分にあるのですから。

そう考えると、カールは魅力的な人物であると同時に反面教師といえる面もありそうです。それもこの映画のおもしろさの1つです。

w184_movie_scene2.jpgカールは、パーシーに対して、父親として生き生きと働く自分の姿を間近で見せると同時に、フードトラックのスタッフとして一人前扱いする。その経験によってパーシーは一夏で大きく成長する。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授

Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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