人事のジレンマ

MBA派遣で人材育成したい × 投資効果は期待できない

2017年02月10日

グローバル人材育成の一環として、海外のMBAコースに社員を派遣する企業は多くある。ー方で、帰国後、その社員が別の活躍の場を求めて転職・起業してしまう例も少なくない。MBA派遣は、人事施策として効果があるのか。ともに社費留学でMBAを取得後、外資系企業へと活躍の場を移した遠藤功氏と、長くもとの企業に留まりつつも社内外で多彩な活動に携わってきた柴田英寿氏の対談から、MBA派遣の是非とあるべき姿を考える。

MBA派遣の本当の目的は新たな価値観を得ること

遠藤:私は、新卒で入社した三菱電機に在職中、20代で社費留学してMBAを取得しました。私は留学よりも海外駐在を希望していたのですが、会社が「まずはビジネススクールに行ってこい」と送り出してくれました。

柴田:私は29歳のときに同じく社費で留学しましたが、人生を変えるような貴重な経験でした。正直、教わった知識は本を読んでも学べる程度のものでしたが、世界中から集まった能力と情熱に溢れた人々と交流することは、日本で働いていたら難しかったでしょう。

遠藤:確かに、世界中の優秀で上昇志向のある人たちとともに学び、自分のパッションに火をつけるという点では、留学する意義は大きいですよね。

柴田:当時、留学先でよ<言われました。「自分たちの手で新しいものを創り出すんだ。それはここに来た君の使命、君のパッションだろう?」と(笑)。とにかく「自分が行動を起こさなければ何も始まらない」というメンタリティが植え付けられましたね。
ところが最近は、MBA取得の目的として、「経営の体系的な知識を身につけるため」と宣伝する学校や、本気で言う志望者がいます。これは私が大事だと思うこととずいぶん違います。

遠藤:体系的な知識だけを身につけても、行動にはつながりませんからね。私も、そんなことを言う人や会社はMBAの目的を勘違いしている気がしてなりません。

柴田:同感です。ただ、それでも私は、留学したいと思う人は行ったほうがいいと思いますし、世界中の未来のリーダーとのネットワークはとても重要です。本人の将来の可能性も広がるし、企業、ひよっとすると日本社会にとっても意味があるのではないでしょうか。

遠藤:日本の国としてはその通りですが、会社としてはもっと冷静に考える必要があるでしょう。私自身もそうでしたが、このままでは帰国後に辞めていく社員は後を絶ちません。

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獲得した新たな価値観と旧来の組織文化がぶつかる

遠藤:辞めてしまう理由の1つは、多様性のなかで自らの価値観を醸成することは、将来の経営リーダーにとって必要なことであるにもかかわらず、その新しい価値観を組織に持ち込もうとしたとき、旧来の企業文化とぶつかってしまうからです。

柴田:日本で教育を受けて、優秀な成績を収めてきた人は、出る杭になると損をすると刷り込まれていますからね。私は学生向けのアントレプレナーシップ論講座を主催していますが、「まずは一歩踏み出せ」ということを徹底的に伝えています。これはまさに私がビジネススクールで言われてきたことです。

遠藤:0から1を創造できるのは、まさにそういう人ですよね。1を10にできる人はた<さんいても、まったく新しいものを生み出していく起爆剤となれる人は多くはいません。せっかく点いた種火を、会社が消してしまうような真似をしたら、辞めてしまうのは当然のことです。

柴田:遠藤さんは、なぜ会社を辞めたのですか。

遠藤:留学先で刺激を受けて意欲満々で戻ってきましたが、海外駐在どころか、手応えのある仕事もなかなか回してもらえない。会社から「そんなに焦るな。あと20年も待てば好きなようにできるから」と言われました。「さすがに20年も待てない」と思ったのが退職の引き金でした。多くの日本企業の場合、派遣前と同じょうな仕事に就いて、責任ある役職に就けるわけでも、給料が上がるわけでもない。これが、辞めていく理由の2つ目です。

柴田:私も、辞めていく人の気持ちはわかりまず起業したり、外資系に転職したり、自分にはもっといろいろな可能性があるはずだろう、と考えるのでしょう。

MBAを取得すればなんとかなるという幻想

柴田:ただ、私の場合は、会社の風土もあって相当自由にやっていました。技術者が多いので、普段は遊んでいるようでも、10年に一度、素晴らしい特許技術を生み出してくれればいいという空気があるんです。
また、ちょうど事業も、単なるモノづくりから資産ビジネスに移行しつつある時代でしたから、MBA的な発想ができる人は、希少性もあってそれなりに重宝されました。

