社員と部署のトップが直接交渉 DeNA、社員主導の異動制度
ITを軸としたエンターテインメントやスポーツ、ヘルスケア・メディカルに関する事業を手掛けるディー・エヌ・エー(以下DeNA)は、業務時間の一部を他部署の仕事に充てられる社内副業制度「クロスジョブ」や、社員が希望部署の責任者と直接交渉し、同意に至れば人事・上司を通さずに異動できる「シェイクハンズ」など、社員主導で異動できる仕組みを導入している。人事責任者に導入の経緯や、社員自身が働く部署を選択できることのメリットなどを聞いた。
◆髙橋 直人 氏
株式会社ディー・エヌ・エー ヒューマンリソース本部人事総務統括部 統括部長
◆遠藤 舞子 氏
同 ヒューマンリソース本部人材企画統括部 組織開発部 部長
働き手の意志と情熱に応える 公募からシェイクハンズへ
DeNAは2017年、「働く人の意志や情熱を重視し、自律的なキャリア形成を後押しする」ための大規模な人事制度改革をスタートさせ、シェイクハンズとクロスジョブを相次いで導入した。シェイクハンズを始める前も一般的な公募制度を設けていたが、現場と人事で複数回の選考を行い合格率も10%台後半に留まっていた。本人がいつでも自由に現場とダイレクトに接触するシェイクハンズへと衣替えすることで、異動のハードルを下げようとしたのだ。
シェイクハンズは社員本人が異動希望先の本部長と面談して合意に至ったら、合意書を取り交わして人事に提出する。人事と所属部署の上司は、この時点で初めて異動を把握することになる。その後1週間程度、所属部署と本人が話し合う期間を設けた後、人事委員会が異動を承認する。話し合いの期間は、所属部署が異動に「待った」を掛けるラストチャンスでもあるが、こうした説得や人事委員会の決定によって、異動が覆った例はないという。ただ欠員補充などのために、実際の異動日まで最長半年の調整期間を設けることができる。
双方が合意に至らないケースもある。ただ面談で「あなたのスキルとポストに求めるスキルはちょっと違いますね」といったスキルや条件、適性のすり合わせが行われるため、社員も異動できない理由がある程度わかって、納得感を得やすいという。
「公募では合否だけが応募者に通知され、改善点などのフィードバックはありませんでした。これに対しシェイクハンズは選考というより『お見合い』に近く、面談そのものがフィードバックの役割も果たしうるのです」(髙橋氏)
一方、クロスジョブのきっかけは社員から「副業を解禁してほしい」との要望があったことだ。同社にはゲームやヘルスケア・メディカル、(野球やバスケ等)スポーツなど多彩な事業が存在するため「社内外を問わず、社員に『新しい仕事にかかわりたい』というニーズがあるなら、応える仕組みを設けるべきだと考えました」と当時、制度づくりに携わった髙橋氏は振り返る。クロスジョブは、利用者が数カ月の期限つきで別の仕事を兼務することもあれば、興味のある仕事にまずクロスジョブでかかわり、マッチングがうまくいったらシェイクハンズで異動するという「お試し期間」として使われることもある。
人材流出に戸惑いの声も 異動者の活躍が制度定着に貢献
シェイクハンズの開始当初は、管理職側から「今部下に抜けられると困る」といった困惑の声が上がった。人材が去ることで、部署にマイナスイメージがつくことを心配する上司もいた。複数の社員が相次いで異動した部署から「また人が出ていく」という悲鳴のような声が上がったこともある。また部内で「将来のリーダー候補」と目されていた人材が「別の仕事を経験したい」とシェイクハンズを利用するなど、会社の思惑と本人の意志が食い違うこともあった。
しかし「部署を移ることで、社員が最大限能力を発揮できるなら異動はやむを得ない。むしろ現在の職場がなぜ、その人のモチベーションに火をつけられなかったのかを考え、以後のマネジメントに活かすべきだと考えました」と、髙橋氏は説明する。人事部門も、全本部長に部門ごとの人材流出と流入の数を共有するなど情報を積極的に開示し「流出側と流入側、双方が『制度はフェアに運営されている』と納得できる状況をつくることに努めました」。同社は会社主導の異動も通年実施しているが、毎年二桁の人数がシェイクハンズによって異動している。ここ1~2年は、クロスジョブを含めて社員主導の異動を使う人は増加傾向にある。
