人事は映画が教えてくれる
『さかなのこ』に学ぶ 仕事選びにおける“好き”の重要性
好きなことをただひたすらにやり続ける──。それが現実にはとても難しいことは多くの人が自分の人生を通して感じてきたことだろう。しかし、テレビでおなじみの“お魚大好きタレント”さかなクンはまさにそのような人生を歩んできた。そんなさかなクンの幼少期からタレントになるまでの半生を描いた映画『さかなのこ』。この作品が私たちに問いかけるものとは何だろうか。
『さかなのこ』は、“お魚大好きダレント”としてテレビなどで活躍し、今や東京海洋大学の名誉博士・客員准教授でもあるさかなクンの半生を描いた映画です。自伝に基づいたフィクションですが、「好きなことを仕事にしている」さかなクンのルーツや生き様がふんだんに伝わってくる良作です。
子ども時代にお魚の魅力にとりつかれたミー坊(子ども時代:西村瑞季、高校生以降:のん)は、水槽でさまざまなお魚を飼い、魚類図鑑を読みふけり、お魚の絵を描く毎日を過ごします。高校生になっても、大人になってもそれは変わりません。「お魚博士になりたい」という漠然とした夢こそあれ、ミー坊に将来のことを深く考えている様子はなく、気持ちの赴くまま好きなことに打ち込み続けます。
この映画が私たちに提示するのは「“好きなこと”はその人を救うのか」という命題です。昔から「好きこそものの上手なれ」ともいわれる一方、「好きなことを仕事にしてはいけない」ともいわれます。いったいどちらが正しいのでしょうか。ミー坊は結果的にテレビタレントとしての仕事を得ることができましたが、作中でミー坊と意気投合した魚好きのおじさん(本物のさかなクンが演じています)は街の変わり者として描かれています。好きなことをやり通せば必ずうまくいくわけではありません。ミー坊が成功できたのは運がよかったという面も大きいでしょう。
それでも、私は先の命題に対して、「好きなことはその人を救う」と考えます。世代から世代へ継承される特定の行動型に遺伝子がどのように関与しているかを検証した行動遺伝学が、それを示しているからです。少々乱暴ですが、この学問から得られる結論を端的にまとめれば、人が何かに取り組む際、仮に環境的要素が揃っていても、遺伝的要素(生まれついての適性)がなければ成功するのは難しいということです。“好きなこと”であれば努力も苦痛になりません。適性があるうえに努力も継続しますから、ミー坊のように放っておけばどんどん伸びていきます。
ただし、本当に自分に合った“好きなこと”を見つけるのは容易ではありません。それを職業に結びつけるのはさらに難しい。その点でこの映画はヒントを示しています。行動遺伝学によれば、遺伝的にその人に合った“適性≒好きなこと”は、小学校高学年か中学生頃には現れることが多いとされています。ミー坊にとってのお魚は誰にでもあるはずなのです。ですから、自分を振り返り、その当時何を好きだったかを考えることは職業選びにおいて非常に重要な意味をもちます。
好きなことを人生の早い段階で見つけることができたミー坊も、「好き」を仕事につなげることには苦労します。水族館スタッフ、寿司職人、アクアリウムデザイナーなどお魚に関連する仕事にいろいろとチャレンジしますが、どれもこれもうまくいきません。お魚は好きでも、言われたことを言われたとおりにやるのは苦手だからです。悩みの最中に手を差し伸べたのが、幼なじみで元不良のテレビディレクター、ヒヨ(柳楽優弥)です。「俺たちに話すみたいに魚の話をすればいいんだ。テレビの向こうにミー坊の話を聞きたがっているやついっぱいいると思う」と、ミー坊をテレビの世界に誘いました。好きなことを好きなようにさせ続けた母親(井川遥)の存在もミー坊の遺伝的適性を伸ばすうえで大きな支えになりました。
好きなことに夢中になっている人は、なかなか自分のことを客観的には評価できないものです。むしろ周囲がその人の能力や適性、魅力を理解していることも多い。その意味では、私たちも誰かの支えになり、背中を押す役割を担えるはずです。
人は職業を選ぶ際、“できるかできないか”で判断しがちです。採用する企業側も同様です。しかし、本当に大事なのはやっぱり“好きか嫌いか”なのです。この映画はそんな原点をあらためて私たちに示してくれます。
Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎
野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。
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