土井香苗氏 NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表、弁護士
世界最大の民間の人権保護団体であるNGOヒューマン・ライツ・ウォッチは、1978年の設立以来、世界中の虐げられている人々の権利と尊厳を守るため活動してきた。現在、約90カ国の人権状況を常に監視し、人権侵害国に圧力をかけ、世界各国の政府に政策提言を行っている。その日本支部の代表を務めているのが土井香苗氏だ。2008年に自ら日本支部を立ち上げ、その代表に就任して以来、国際人権保護活動に尽力。日本政府に働きかけて国連に北朝鮮の調査委員会を設立させるなど数々の実績を残してきた。世界の人権問題に立ち向かう土井氏のリーダーとしての能力はどのように育まれてきたのだろうか。
虐げられている人を支援したい
運命を決定づけた1冊の本
土井氏は、現在取り組んでいる国際的人権養護活動を志した原点のひとつとして、中学時代の1冊の本との出会いを挙げている。難民支援活動家である犬養道子氏が書いた『人間の大地』。初めて紛争、難民、飢餓、南北問題などで苦しんでいる人たちの存在を知り、将来彼らを助ける活動がしたいと思った。しかし当然ながら『人間の大地』を読んだのは土井氏だけではない。なぜその後の人生を決定づけるほどの衝撃を受けたのだろうか。
中学生のときに、初めてイギリスにホームステイに行きました。2~3週間という短い間でしたが、そのとき、ヨーロッパ中から集まって来た子どもたちと交流して、世界にはいろいろな人がいるのね、ということを初めて体感したんです。そのとき以来、国際的な仕事がしたいなと思い、「あなたの将来の夢は?」と聞かれたとき、取りあえず「外交官」と答えていたんです。でも、犬養道子さんが書いた『人間の大地』を知って、「ははあ、なるほど」と。国際的な仕事であれば何でもいいという話ではなくて、犬養さんのように虐げられている人を支援したいと、自分が就きたい職業が絞り込まれていったのです。
今のような仕事をしているくらいですから、子どもの頃からたぶん正義感は強い方だったんだと思います。だけど私はアンパンマンのような正義の味方になるぞ!というような子どもではなかった。心の中に正義感みたいなものはあったけれど、正義感を振りかざしていくタイプではなかったんです。勉強では優等生でしたけれども、みんなの前に出て何かやろうという積極性はまったくありませんでした。
今でもよく覚えていますが、小学校でいじめがあったときも、とにかくいじめられている子がすごくかわいそうだと思うと同時に、自分がいじめられたらどうしようって、どちらかというとすごくびくびくしていた方でした。
そんな土井氏が今では人権を侵害している国に対してやめるように勧告するといういわば国際的に「正義感を振りかざす」仕事をしている。きっかけとなったのは大学4年生のときピースボートの一員として船旅をし、その延長線上のプロジェクトとしてアフリカの新独立国であるエリトリアで、司法ボランティアとして活動したこと。世界各国の法律のリサーチなど、新しい国の法律づくりに貢献した。このときの経験が土井氏をリーダーたらしめる上で大きく影響している。
ピースボートのやり方のすごいところは、どんな人の力でも使ってしまう、というところなんですよ。それはいわゆる一般的な会社とか学校とかと、まったく逆のやり方ですね。学校や会社では、基本的に上から命令されたことを素早く正確にやれる人が高く評価されますが、ピースボートは全然違いました。
あの船に乗っていると、毎日企画会議みたいなものが行われていて、乗船している人は誰でも参加できて、「こんなことがやりたい」と発言して、その場にいる人を納得させることができれば実際に企画を立ち上げることができるんです。そうやって企画を立ち上げて人々を集めて自分のやりたいように転がしていくのがうまい人が、ピースボートにはたくさんいて、すごいなと思いました。これがリーダーシップというものを初めて間近で見て、学んだ経験だと思います。中学・高校・大学までは、やっぱり命令や指示にいかによく従うかということが物差しだったので、それはびっくりしました。
エリトリアに行ったとき、私一人だけではなくて、ピースボートの創設者の一人、吉岡達也さんと一緒に私のサポートチームみたいなものをつくったんです。チームができていろいろやらなければならない仕事が増えて、結構忙しくなりました。当時大学生だった私が独りでエリトリアに行っても日本の法制度を紹介するには不十分だろうということで、政府から資金援助してもらって日本の法律家を2~3名エリトリアに連れてくるとか、そんなプロジェクトをいくつか進行させていました。
そのとき人々に無償で動いてもらうということも初めて経験しました。なるべく多くの仕事を人に振らないといけないんですけど、どのようにして喜んで引き受けていただくかということを本当に初めて考えました。これが私のリーダーとしての原体験ですが、とてもいい経験でしたね。
