人事のジレンマ

異能を活かしたい × 組織の風土を守りたい

2016年02月10日

イノベーションなくして生き残れない。だからこそ、「異能人材を活かしたい」と考える企業は増えている。一方で、多くの日本企業は組織力で勝ってきたという自負があり、組織の一体感を支える風土や文化を守りたいという思いも強い。このジレンマについて、強い組織文化を持ちながら異能を取り込もうとする2社、アサヒビールの人事部長・杉中宏樹氏、パナソニックの人事労政部長・千松哲也氏と、監査法人内で自ら新事業を立ち上げた「異能」でもあり、大手とベンチャーの双方を知るトーマツ ベンチャーサポートの斎藤祐馬氏に語っていただいた。

斎藤:イノベーション創出のため、異能人材を取り込み、活用することについて、どうお考えですか。必要だとお思いですか。

杉中:必要だと思っています。我々は、もともと仲間意識の強い、団結力のある組織の力で戦ってきた会社でした。お酒の持つ力もあるのでしょうが、中途採用者もなぜか皆すぐに当社の風土になじみますし、自己都合退職率も年間1%と低い。それだけ「働きやすい会社だ」といえる半面、もはやこの数字を手放しで喜べる時代ではないとも感じています。
当社はまさに変革の最中にあります。ビールメーカーから総合酒類メーカーへ、内需産業からグローバル企業へと脱皮していくなかで、「ビール大好き」人間ばかりが居心地のいい組織であってはならないと危機感を抱いているところです。変革を創造できる人材が必要なのです。

千松:2000年前後から、家電業界はデジタル化とグローバル化の波に直面し、過去のビジネスモデルを踏襲するだけでは生き残れない厳しい競争の時代に入りました。当社では、実は既に1988年から「個の自立」という考え方のもと、異質・異能な人材を活かす、さまざまな施策を進めています。
最近では、異能人材を取り込むための「型破り選考」や大学時代の専門領域を問わない「全社チャレンジ選考」など、これまでとは異なる切り口の採用を始めています。また、今いる社員に対しては、社内公募制度の「eチャレンジ」、FA制度である「eアピールチャレンジ」などの仕組みを整備し、新しい領域への挑戦をサポートしています。

異能を活かす組織づくりに尽力

斎藤:異能人材も1人だけでは変人扱いされますが、5人いれば文化になります。だからこそ異能を発掘するだけでなく、その力を発揮できるように経営として彼らを支援していくことも大切です。異能を活かすために、どんな取り組みをしていらっしゃいますか。

杉中:事業領域が拡大するなか、今後はもっと外の世界に目を向けることが必要だという考えから、2007年より「武者修行研修」を始めました。組織の枠を飛び出し、他所で修行して来いというものですが、グループ内だけでなく、グループ外への派遣があるのも大きな特徴です。それまで縁もゆかりもなかった異業種の会社に、1、2年間、出向するのです。当初はとにかく外の世界を知ることを主な目的としていましたが、最近では、たとえばインターネットサービス会社に最前線のeコマースの手法を学びにいくなど、特定の目的を持って送り出すような取り組みも始まっています。

千松:品質重視の日本企業は、どうしても例外を排除する管理型のマネジメントになりがち。その意味で、異能人材活用において鍵を握るのは、事業部長や経営幹部です。そういうマネジメント層は成功体験を持つだけに、自分たちとは異なる能力や才能を抑え込んでしまいかねない。
そこで、2015年から力を入れているのがマネジメント改革です。処遇制度改革では、役割等級制度を導入して年功色の排除を、部課長研修では、個性を活かすマネジメントへの切り替えを進めています。
また、個々の社員が自律的にキャリアをマネジメントするための「キャリア&ライフデザインセミナー」の開催など、個人への働きかけも同時に行っています。とにかく、あの手この手で横並びをよしとする習慣を変えていく必要があるでしょう。

ことを成す人は熱量とスピードが違う

斎藤:何か新しいことを始めるときは、概ね9割の人が反対する。裏返せば、9割が反対するくらいだからこそ、新しいと言うこともできます。
ビジネスの立ち上げが難しいのは、新規事業は J カーブを描いて成長していくものだからです。最初の何年かは赤字続きで、そこを通り越してようやく黒字化していくものなのに、最初から既存事業と比較されてしまいがちです。でも、3年で芽が出なくても、5年続けていたら大化けしたかもしれないビジネスはきっとたくさんあるはずです。

