世帯動態と労働投入量(1)――世帯のあり方と労働投入量の関係についての論点整理
本コラムを皮切りに、「世帯動態と労働投入量」と題した複数のコラムを通じて、世帯動態の変化が労働投入量に及ぼす影響について、大規模なミクロデータを用いて実証分析していく。ここでいう世帯動態とは、世帯の人員数や世帯員の年齢構成の変化を示す。本コラムでは「『令和の転換点』の研究」プロジェクト(以下、本プロジェクト)での論点を「世帯のあり方と労働投入量の関係」へと再整理する。
世帯動態と労働投入量の関係性に着目する
本プロジェクトでは、人口動態と労働力不足の関係を考えるうえで、高齢化の進展や世帯あたり人員数の減少といった現象が要因となって、生活維持に必要な労働投入量が増大するという仮説を立ててきた。
直感的に、高齢化が生活維持に必要な労働投入量を増大させるメカニズムは考えやすい。2000年代以降の日本では高齢化が大きく進み、同時に「医療、福祉」における就業者数が増大してきた。人から人へのきめ細かいサービスを必要とする当該産業は、第2次産業などと比較して労働集約的である。そのため、「医療、福祉」での就業者の構成割合が高まると、単位総生産額(単位GDP)に必要な労働投入量が増す(=労働生産性が低下する)と考えられる。
もう一つの要因として挙げた世帯あたり人員数の減少については、本プロジェクトにおいて「なぜ人口が減っているのに、労働需要が減らないのか」などで論じてきた。世帯あたり人員数が時系列的に減少することで世帯あたりの消費支出額が低下したが、世帯数の増加が寄与し国全体の消費支出額は微増した(同コラム 図表7)。
ただ、消費支出額の拡大が労働投入量の増加に直結するとは限らない。時間あたり労働生産性(=GDP/総労働時間)が高まれば、家計の総消費支出額(=GDP)が拡大しても労働時間を圧縮することができる。しかしながら、高齢化の局面においては労働集約的な産業の構成割合が拡大することによって国全体の労働生産性は低下する可能性がある。
さらに、世帯あたり人員数の減少もまた、労働生産性を低下させる要因になりうる。世帯人員が減少することでこれまで家計内で担われていた家事が外部化される可能性があるからである。例えば、食材を買って調理していたのを外食や中食などで賄う、あるいは育児や介護といったケアについて保育や介護サービスを利用するといったことなどが考えられる。
分析の枠組みと使用するデータ
世帯における人員数や年齢構成の変化が労働投入量に及ぼす影響を考えるといっても、分析はそれほど簡単ではない。なぜなら、世帯あたり人員数や年齢構成が変化するのと時期を同じくして、就業にかかる制度や環境も大きく変わってきたからである。
本プロジェクトに関連する大きな制度の変更として、2000年の介護保険法施行が挙げられる。介護保険制度が整備されたことで介護市場が大きく広がり、「医療、福祉」の就業者数が増大することにもつながった。そもそも、介護保険制度は「核家族化の進行、介護する家族の高齢化など」(※)世帯をめぐる状況の変化に対応して整備された面があるのだが、世帯の実態的な変化に対応すべく整えられた法制度によってさらに世帯動態が変化してきたと見ることができる。
一般に、世帯動態が労働投入量に急激な変化を及ぼすとは考えにくい。世帯動態自体が徐々に変化するものであり、また制度の変更やそれに伴う環境の変化も少しずつなされていくからである。そこで本プロジェクトでは、政府が実施してきた大規模な統計調査をもとに、長期的な変化を観察することとした。
本プロジェクトでは総務省が実施する「全国消費実態調査」「社会生活基本調査」「就業構造基本調査」の3つの調査を組み合わせ、1990年前後から2015年前後までの四半世紀にわたる変化を観察していく。「全国消費実態調査」は世帯と消費の関係を、「社会生活基本調査」は世帯における時間の使い方を、「就業構造基本調査」は世帯の就業のあり方をそれぞれ観察することができる。
図表 本プロジェクトで用いる統計調査とその実施年
※図中の〇は当該年に調査が実施されたことを示す
各々の調査だけでも得られる情報は多いが、さらに同時期に実施された調査間の情報をつなぎ合わせることで世帯のあり方が仕事、消費と余暇それぞれの要素間でどのように影響を及ぼし合ってきたのかを観察することができる。例えば、介護保険制度によって介護サービスが受けやすくなるなかでこれまで介護に従事していた家族が労働参加するといった変化、あるいは労働参加率が上がり就業時間が伸びるなかで余暇を確保するために家事を代替する財・サービスの消費が増えてきたのかなどである。
次のコラムより、個別の統計調査による観察を積み重ねつつ、3要素各要素間の関係についても論じていく。
(※)厚生労働省「日本の介護保険制度について」https://www.mhlw.go.jp/english/policy/care-welfare/care-welfare-elderly/dl/ltcisj_j.pdf(2024年11月15日取得)
小前 和智
東京理科大学理工学部工業化学科卒業、京都大学大学院工学研究科合成・生物科学専攻修了後、横浜市役所などを経て、2022年4月より現職。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。