人事のジレンマ

地域限定正社員制度で人材の定着を図りたい × 転勤なしで人材育成できるか不安だ

2018年02月10日

人手不足が慢性化するなか、優秀な人材を確保するために、職務範囲は限定しないが転居を伴う異動のない、地域限定正社員制度を導入する企業が出てきている。しかし同時に、「転勤なしでは成長機会が限定されてしまうのではないか」という、人材育成の観点から生じる懸念の声も根強くある。このジレンマにどう向き合うか。転勤なしでも人材育成は十分可能であるという中央大学大学院の佐藤博樹教授と、2016年に地域限定正社員制度を導入したベルシステム24の太刀掛直紀氏との対談から、解決の糸口を探る。

人材の確保・定着のため働き方の選択肢を増やす

佐藤:まずは地域限定正社員制度を導入した理由を教えてください。

太刀掛:当社はコールセンターのアウトソーシング事業を手掛けており、拠点は全国にわたっています。従業員は、コールセンターで顧客企業から請け負ったカスタマーサポートなどの電話応対を担当するオペレーターとして働く契約社員が約2万6千人、管理部門や営業、コールセンターのマネジメントなどを担う正社員が約1,500人います。
もともと離職率の高い業界であるうえに、近年コールセンター業務は複雑化・高度化しているため、優秀な人材の確保・定着がますます重要になってきています。地域限定正社員制度の導入も、人材の確保や定着を目的とした人事施策の一環です。

佐藤:現在、地域限定正社員に転換されたのは何人くらいですか。

太刀掛:100人程度です。このなかには全国転勤ありの正社員からの転換者のほかに、契約社員から正社員登用された際に地域限定を選んだ人が含まれます。

佐藤:要員管理上、地域限定正社員は何名までと、人数の上限規制を設けている企業もありますが、ベルシステム24ではいかがですか。

太刀掛:制限は設けていません。私たちも制度導入時には、地域限定正社員が増えすぎて困るのではと心配しましたが、実際の転換者は正社員の約1割、契約社員からの正社員登用者のうちの2割程度と、思いのほか少なかったというのが実感です。人事施策には、やってみなければわからないことがたくさんあります。

地域限定正社員にも管理職昇進の道を開くべき

佐藤:地域限定正社員制度を導入する際に、多くの企業が直面する困難は3つあります。1つ目は、全国転勤型社員との賃金格差をどう捉えるかです。この点について、どのように説明していますか。

太刀掛:全国転勤型社員には、会社に配置転換権があることを明言しています。ただし、転勤の頻度には個人差があるため、意識調査をすると、地域限定正社員から不満の声が出ることもあります。しかし、転勤する可能性があるというリスクに対して賃金の上乗せ分、いわば転勤プレミアムが生じるのはある種当然のことではないかと認識しています。

佐藤:2つ目の課題は昇進格差です。制度上、地域限定正社員は管理職に昇進させないという企業もありますが、もともと賃金格差があるうえに、管理職に昇進できないとなると、二重の格差が生じます。ベルシステム24では、地域限定正社員は管理職に昇進できるのでしょうか。

太刀掛:現行制度では昇進できませんが、今後は管理職昇進の道を開く必要があると考えており、キャリアパスをまさに検討しているところです。ただ、管理職昇進に関しては、社内でも意見が分かれていて悩ましいところです。

佐藤:最近では転勤の有無にかかわらず、能力のある人を管理職に昇進させる制度を導入する企業が増えています。たとえば小売業だと、特性の異なる複数地域で多様な経験を積んだ人材が店長になるべきとの考えから、店長への昇進要件に転勤経験を求める企業もありますが、単一店舗の経験しかなくても、優れた店長が生まれることもあります。コールセンターにおいても、転勤せず、顧客との信頼関係を構築できている地域限定正社員のほうが、担当する顧客の社内事情をよく理解していて、いいマネジメントができるということもあるのではないでしょうか。
たとえ結果的に全国転勤型正社員のほうが多く管理職に昇進することになったとしても、社員の意欲の喚起を考えれば、地域限定正社員が管理職になる道を閉ざすべきではないと思いますが。