杉中:経営としてどれだけ我慢できるかが問題ですね。

斎藤:異能人材を活かそうというなら、減点主義の評価ではうまくいきません。たとえば大企業と比べたら、ベンチャーはないもの尽くしです。資金もない、信用もない、優秀な人材の数も大企業のほうが多い。それでも、新しいビジネスを実際に形にしているのはベンチャー起業家です。平均点ではない彼らの個性、キラリと光るものをどれだけプラス評価できるかがポイントになります。
多くのベンチャー起業家を見てきた経験から感じるのは、ことを成す人というのは、熱量が高いということ。「これをやりたいんだ!」という自分なりのミッションを持っていて、熱量高く取り組むので、すぐに成果が出なくても2、3年であきらめたりしません。5年、10年やり続けることができます。
第二に、圧倒的なスピード感があります。調達した資金が尽きる前にビジネスを立ち上げなくてはいけないので、何よりもスピードを大切にしています。

千松:スピードを重視しているのは我々も同じですが、組織が大きくなるとどうしてもスピードが遅くなる。階層が多いので、決裁を仰ぐだけで数週間もかかったりします。

斎藤:近年、大企業とベンチャーとが連携する例が増えています。信用や認知度、販路ネットワークなど大企業が持つインフラと、熱量やスピード感などベンチャーの強みを組み合わせることによって、成功の確率が高まるからです。
我々トーマツ ベンチャーサポートも、野村證券、新興のベンチャーキャピタルの Skyland Ventures との3社共同で、大企業とベンチャーのマッチングを図る「モーニングピッチ」というイベントを始めました。2013年1月から毎週開催しているのですが、始動時にベンチャーと手を組んだからこそ、週に1度というスピード感が生まれたと感じています。その積み重ねが、数多くのマッチングの実績につながったのです。

時代と共に組織風土は変わるのが当たり前

千松:なぜ大企業は、うまく異能人材を活かせないのか。長い歴史のある組織は、どうしてもムラ社会になって淀みが生じてしまうからです。ムラの掟を守っていれば安全・安心で、掟を破る人はムラにはいられない。ムラ社会からいかに脱却できるかが問われています。
ムラが変われば掟も変わりますから、人事としては、なるべく組織間の人材交流を進めるなどして淀みを解消するように努めています。
ただし、抜本的な解決のためには、一人ひとりが行動を変えていくしかありません。自分のムラに安住せず、それぞれがどんどん外の世界に飛び出していくことが大切だと思います。

杉中:「多様性が重要だ」「革新的な人材が必要だ」と口で言うのは簡単ですが、そもそも何のために異能の人材が必要なのか、真剣に突き詰める必要があるでしょう。「自社のビジネスを成長させたい」という程度の漠然としたニーズでは、旧来の組織文化を破壊して異能を活かすところまで、行き着けないのかもしれません。まずは我々の求める異能とはどういう人材か、異能を増やすことによってどう変わっていきたいのか、危機感を持って明確に描き出すことで、ようやく本気になって異能を活かすための改革に取り組めるような気がします。

斎藤:大企業は、創業以来歴史的に築いてきた強固な組織と独自の文化を持っています。お二人は間違いなく会社の強みでもある組織文化を守ることと、異能を活かす環境を整えることにジレンマは感じませんか?どちらを優先するのでしょうか?

杉中:あらゆる企業活動の原点に経営理念があります。我々にとって大切なのは、世界中の人々に、感動していただける商品やサービスを提供し続け、その感動をお客さまとわかちあいながら成長を続けること。そのビジョンを実現するために、異能人材の活躍が必要であるならば、組織文化が変わっていくことに何も問題はないと考えています。

千松:まったく同感ですね。人々のよりよい生活、よりよい社会の実現に貢献することが、いつの時代も変わらない我々の使命。そのためにも、より多様な人材が活きる風土に変わっていくべきだと思います。
旧来のムラ社会の掟に囚われるのは、生活習慣病を患っているようなもの。ここから回復するには、日々の行動を変えることが必要です。制度や仕組みを整えるだけでなく、あらゆる場面で、「人と違っていい」というメッセージを発信するようにしています。最近は、失敗を恐れず取り組んでいこうという話をよくしますね。1つの成功の陰には、いくつもの失敗が隠れている。そういう糧となる失敗を表彰するような取り組みができないかと考えています。
そうした小さな働きかけも含めて、いろいろな施策を地道にやり続けていくしかないと考えています。

Text=瀬戸友子Photo=平山 諭