人事は映画が教えてくれる
『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』に学ぶ非情なイノベーション
レイ・クロックこそが現在のマクドナルドの礎を築いたファウンダーである
【あらすじ】物語の始まりは1954年。シェイクミキサーの営業であるレイ・クロック(マイケル・キートン)は、自ら車を運転して米国中を回り、飲食店に商品を売り込む日々を送っていた。しかし、冴えない営業職としての自分に納得はしておらず、52歳にして大成功への野心を燃やし続けていた。そんなある日、南カリフォルニアの「マクドナルド」というハンバーガーショップからシェイクミキサーの大量注文が入り、レイはマクドナルド兄弟と出会うことに……。
『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』は、世界的なハンバーガーチェーンであるマクドナルドが1950年代に大成長を遂げた実話をもとにした映画です。
シェイクミキサーの営業をしていた主人公レイ・クロック(マイケル・キートン)は、マクドナルド兄弟(兄マック:ジョン・キャロル・リンチ、弟ディック:ニック・オファーマン)が経営するハンバーガーショップの合理的・効率的なシステムに感銘を受け、フランチャイズビジネスとして展開することを提案します。兄弟は既にフランチャイズを手掛けていましたが、品質保持を優先して、当時は店舗数の拡大には積極的ではありませんでした。
レイは兄弟と契約し、本格的なフランチャイズ化に乗り出しますが、その手法は強引でした。品質を優先する兄弟はレイのアイデアにことごとく「NO」を突きつけますが、レイはそれに抵抗し、自ら描いたビジョンに向かって突き進みます。その過程で両者の溝は決定的となり、兄弟は最後、自分たちの店舗で「マクドナルド」の名称を使うことすら禁じられ、レイは創業者でもないのに自らマクドナルドの「ファウンダー」を名乗るようになります。
この映画では、レイは兄弟のビジネスを乗っ取った存在として偽悪的に描かれています。映画を観た多くの人は、物語の終盤、レイに全面的に敗北し、肩を落とした兄弟の後ろ姿を見て、同情したはずです。「マクドナルド兄弟こそファウンダーなのに……」と。
確かに人間模様の側面から見れば、レイは悪役でしょう。しかし、私はこの映画を「イノベーション」という側面からとらえました。すると、物語はまったく違った様相を呈してきます。結論を言えば、現在のマクドナルドのビジネスの礎を築いたファウンダーは間違いなくレイです。
マクドナルドの全権利譲渡にあたり兄弟に利益の1%を保証するという紳士協定を結びながら、レイがこれを反故にしたのは本当に許しがたいことです。しかし、この1点を除けば、レイはマクドナルドのビジネスを発展させるために「正しいこと」をしてきました。間違っていたのはむしろマクドナルド兄弟なのです。
マクドナルド兄弟もイノベーションを行いました。それは調理スペースでの無駄な動きを排した動線計画、薄くしたパテなど、早く提供するためのプロセスイノベーション、プロダクトイノベーションです。
一方、レイはマクドナルドのMをかたどった象徴的な黄色いアーチを、裁判所の国旗や教会の十字架と同じように米国中に浸透させるという壮大なビジョンを描き、それを実現するためのビジネスイノベーションに取り組みます。
従来のフランチャイズのオーナーは、片手間に店舗を経営するような金持ちたち。彼らに任せたのではうまくいかないと考えたレイは、あたかも「聖職者」のように実直にビジネスに取り組む中間層の夫婦にターゲットを絞り、新しいかたちのフランチャイズビジネスを展開していきました。加えて、不動産を本部が購入し、フランチャイジーにリースするアイデアも画期的でした。新規参入のフランチャイジーは土地購入分の初期投資を抑えられて、参入の障壁が大幅に低くなるからです。これらをはじめとするレイのビジネスイノベーションがあったからこそ、マクドナルドは成功したのです。
弟ディックはフランチャイズ化に夢を抱いていました。しかし、レイのイノベーションに対しては「NO」を連発する抵抗勢力になってしまった。兄弟がもしレイと同じ夢を見ることができていれば、結果は違ったものになっていたかもしれません。
レイが兄弟の「NO」に屈していたら、マクドナルドの成功はなかった。彼のイノベーターとしての発想力、胆力は尊敬に値します。ただし、個人的に友だちになりたいとは思いませんが(苦笑)。
Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎
野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。
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