人事は映画が教えてくれる

『Fukushima 50』に学ぶ危機下における組織間役割分担

2024年04月10日

w183_movie_title.jpg2011年3月11日に発生した東日本大震災で起きた福島第一原子力発電所事故。『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』はそのとき福島第一原発(イチエフ)の現場で、さらには、電力会社の本店、および政府で何が起きていたかを描いた映画だ。この未曽有の危機への対応と混乱から私たちは何を学び取ることができるのか。“危機下における意思決定”の観点から浮かび上がってきた問題点を論じていく。

『Fukushima 50』は、福島第一原発事故当時の現場、電力会社(劇中では東都電力)、政府の動きを描いています。ただし、この作品はあくまで事実に基づいたフィクションです。ここでは実在の人や組織を評価するのではなく、映画のなかで起きたことのみに基づいて論を進めていきます。

福島第一原発で起こったのは、津波による全電源喪失という歴史上初めての事態でした。“誰もやったことがないこと”に関してどう対処するかが問われる重大な局面です。

意思決定論の立場から、この危機下における現場、東都電力、政府それぞれの動きを俯瞰して見たとき、浮かび上がってくるポイントの1つは組織間役割分担の問題です。

関係する組織の階層を整理すると、まず現場は、伊崎当直長(佐藤浩市)の指揮で直接原発の制御を担当する中央制御室と、吉田所長(渡辺謙)が全体の指揮を執る免震重要棟の2つに分かれます。その上に東都電力本店があり、さらにその上に政府があるという4階層となっています。

平時なら、上の階層が意思決定し、現場がそれを遂行するという役割分担で問題ありません。しかし、刻一刻と状況が変化する緊急事態においては、現場に意思決定を任せる“有事の役割分担”に切り替えることが求められます。

吉田所長はこの切り替えの必要性を瞬時に理解し、中央制御室に任せるところは任せ、上の指示を仰ぐ前に手を打つというスタンスで動きました。しかし、本店や政府は平時型のトップダウンにこだわります。象徴的なのが、原子炉冷却のための海水注入に関して政府から本店経由でストップがかかるシーンです。吉田所長は従うふりをして海水注入を実行します。爆発の危機が迫っていたわけですから、この判断は正しかったと思います。

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意思決定論の世界には「ディシジョン・クオリティ(DQ /意思決定の質)」という概念があります。DQを高めるために求められるのは、①信頼できる情報、②明確な価値判断、③明快で正しいロジック、④実行へのコミット、⑤的確なフレーム、⑥創造的な戦略代替案の6要素です。

①の情報に関しては、このような緊急事態において完全な情報が集まることはまずありません。不完全な情報をもとにどのような判断を下すか、それが意思決定です(情報が完全なら結論は見えているので意思決定の必要はありません)。現場は限られた情報に基づき、「メルトダウンの回避」「人命の尊重」という価値基準のもと(②)、このままにしておけば悪い事態がどのように連鎖していくかを整理して最悪な結果に至るクリティカルパスを分析し(③⑤)、迅速にそれを潰すための打ち手を考え(③⑥)、行動しました(④)。これらを総合すると現場のDQは任せるに足るレベルにあったといえます。

一方で、本店は現場に意思決定を委譲するのみならず、政府からの現場への関与もコントロールすべきでした。また、政府も、東都電力を信頼して、支援するスタンスに回るべきだったのです。

この映画のもう1つのポイントは危機下におけるコミュニケーションです。このような緊急事態で冷静な意思決定を続けるためには気持ちを平静に保つことが重要です。吉田所長と伊崎当直長は命の危険が迫る状況下で、「腹減ったな。何か食うか。(ダンボールの中を探って)お、羊羹。賞味期限は……」「今さら体の心配かよ」「ホンマやな、ハハッ」と軽口を叩き合います。これが大切なのです。対して、首相(佐野史郎)は常にピリピリし、感情的になって怒声を上げるシーンが目立ちました。上がこのようなスタンスだと下は萎縮して「叱られないこと」の優先順位が上がり、情報伝達や意思決定に遅れやブレが生じます。

危機下においては特にリーダーの言動、振る舞いが組織全体の動きを左右します。そこを見つめ直すきっかけとなる映画ともいえるでしょう。

w183_movie_scene2.jpgイチエフの状況を十分に理解していない本店からの指示に対し、「そんなに言うなら現場に来いよ!」と激高する吉田所長。現場の判断を尊重してくれという悲痛な思いが伝わってくるシーンだ。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授

Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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