人事は映画が教えてくれる
『シン・ゴジラ』に見る日本的組織における意思決定スキルの欠如
サイエンスに基づかない「結論ありき」の意思決定が組織を迷走させる
【あらすじ】東京湾で突然、水蒸気爆発が起こった。前例がない原因不明の事態に政府は対応を急ぐが、議論は迷走し、判断は後手に回る。当初、内閣官房副長官の矢口蘭童(長谷川博己)だけが、未知の海底生物の可能性を指摘するが、常識外の意見としてあっさり否定される。しかし、テレビ画面に巨大生物の尻尾が映された。首相補佐官・赤坂秀樹(竹野内豊)は「矢口の冗談が現実になってしまっては認めざるを得ないか......」と呟き、第2形態に進化したゴジラは東京・蒲田に上陸。東京はパニックに陥る。
『シン・ゴジラ』は、東日本大震災、東京電力福島第一原子力発電所事故をモチーフとしたポリティカル・フィクションです。この作品で、私が注目したいのは、内閣官房副長官・矢口蘭童をはじめとする若い世代が活躍する物語の後半ではなく、旧世代の政治家たちが、ゴジラの登場に慌てふためき、混乱する前半部分。この前半の会議シーンでは、視野狭窄、思い込み、責任の不在が議論を迷走させ、ものの見事に政府の判断を狂わせていきます。
私が気になったのは、そこで描かれている議論が、まったく「意思決定論」に基づいていないことです。
象徴的なのが、ゴジラの初回上陸時、自衛隊にゴジラを攻撃させるかどうかの決断を一同が総理大臣に迫るシーン。大臣たちは総理に「やるか」「やらないか」の判断を求めますが、実質的には選択肢などありません。「やる」と言わざるを得ない雰囲気だけができあがっており、総理に選ぶ余地はなかったのです(直後、避難が遅れている住民が発見され、攻撃命令は撤回されますが)。
これは意思決定論の世界ではあり得ないことです。
意思決定論では、確率・統計などのサイエンスに基づき、「状況α、β、γに対して、それぞれ対策A、B、Cがあり、計9つの選択肢がある。それぞれの状況に至る可能性はα○%、β○%、γ○%であり、対策A、B、Cを実施したときの結果は、シミュレーションによると、それぞれこのようになる」と明確に選択肢を示すことが大前提です。
しかし、劇中の官邸における対策会議は、サイエンス不在のまま進行します。ホワイトボードすら使わないで議論しているのがいい証拠です。
「結論を急ぎましょう」
「そうですな。やはり新たな海底火山か大規模熱水噴出口でしょう。ほかに考えられません」
といった具合に、会議をリードするのは結論ありきの根拠のない断言。冒頭の会議では、当初、矢口以外の全員が、未知の海底生物の可能性など考えもしません。それでいながら、事態が思わぬ方向に推移すれば、
「想定外だ。よくあることだろう」
で、済ませてしまう。
残念なことに、このような会議は、同質性が高く、同調圧力に導かれた集団浅慮が起こりやすい日本の大組織においては珍しくありません。
対照的なのが劇中の米国の意思決定です。米国政府はゴジラの自国への上陸確率を算出し、それに基づいてゴジラに対する核攻撃を決定しました。意思決定の詳細は描かれていませんが、彼らは意思決定論に基づいて結論を下しているはず。「ここがニューヨークでも彼らは同じ判断をするそうだ」という首相補佐官・赤坂秀樹の言葉は象徴的です。
この日米の違いはなぜ生まれるのか。理由は単純です。そもそも日本の政治家も経営者も経営幹部も、ほとんどが意思決定論を学んだことがない。対して、MBAなどで必修科目として学ぶ米国の政治家や経営者にとっては常識なのです。
意思決定で何よりも大切なのは、結果ではなく、プロセスです。論理的なプロセスを踏んでいれば、仮に結論が間違っていたとしても、どこで誤ったのか、何を選ぶべきだったのかなどを後から検証ができる。検証することで意思決定の質を高めていくことができます。
日本の経営者からは、「意思決定で大事なのは経験と勘だ。データで決めるものではない」という言葉を聞くこともあります。私は、経験と勘の重要性はまったく否定しません。サイエンスに基づいて選択肢を並べたうえで、あえて確率の低いほうを選ぶという意思決定もあり得ます。しかし、経験と勘だけに基づく意思決定にはやはり問題がある。結果以外は検証が不可能だからです。意思決定にも巧拙がある、それはサイエンスを駆使して向上させるものなのだ、という認識が必要なのです。
『シン・ゴジラ』を題材としたスペシャル座談会の記事を、Webサイトに掲載します(2018年10月12日より)。URLは、http://www.works-i.com/research/special/godzilla.html
Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎
野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。
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