人事のジレンマ
マネジャーには業績達成の責任あり × 部下育成にも責任あり
OJT機能が失われたといわれる日本企業。人事としては、マネジャーには真剣に部下育成に向き合ってほしいが、業績達成責任を負うマネジャーは、多忙さゆえ、なかなか育成に時間が割けない実情もある。このジレンマに対して、人事は何ができるのか。「部下育成も管理職の重要な仕事」と言い切るグラクソ・スミスクライン(以下、GSK)の四方ゆかり氏と、ガリバーインターナショナル(以下、ガリバー)の木岡竜一氏との対話から、その糸口を探っていく。
四方:マネジャーの部下育成に関して、いちばんの課題だと感じているのは、やはりマネジャーにかかる負荷の大きさですね。プレイングマネジャーとして戦いながら、メンバーにもきめ細かく目配りしていくと、業務量が際限なく増えてしまいます。
実は、外資系企業においてマネジャーの労働時間が一般的に長時間になるのは、グローバルのなかでも日本だけです。おそらく原因は、「日本のお客さまの高いクオリティを求める姿勢」でしょう。
たとえば、深夜でも土日でもお客さまから連絡を受ければ、日本の営業はすぐにコールバックします。お客さまもそれが当然と思っている節がありますが、米国ではそんな時間に通じなくて当たり前、と皆思っています。顧客接点にいる部下を支えるため、マネジャーも昼夜問わず臨戦態勢です。お客さまからの期待値の高さが日本の製品やサービスのクオリティを支えている半面、個人のワークライフバランスにしわ寄せがいってしまう現実もあります。
このなかで部下育成の責任を負いなさい、というのはなかなか厳しいというのも理解できます。
木岡:確かに、「部下の育成の時間を取れ」と個々のマネジャーの自助努力に訴えるだけでは難しい。特に我々のような業態は商品の違いではなく、顧客接点となる営業が提供するサービスの質で差別化を図るしかありません。採用した人すべてを強い営業に育てようと思ったら、上司に任せるだけでなく、人事からの一定のサポートも必要だと思います。
業務達成と部下育成は切っても切り離せない
四方:GSKでも、上司だけに任せるのではなく全社で育成を支援しています。ただ、マネジャーの役割定義のなかに、部下育成が埋め込まれているのも事実。マネジャーの役割とは、チームとして期待される業績を達成すること。与えられる目標は決して楽なものではなく、自分1人の力には限界があります。目標達成のためには、チームメンバーの力を最大限に引き出していかなくてはなりません。メンバーのモチベーションを高めたり、一人ひとりの成長を支援していくことが、結果的にチームのパフォーマンスにつながる。つまり、部下育成と業績達成は別個に存在する業務ではなく、マネジャーとしての使命を果たすために欠かせない一続きの仕事なのです。
そのためにGSKでは、原則として業績達成に必要なヒト・モノ・カネのリソースは、事業を遂行するマネジャーが持っています。もちろんすべてを思い通りにできるわけではありませんが、自分のチームに関しては、人事権を行使することもできます。
木岡:当社も管理職に対して、第一に業績を求める点は同様です。顧客満足やコンプライアンスの遵守、あるいは店長なら自分と同じ店長クラスの人材をどれだけ育てたかという同位レイヤーの輩出など、評価項目はいろいろあるのですが、やはり最も重要なのは業績達成度合いです。苦しい選択ですが、部下育成に手が回らなかったとしても、業績の達成度合いに対して評価します。
ただし、当社の場合は人事権を現場に渡しておらず、事業領域の拡大、販売チャネルの多様化、さらには戦略的に急ピッチで出店を進めていることなどから、ある程度中央集権的に、人材マネジメントをする必要があるのです。
そのための特徴的な仕組みとして、ひとつには寮制度を整備しています。新卒入社後2年間は全員が寮に住み、社会人としての基本を学びながら、先輩スタッフである寮長のもと、さまざまな活動に従事します。これによって、「ガリバーイズム」の浸透を図ることを目的にしています。
もうひとつは「寺子屋制度」と呼ばれるもので、店長以外はすべて新卒社員で構成される店舗を配置しています。新入社員であっても、自分で考えて自分で課題を解決していかなくてはならないので、成長スピードが極めて速くなります。
四方:全社で人材を育てる、ある種の「強い文化」ですよね。