太刀掛:今、一番懸念しているのは、地域限定正社員が管理職になると、上司と部下の関係が固定化してしまうリスクがあることです。大規模拠点では、管理職が地域限定正社員だったとしても、拠点内での異動も可能であるため、相性が悪ければ配置転換すればいい。また、拠点内での異動を通じ、部下がさまざまな上司から学ぶことも可能です。
問題は地方都市の小規模拠点の場合です。地域限定正社員を管理職に昇進させると、長期間その役職に滞留する可能性が出てきます。既に過半数が地域限定正社員という拠点もあるため、人材の固定化問題は早期に解決しなければと考えています。

アサインの工夫や出張により新しい仕事にも挑戦できる

佐藤:地域限定正社員制度の導入における3つ目の課題は、人材育成に関するものです。地域限定正社員には転勤がないため、全国転勤型社員に比べて担当できる仕事や顧客の種類が少なくなり、結果として成長機会が限られてしまうという指摘をよく耳にします。ですが、私はそんなことはないと考えています。コールセンターはその典型だと思いますが、今の時代、同一職種でも、仕事内容は日々変わります。そして、同一拠点内でも、担当する顧客や仕事内容を意図的に変えることも可能です。
また、地域限定ということにこだわりすぎる必要はありません。たとえば、地域限定正社員であっても、本人の希望があれば期間限定で転勤させる仕組みを導入する企業も出てきています。このように、人の成長機会は多様にあり、人材育成の方法も柔軟に考えていくことが重要でしょう。

太刀掛:当社でも、同じお客さまを担当していても、異なるタイプの仕事、たとえばクレジットカード会社であれば、新規申込の受付から利用金額確認の担当に回ってもらうなど、アサインメント上の工夫を行っています。また、転勤には社員同士の横の繋がりを作る効果があるといわれますが、これは出張でもある程度代替できると考え、地域限定正社員の出張による人材交流を促進しています。加えて、成功事例やナレッジの動画などのアーカイブ化や、拠点間での事例共有の仕組みづくりなど、さまざまな成長機会を用意しています。

佐藤:そうした機会は、地域限定正社員の継続的な成長に寄与する可能性が高いですね。

太刀掛:転勤がなくても、適切な教育機会や社外のコミュニティとの繋がりで人材が育つケースも生まれています。ある地域限定正社員は、地元の大学との共同事業の担当となり、社外の世界に触れたことで、大きく成長しました。今後はこうした成功事例を増やしていきたいです。
いずれは地域限定正社員のなかから拠点のトップが出てくればいいと考えています。現場の叩き上げの人材が拠点のトップに上りつめることができたら、地域限定正社員のモチベーションは相当高まるでしょう。

佐藤:それは十分、可能だと思います。というのも、たとえば地域限定正社員を選択する女性のなかには、育児や夫の転勤などで、働く場所にこそ制限はあっても、ポテンシャルの高い人材がいるからです。こういった人材を計画的に育成すれば、拠点のトップが、現実的なキャリア上の目標にもなり得るでしょう。

現場の声に素直に耳を傾け意思決定者の固定観念を疑え

佐藤:大手企業の多くで、これまで転勤を活用して人を育ててきたという歴史があったとしても、今の時代に最初から転勤ありきで人材育成を考えるのは人事の「思考停止」と言わざるを得ません。どのような人材育成効果を狙って転勤させるのか、転勤以外の方法ではその効果が本当に得られないのか、真剣に考える時期に来ています。

太刀掛:我が社にも、自らの成功体験があるがゆえに、「転勤を経験するから成長できる」という考えから抜けられない人がいます。まずはこうした人々の意識を変えていくことが必要です。
そのためには、人事が社員の生の声を徹底的に聞き、その思いを把握すること。新しい人事施策の狙いを理解してもらうには、他社の事例などではなく、「これが現場のニーズです」という事実を伝えることに尽きるのではないでしょうか。当社では、制度導入に際して、社員向けコールセンターやチャットサービスを立ち上げて、現場の声を多く集め、それを制度設計に反映させました。
ただ、そこまでやっても、地域限定正社員への転換者は会社の想定よりも少なかった。この経験から、人手不足のなかで優秀な人材を採用し、自社につなぎとめるためには、手間とコストをかけても、働く個人の声を丁寧に集めなければいけないということに気づかされました。

佐藤:社員の生の声を集めるという発想は大事ですね。私も、人事は社員の生の声やデータに基づく提案を経営陣に行うことが大切だと思います。これまでの常識に囚われるのではなく、今起こっていること、事実をありのままに捉え、それを人事施策の改革に活かすことが重要です。

Text=瀬戸友子Photo=刑部友康