人事のジレンマ

組織をフラット化したい×人が育つポストが減るのが心配だ

2018年12月10日

組織の階層を減らしてフラット化すれば、情報共有が進み、意思決定のスピードも上がる。一方で、ポストが減ることにより、若手がミドルマネジャーとして経験を積む機会が失われてしまう。「社長以下、全員並列というフラットな組織もあり得る」というカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の松浦俊雄氏と、1990年代に進めた組織のフラット化の"歪み"を正すため、10年前に係長職を復活させたアルプス電気の松山慎二氏の対談から、組織構造のあるべき姿を考える。

ピラミッド型組織では自由な企画は生まれない

松山:CCCでは組織のフラット化を進めているそうですね。中間管理職は置いていないのですか。

松浦:いいえ、そんなことはありません。いわゆる部長・課長クラスの者もいますし、店舗では店長の下に各商品を担当するアイテムリーダーを置いています。
ただ、社員の意識を含め、なるべくフラットな組織を目指しているのは確かです。たとえば、あるグループ会社は約450人の規模ですが、社長の下に64のミッションユニットと呼ばれるチームを並べただけのシンプルな組織にしています。
というのも、私たちは"企画会社"だからです。企画というのは、情報と情報の組み合わせから生まれるもの。よい情報をつかんだら組織図に関係なく必要な人とシェアしていく。どんどん皆に声をかけ、そこに別の情報を持っている人が集まって、自然発生的にチームができ、企画が形になっていく。我々が目指しているのはそういう姿で、いちいち上司にお伺いを立てて承認をもらってから動くような形式的なことは必要ないし、縦に長いヒエラルキー構造はむしろ企画を形にしていくうえでは妨げになると考えています。
極論すれば、社長以下、全員並列の組織でもよいかもしれません。社長の増田(宗昭氏)も「個人タクシーの集団のような会社になりたい」とよく話しています。

松山:個人の発想にこそ価値があるというビジネススタイルなので、一人ひとりが自律的に動ける組織の形態が最もよい、ということなのでしょうね。

課長の下に係長を置き
メンバーの育成を担当

松山:それに対して我々はモノづくりの会社です。コアになる技術を深掘りし、製品としての品質を維持して、適切な量を安定的かつタイムリーに供給するという使命を負っています。そのためには、個人が自由に企画し、自由に動くだけでは成り立ちません。大きな目的のためには、役割を分担し協力し合うことが不可欠です。組織としても一定の階層構造が必要だろうと思っています。
もちろん大前提として、組織の規模や機能に応じたスリム化は常に意識しており、闇雲に階層を増やすわけではありません。

松浦:アルプス電気では、一度廃止した係長の役職を復活させたと聞きました。どのような経緯だったのでしょうか。

松山:1990年代の人事制度見直しのなかで、組織のフラット化を進める観点から、製造部門を除き、係長の職位を廃止しました。しかし、その後の状況を見ると、事業のグローバル化による業務範囲の拡大や労務管理にかかわる確認プロセスの増加などといった環境変化とも相まって、課長に業務が集中してしまいました。また、部下とのコミュニケーションが減り、メンタル不調を訴えるメンバーが出てくるなど、職場マネジメントの弱体化が顕在化してきたのです。そこで2008年に課長を補佐する役割として、製造部門以外の職場にも係長職を復活させました。
係長に期待される役割は、主にメンバーの育成・サポートです。日常的に担当メンバーの面倒を見るとともに、人事考課の際には上長に進言することもあります。
実は係長を復活させたのは、課長の負担を軽減するのはもちろんですが、若いうちから組織をまとめ部下を指導する経験を積ませたいという狙いもありました。いわば、課長になる前の準備ですね。役職者の役割とは、結局人に関わるということですから。

マネジャーとは最もその領域に詳しい人

松浦:なるほど。人に関わることを主たる役割とする役職者は、私たちの組織にはいないですね。どんな階層の役職者であっても、プレーイングマネジャーとして、本人も日々企画を作り続けています。

