個人選択型異動の現在地
これまで企業主導型で行われてきた配置転換、すなわち異動が変わろうとしている。昨今、個人選択型による異動の仕組みの一つであるジョブポスティング制度(社内公募制度)を導入した一部の企業では、企業主導型の異動を「異動は原則個人の手挙げ」とした個人の主体的なキャリア形成を尊重する人事施策へと移行させている。
4割の企業がジョブポスティング制度を導入
そもそもジョブポスティング制度は、会社や人材を必要とする部署が任せたい仕事やポストの要件を明示し、社員から手を挙げて応募してもらった後、応募者のなかから、会社が最も業務に適していると思われる社員を選抜する仕組みである。リクルートワークス研究所(2022)の調査結果によれば、ジョブポスティング制度は約38%の企業で導入され、そのうち約32%が「役に立っている制度」と回答している(図表1)(※1)。
図表1 個人選択型異動の仕組み
以前は企業主導型異動が一般的であったが、なぜ4割の企業ではジョブポスティング制度を導入しているのだろうか。その背景には、個人の専門性を重視する中途採用の拡大や成果主義の下でこれまで以上に能力の発揮を求められるようになったにもかかわらず、仕事内容や配属先を自分で決められない不合理が、社員のモチベーション低下を招いていることがある。
探索期、拡大期にあるジョブポスティング制度
実際に、ジョブポスティング制度を導入した企業ではどのように運用されているのだろうか。今回のヒアリング調査をもとにして、年間異動者のうちジョブポスティング制度による異動が占める割合を縦軸に、人事の介入の有無を横軸に整理したところ、3つのパターンが見えてきた(図表2)。
図表2 ジョブポスティング制度を導入する企業の運用パターン
第1のパターンは、年間異動者のうちジョブポスティング制度による異動は5%未満という消極的な群である。この群は制度を導入しているが、会社主導型異動が主流のため公募人数(ポスト人数)も多くない。第2のパターンは、制度による異動が5%から30%未満の比率で、ジョブポスティング制度による異動比率を高めている探索的な群である。そして第3のパターンは、ジョブポスティング制度による異動率が30%を超える、積極的な群である。
各パターンの特徴は次の2点である。第1に、パターン1(消極的な群)からパターン3(積極的な群)に行くにしたがって、応募タイミングは年間いつでも「常時」可能に、選考結果の詳しいフィードバックもある状態へと整備されている点だ。第2には、パターン1(消極的な群)とパターン2(探索的な群)については人事介入と現場主導の双方、パターン3(積極的な群)については現場主導といったように、誰がジョブポスティング制度の運用にかかわるのかについて違いが見られる点である。人事の介入は、手挙げした本人の異動意欲が人事部に漏れることを恐れ、応募意欲が下がるという懸念が生じる一方で、社員の成長やキャリアの観点からの支援を可能にするプラス面もある。ジョブポスティング制度による異動比率が高い(パターン3)場合は、人事部に代わる第三者からのキャリア支援をどのようにして確保するのか今後検討する必要がありそうだ。
ジョブポスティング制度のほうが職務内容の変化が大きい
では、実際にジョブポスティング制度で応募した人は、どのようなキャリアを実現しているのだろうか。図表3は、異動前後でどの程度、職務内容に変化があったのかを集計したものである。その結果、ジョブポスティング制度の異動では、部をまたいだ異動で、職務内容が「まったく異なる」割合は57.6%であり、企業主導型異動よりも10%ポイント以上高いことが示された。部をまたいだ異動においては、ジョブポスティング制度のほうが職務内容の変化が大きく、異動した個人はこれまでとは異なるスキルや経験を活かしたり獲得したりできる可能性が高い。ジョブポスティング制度は、企業主導型異動にくらべて非連続な異動をより多く実現していることがわかる。したがって、個人選択型異動のほうが一人ひとりの非連続なチャレンジ機会を提供していると言えそうだ。
図表3 異動先と職務内容の変化 ※単位=%
ジョブポスティング制度の課題
こうした企業主導型から個人選択型への異動システムの切り替えや拡大といった流れは、人材マネジメントの仕組みに直結するため、事業の戦略に合わせた適時・適所・適材な人材配置が難しくなる恐れが指摘されている。ヒアリング調査でも、ジョブポスティング制度ゆえの課題が浮かび上がってきた。それらの課題に対して各社がどのように対処しているのか、そのポイントを整理した(図表4)。図表4にある7つの課題とその対処法の詳細については、「『個人選択型異動』入門」をご参照いただきたい(※2)。
図表4 ジョブポスティング制度における7つの課題とその対処法
ここまで、個人選択型異動のなかでも最も多くの企業で導入されているジョブポスティング制度の実態とその課題を確認してきた。今日のジョブポスティング制度はさまざまなパターンで運用されていること、また部内であったり、部をまたいだりする異動においては、個人の意思による現在とは異なる職務内容へのチャレンジを広げることが示された。しかし、ジョブポスティング制度の運用やその効果を十分に得るためには工夫の余地はまだ残されていると言えよう。
そこで、次回以降のコラムでは、個人選択型異動を導入する企業の具体的な取り組みを見ていく。企業事例のなかから、自社に合ったジョブポスティング制度のあり方を探ってもらいたい。
※1 リクルートワークス研究所(2022)が従業員300人以上の企業に勤める個人に行った「異動に関する個人意識調査」による
※2 次のリンクをご参照ください。リクルートワークス研究所(2022)「『個人選択型異動』入門 ジョブポスティング制度のすすめ」