遠藤:確かに昔はMBAホルダーの希少性が高かった。ところが今や国内ビジネススクールも増え、日本でも年間5000人のMBAホルダーが生まれています。
私はそもそも、ほとんどの日本人にはMBAは必要ない、と考えています。欧米のような肩書き社会では、トップスクールのMBAを取得していれば、その学歴によって箔が付いて実際にキャリアの選択肢が広がります。ですから、日本人でも海外で働きたい、外資系企業でキャリアを築いていきたいと希望している人であれば、MBAを取得する価値は大いにあるでしょう。

柴田:日本はそこまで肩書き社会ではありませんし、日本の企業では入社時以外は学歴を重視しませんね。

遠藤:私が危惧しているのは、とりあえずMBAを取得すればなんとかなるかもしれない、という幻想が蔓延していることです。それでは時間とお金の無駄でしかありません。

長期キャリアプランのなかで多様な手段を活用

柴田:派遣者が戻ってきたあと、辞めないようにするために企業は何をすべきでしょうか。

遠藤:まず、あらためてMBAの位置づけを考えることが重要です。
社内の選抜を勝ち抜き、ハーバードやスタンフォードのMBAプログラムに入学を許されて、素睛らしい成績を収めて学位を取得できる人は、そもそも優秀なのです。その後も活躍するのは当たり前のこと。MBAを取ったから活躍しているわけではないのです。
その因果関係を客観的に見つめ直すことから始めるべきでしょう。
もう1つは、人材育成の全体像を再構築することです。日本のトップは若くても50代。果たしてこの先も、そのようなスピード感でいいのか。名だたるグローバル企業のトップには、40代がたくさんいます。今後、日本企業で、新しいことを生み出す立場に40代で就くとしたら、その10年前、20年前にどのような経験をさせるのか、連続的なキャリアプランを考えるべきです。

柴田:その1つの選択肢としてなら、MBAプログラムもあり得るということですね。もちろん、何のために派遣するか明確にすべきです。

遠藤:おっしゃる通りです。必要なのは、若い人を早く戦力化する全体戦略。長期的な視点に立って、優秀なこの人を若いうちにMBAプログラムに送り出そう、帰国後はこの仕事で成長の機会を与え、マネジャーになる前のタイミングでは、こうした経験をさせようといった、長期的なキャリア支援が必要です。

広がるMBA以外の選択肢も視野に入れる

柴田:そのときにMBA以外の選択肢もありますよね。最近はデザインスクールに行く人も増えています。

遠藤:日本ではまだデザインといえばモノのデザインですが、近年、企業経営においてデザインの力が重要になってきているのは間違いありません。コーポレートデザインを含めて、新しい1つのジャンルとして出てくると思います。
最近ではビジネススクールも変わってきています。ハーバード大学もそうですが、人間教育というか、いくぶん教養的なもの、倫理的なものを増やしている。経営の知識を教えることでマネジャー、管理者を育てることはできるけれど、リーダーを生み出すことができるのかという問題意識が米国では強くあって、「マネジメントスクールからリーダーシップスクールに変わっていくべき」という考え方が出てきました。

柴田:日本の場合、大学に楽しい授業が少ないから若い人がかわいそうですよね。「学生起業家をやってみたら」と、ちよっと学生の背中を押してあげると、成長軌道に乗るのです。実は、日本ならではの仕組みが可能で、私のアントレプレナーシップ論講座では始めています。日本には、事業の現場で経験を積んだ企業人がたくさんいるのですから、企業人が教える場をもっとっくるべきです。

遠藤:そうですね。あるいは、こんな方法もあります。当社はクライアントから1年間人を預かったり、逆に若手社員を預かってもらったりする取り組みをしています。新卒で入社し、数年間コンサルタントの経験を積むと、このあたりで事業会社の経験をしてみたいからと優秀な社員が辞めていく例があったのですが、それはもったいないと。実際やってみると、本人も異なる世界に触れて視野が広がるし、意欲のある若い人が来てくれれば預かる会社にとってもポジティブな剌激が大きい。

柴田:ビジネススクールに限らず、いろいろな人材の育て方、活用の仕方を考えて、新しい場をもっとた<さんつくっていく。それがこれからの人事の役割だと思います。

Text=瀬戸友子Photo=刑部友康