もう1つ大切なのは、「適材適所」ではないでしょうか。マネジャーの仕事には、人材育成が必然的に含まれます。ただ、それが得意な人と、そうでない人がいるのも確かです。
人を育てたり、人に伴走することが苦手な人が、無理やりマネジャーになる必要はない。専門分野のエキスパートとして貢献してもらえるなら、その人も会社にとって貴重な存在なのです。実際、チームを率いていないエキスパートも社内の尊敬を集めていますし、適正に評価され、職位や給与が上がる仕組みも整っています。
そもそもマネジャーのポジションの数には当然限りがありますし、苦手な人に無理強いしてもチームがガタガタになってしまいます。やはり人を育てるのが得意な人、好きな人にマネジャーになってもらうほうが、部下育成にも真剣に向き合えるはずです。
人に関心を持てることが良い管理職への第一歩
木岡:多様な人材がいるなかで、どんな人が管理職に向いていると思われますか。
四方:「人に関心がある」人だと思います。テクノロジーに関心がある人や、顧客との関係構築に関心がある人もいるなかで、メンバー一人ひとりに目を配ることができるのは、やはり人に強い関心があるからこそだと思います。
木岡:部下を育成できる人材はマメな人材が多く、当社でもそういう社員から新たな店長候補が生まれています。必要なタイミングで面談をしたり、メンバーそれぞれに合わせた目標設定をしたり、非常にこまやかな対応をしています。
四方:そうしたことができるかできないかは、実際にやってみなければわかりませんよね。そこで、私は人事として、どんな人であっても「まずはやってみよう」というメッセージを送っています。実際にやってみたら意外に向いていた、というケースもありますから。
実は私自身も、決して人を育てることが得意とは思いません。でも、得意ではないからこそ、自分の成長にとって、いわば修業の場。たとえば360度評価で、自分では思ってもいなかったフィードバックを受けたときには正直ムッとすることもありますが(笑)、自分が意図していなくても、周囲からはそう受け止められているという事実に変わりはありません。ならば、自分の行動をどう変えていけばいいのかを真剣に考えて努力します。
子育てを通じて親が成長していくのと同じように、いいマネジャーを目指すことは、貴重な成長のチャンスだと感じています。そうした成長実感を管理職が持てるような、さまざまな仕組みを用意するのも人事の役割だと思いますね。
現場を知り、個人を見てこまやかなサポートを提供
木岡:確かにそうですね。当社でも管理職やその候補者には、成長の機会を与えています。
たとえば寮長の経験は、店長になる前のトレーニング期間のようなものです。寮には毎週のように課題が与えられますので、寮会を開いて、寮生が協力して課題解決に取り組んでいかなくてはなりません。寮長は、その運営を通じてさまざまなマネジメントの経験を積んでいくことになります。うちの場合は、寮制度は福利厚生ではなく人材育成の重要なツールという位置づけなので、人事部内には寮の運営のための企画チームがわざわざ設けてあるほどです。
また、寺子屋制度の新卒配属店舗の店長は、店長の次の役職であるマネジャー候補者から選んでいる場合があります。新卒配属店舗ではメンバー一人ひとりに適切なアサインとサポートが必要になるため、店長の負担は極めて重いのですが、この経験がマネジャー予備軍としての成長の場になっています。
人事としては、現場の管理職が何に困っているのか、人事面での課題は何か、など、現場の深い理解が重要です。人事部のメンバーも皆、店舗での経験がありますから、ある程度現場感覚を持っていますし、事業長をはじめとして各事業の現場と頻繁にやり取りしています。
四方:人事が個々の管理職に対して何が足りないのかを見極めて、きめ細かく支援していくことは特に大切ですね。たとえばメンターをつけてみることをお勧めしたり、コーチングスキルなどを磨けるトレーニングの機会を提供するなど、さまざまな施策を組み合わせて、個別にサポートしています。そして、大事なことは、「管理職の役割をきちんと決めきること」だと思います。
人間は誰しも、ある程度経験を積んでくると、この経験を誰かのために役立てたい、後進に伝えていきたいという思いが、芽生えてくるものではないでしょうか。その思いを実現する術をマスターできていない発展途上の管理職はたくさんいます。人事としては、地道に彼ら一人ひとりをサポートし続けていくしかないのではないでしょうか。
Text=瀬戸友子Photo=平山諭