松山:となると、CCCでは、マネジャーはどのような役割を担っているのでしょうか。

松浦:マネジャーに求めるものとして、「明確な目標」「単純な組織」「信賞必罰」「衆知結集」の4つを挙げています。つまり、組織のゴールを定め、メンバーの役割を明確にし、成果を適切に評価することによって価値観を浸透させること。また、メンバーの知恵や情報を集約し、組織のゴールを達成していくこともマネジャーの役割の1つです。
一方で、役職者にはその領域にいちばん詳しく、いちばんコミットしている人という側面もある、と私はとらえています。

松山:やはり、そもそもマネジャーの役割からして、我々とは大きく違うようですね。

松浦:そうですね。もしかすると、マネジャーになる要件も違うのかもしれませんね。もちろんマネジャーには先に挙げたような4つの役割を果たしてもらいたいのですが、すべてを任用時に備えている必要はありません。「経験することで、役割を果たせるようになる」と見込んで、マネジャーに任用することもよくあります。仮にうまくいかなかった場合には、次はもう少し小さなチームを任せてみたり、再びメンバーに戻してみたりすることも決して珍しくありません。たとえば、2018年夏に軽井沢にオープンした書店の店長は、入社3年目の社員です。本人にとってはストレッチなアサインだったかもしれませんが、成長につながっていくと期待しています。
私たちの組織には、もともと失敗をポジティブに受け止める土壌があり、たとえば何かの事業から撤退することになっても、「よい経験を得た」とそのナレッジを関係者でシェアしていくような風土です。大切なのは、失敗を次の成功につなげること。マネジャーに任用した人についても、トライアンドエラーを繰り返して成長してくれればよいと考えています。

課長の役割は人を巻き込んでミッションを達成すること

松山:当社では、一定の基準を満たさなければマネジャーにはなれません。複数の職場経験が必須になりますし、判断材料の1つとしてアセスメントも実施しています。課長以上には年俸制を導入するなど処遇面でも大きな相違があります。
単に肩書きが付くということではなく、それだけ厳格に選抜して与えられる重要な役割なのだから、社員も役職に就くことを目指してモチベートされるのではないかと思います。
どのような階層構造にしてどのような役割を与えるかは、その企業の事業特性や労務構造によって異なるのでしょう。たとえば、最近の当社の標準的な課長昇進者の年齢は40代前半ですが、入社して20年近く一メンバーとして過ごしていて、課長になったとき、メンバーの能力を引き出してミッションを果たすことができるのかという課題意識は以前からあります。
係長ポストを復活させて10年になりますが、現在も係長ポストがそのまま残っているのは、係長経験が課長になる準備期間としてそれなりにうまく機能しているからだと思います。

松浦:メンバーは業務上も係長から指示を受けるのですか。

松山:基本的にそうですが、この案件は相談しながら課長に持っていこうとか、この案件は直接課長と進めてくれとか、ケースバイケースで柔軟に対応しています。

人を育てる方法は1つではない

松山:もちろん我々も、いつまでもこのままの制度でよいとは思っていません。今の制度は、1990年代に組織のフラット化に振った振り子を、2008年に調整した結果、生まれたもの。10年前と同じ議論を繰り返しても意味がない。これからの時代にふさわしいありようを考えていく必要があるでしょう。
課長の負担を軽減しながらメンバーを育てていくという課題にしても、新たなポストを作って階層を増やすだけでなく、ほかにも方法はいろいろあるはずです。AIやRPAなど新しいテクノロジーの積極的な活用や、今後のベテラン社員の増加を念頭に置いた権限委譲や役割分担の見直しも必要だと思います。100年に1度といわれる環境変化のなかで、これからの時代にふさわしい組織マネジメントの方法を考えていければと思っています。

松浦:そうですね。当社でも、マネジャーになって壁にぶつかる人のために何をするか、という課題があります。画一的な教育をするつもりはないのですが、先輩マネジャーの経験をシェアする場を設けるなど、個人のトライアンドエラーに任せるだけではない、成長をフォローアップする仕組みも今後ますます重要になっていくと考えています。

Text=瀬戸友子 Photo=刑部友康