自らの希望で異動した社員は総じて仕事への意欲が高く、それに見合った成果も出しているという。彼ら彼女らの活躍で、制度のメリットが全社的に意識されるようになり、定着に向けた取り組みの推進につながった。遠藤氏は「社員の自発的意志が起点なこと、面談を通じて異動先の業務に対する理解が深まり『想像と違う』という認識の齟齬がなくなることが、ポジティブな結果につながっていると感じます」と話し、今ではシェイクハンズが成立した際には、所属部署の上司が気持ちよく背中を押すようになっているという。
募集ポストの情報を提供し、マッチングを強化
2020年には、社員と部署のマッチングを促す仕組みとして「オープンクエスト」というサイトもオープンさせた。それまでも募集中のポストを一覧にした表は公開していたが、部署によって記載内容にばらつきがあるなど、使い勝手がいいとは言えなかった。このため外部の求人サイトなども参考に、「募集ポストでは何ができるか」「どんな人を求めるか」など項目を整理し、内容を充実させた。異動希望者がポジションに「like」をつけると担当者に通知され、直接やり取りできる機能も付加した。
2022年には、部署側から特定の社員へピンポイントに「このポストに応募しませんか?」と招待を送ることも可能になった。人材を他部署に奪われるだけでなく、獲得する手段も提供することで、人材流出の不満を抑える効果も狙っている。募集中のポストをPRするイベント、「オープンクエストラウンジ」も定期的に開かれ、毎回100人前後の社員が参加している。ランチタイムなどに1時間程度、部署のメンバーが登壇して募集中のポストについて「熱く」語るのだ。「パネルディスカッションをするなどさまざまな工夫を凝らし、『一緒にやりませんか?』と高い熱量を持って呼びかけることで、見ている社員の気持ちに働きかけます。各事業の内容がわかるので、異動を考えていない人もよく参加しています」(遠藤氏)
また人事部門は「キャリア相談窓口」を設け、異動を迷っている人にアドバイスしたり、キャリアの棚卸しを手伝ったりしている。相談の際は、オープンクエストを見ながら「こういうポストも合うのでは?」といったやり取りを交わすこともあるという。社員主導の異動において、人事部門が選考や面談に介入したり、合否に関与したりすることは基本的にない。人事はあくまでキャリア相談窓口での対応やオープンクエストの運営など、裏方であり求められた時の相談相手というスタンスだ。
会社主導で能力開花するケースも
遠藤氏は制度の課題として「潜在的な異動希望者」の存在を挙げる。
「今の仕事に物足りなさを感じていても、『上司の期待を裏切りたくない』などと、シェイクハンズの利用をためらう人もなかにはいると思います。今いる部署の環境改善ややりがいのある仕事のアサインなどを通じて、こうした人にもモチベーションを高めてもらう必要があります」
また髙橋氏は「会社主導の異動にもメリットはある」と指摘する。上司が部下にヒアリングを重ね、意志に沿った異動を円満に実現させることも可能だからだ。遠藤氏も「会社主導の異動は、社員をいろいろな打席に立たせてチャレンジさせたいという企業風土の表れでもあります」と語る。髙橋氏は「『あなたに向いていると思うからやってみないか』という会社からの提案に応じ、能力が開花した例もあります。会社主導と本人主導、両輪でキャリアを築ける状況が望ましいのではないでしょうか」と話した。
社員と会社、いずれが異動を主導するにしても、成否のカギを握るのは会社側が本人の意志を尊重し、快適な職場とやりがいのある仕事を提供できるかどうかだ。そのためには現場の上司が、部下の意志をきちんと聞き取ることが大前提として求められる。
同社では人事管理のサポート役としてHRBPが各事業部に配属され、必要に応じて社員の面談なども行っている。個々の社員をより深く理解する上でも、現場の管理職とHRBPの連携による人材マネジメントは、今後ますます重要になりそうだ。
聞き手:千野翔平
執筆:有馬知子