人事は映画が教えてくれる
『エリン・ブロコビッチ』に学ぶ個人と組織の健全な関係
個人は正当な報酬を要求し、企業はフェアに応える。この関係が人も企業も成長させる
【あらすじ】エリン・ブロコビッチ(ジュリア・ロバーツ)は、自らの追突事故裁判で弁護を依頼した弁護士エド・マスリー(アルバート・フィニー)の法律事務所で半ば強引に働き始める。ある日、不動産関連訴訟の書類に健康診断の書類が含まれていることを不審に思ったエリンは独自に調査を開始。巨大企業PG&Eの工場が垂れ流す六価クロム溶液によって周辺住民に健康被害が多発していることを突き止める。エリンとエドは周辺住民に働きかけて原告団を結成し、巨大企業を相手にした訴訟に臨むが......。
『エリン・ブロコビッチ』は、学歴も知識も資格も経験もない、3人の子を育てるシングルマザーが法律事務所に入り、公害訴訟で巨大企業から全米史上最高額の和解金を得るという実話に基づいた、痛快なサクセスストーリーです。
この映画はキャリアデザインの観点から学ぶべきことが多い。
主人公エリンの行動は行き当たりばったりのように見えるかもしれませんが、実は彼女は主体的に自分のキャリアを構築できる女性です。その理由は3つあります。
1つは強烈な自己肯定感。根拠はなくても「自分はできる!」と思い込む仮想的有能感ともいえる感覚です。象徴的なのは物語の前半、エリンが弁護士エドの事務所に乗り込んで「自分を雇え」とアピールするシーンです。一般的な日本人がエリンの立場だったら、何も持たない自分が法律事務所で雇ってもらえるとは端から思わないでしょうが、エリンは臆するところがありません。このような仮想的有能感は一般的に男性に高く、女性は低いといわれますが、エリンは違います。これを備えているから、彼女は学んでいないこと、経験していないことにもチャレンジできます。
もう1つは、組織の論理にとらわれず、自分自身の常識、正義感に基づいて行動していること。
最後の1つは、実はこれが最も大切なのですが、目的のために努力を惜しまないことです。
キャリアとは順序立てて学習と経験を積み重ねさえすれば、自ずと明るい展望が拓かれていくというものではありません。何の学習も経験もなく法律の世界に強引に飛び込んだ無鉄砲なエリンがなぜ成功したのか。彼女が示した上記の3要素は、現実の世界のキャリアデザインにおいても極めて重要なものなのです。
また、『エリン・ブロコビッチ』は個人と組織の関係構築という視点からも興味深いヒントを与えてくれます。
エリンはことあるごとにエドに対して昇給を要求します。ここに注目してほしい。
日本人は、高い成果を上げても見返りを求めないのがカッコいいと考える傾向があります。しかし、私にはそれがいいことだとは思えません。企業はそこにつけ込むからです
エリンとエドの関係は利己対利己。対等な関係でバランスが取れています。また、社員も企業も利他心に溢れていれば、利他対利他でこれもバランスが取れるのです。
しかし、日本の企業の場合、社員は、利他的であること、我慢することを強いられる一方で、企業は利益最優先で利己的に振る舞う傾向がある。利他対利己という、企業にとって都合のいい関係が定着してしまっているのです。
お金の話をしないことは一見きれいに思えますが、成果に対する正当な報酬が得られなければ、個人のモチベーションは次第に落ちていく。結局、個人にとっても組織にとってもいいことはありません。賃金が上がらない、結果、生産性が上がらない、というバッドサイクルから日本の企業が抜け出すには、この構造を見直す必要があります。
さて、人事のみなさんは、エリンのような人材が欲しいでしょうか、それともいなくてよかったと考えるでしょうか。確かにエリンのような人材は上からコントロールできません。信用して任せるしかない。組織にとってはある意味やっかいな存在です。しかし、企業が本気で突出した成果の創出を望むなら、このような人材を取り込むことを真剣に考えなければなりません。
エリンのような突破力がある人材が現状ではいないのであれば、社員の自発的なチャレンジを促す制度(たとえば、業務時間の一部を兼業に充てることを必須とする制度など)の整備も必要になるでしょう。
そして何よりエドのように個人に対してフェアであること。これが企業には求められます。
Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎
野田 稔
明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授
Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。
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