たとえ偶然、たまたまであったとしても、自分がリーダーになって実際に人を引っぱっていったという実体験、チームを束ねて率いる責任者の地位を身をもって経験したということが、いろいろな意味で私のリーダーシップを磨いてくれた。そういう立場にある日突然おかれたことがすごくよかったと思います。
また、吉岡さんというピースボートのリーダーがいてくれたこともよかった。彼は人を巻き込むことがすごくうまい。ある意味私も巻き込まれちゃった。元々は単に私一人でエリトリアに行けばいいと思っていたのに、なぜかチームのリーダーになっちゃって、いろいろプロジェクトを立ち上げなきゃいけなくなり大変になってしまった。そのおかげで私のリーダーシップ・スキルは少し磨かれました。そういうものじゃないんですかね、人を巻き込む人というのは。巻き込まれた方は「大変になっちゃったよ、こいつのせいで」と思う。しかもお金ももらえるわけじゃない。でもなんか憎めない。彼は本当にそういう人でした。
うまく巻き込むためには、当たり前のことなのですが、何かをやってくれたら「ありがとう」とちゃんと感謝をすることが非常に重要です。人間誰でも感謝をされると嬉しいものですよね。だからアスク(ask)とサンク(thank)、これがセットであるということはまず大原則だと思いますね。
リーダーにとって重要なのは
大勢の人を巻き込む力
土井氏はヒューマン・ライツ・ウォッチの日本代表に就任して以来、スタッフを率いて政府への政策提言やメディアへの情報発信、資金調達など国際人権擁護活動を推進してきた。国際人権擁護という大きな問題に立ち向かうためにリーダーとしてどのような能力が必要とされるのだろうか。
リーダーシップとは目標を設定して、それに向かって人を引っぱっていける能力だと思っています。なかでも、一番重要なことはどのようにして人を巻き込めるか、ということなのかなと思っています。私のやっているような分野では、お金で人材を集めることはもちろんできないので、人の力をどれだけうまく引き出して、それを有機的に結合させて前に進めることができるか、という能力が問われるでしょうね。
そのためには、やはり掲げている目標・目的が正しいというか、みんなが共感してくれるようなものでないと誰も巻き込めません。それは絶対に重要です。あとはどのようにして人を巻き込むか。戦略は、立てていないように見えて、いろいろ立てています。偉い人と一緒にやる時のやり方もあれば、一般市民をたくさん巻き込むやり方もある。ポイントとなるのは人間観察でしょうか。この人はこういうふうに言ったら、一緒に動いてくれるのではないか、と考えながら話すようになりました。
土井氏たちが取り組んでいるような活動は、まず、どのような政策を作るか、誰にそれを持ちかけるか、その人たちが行動をしたくなるようにするにはどのような状況を作り出せばいいか、という多くの人を動かすまでのプロセスを考えて戦略を練り、実行することが重要だ。しかしもっと重要なことがあるという。
国の制度を変えるような活動の場合、取り組んだことがすぐ成果となって現れるものではありません。あるとき突然ブレイクスルーがくるのですが、それまではいつまでも、成功していないように見える。つまり、リーダーの能力で重要なのは、いい戦略を持ち、実行することはもちろんですが、それにプラスして必ず実現できるという信念を持ち続けることなのです。
どのような困難な状況でも、「リーダーがちゃんと戦略を裏支えしてくれて、希望を持っている限り実現できるんじゃないか」と、周りのメンバーやスタッフが思うことが、社会変革を起すために絶対的に必要なことだと思います。逆にいえば、メンバーやスタッフにそう思ってもらえることがいいリーダーの条件といえるでしょうね。
私は、結構慎重派なので、この目標の実現は難しいんじゃないかと信念が揺らいでしまうこともないわけではないですが、絶対にそれを表に見せてはいけないんです。リーダーが希望を失ったら、変革は起こらない。
支援してくれる人たちには、自分の不安や心の揺らぎをなるべく見えないようにしないといけないと思っています。プロジェクトの途中で彼らが「このリーダー、今心が折れそうなのかも」と感じたら、不安になってしまいます。とにかく彼らを不安にさせないために、いつも「この人は何か自信を持っている」というふうに見せ、見せるだけではなく、自分自身が本当に自信を持たないといけない。自信というのはどれだけ努力したか、ということと、その努力をした自分を信じられるようになる、ということだと思います。だから頑張って努力をする。いい戦略を立てて、それを実行するということに尽きる、と思います。
信念が揺らぎそうになるとき、一番効くのはやっぱりいいサポーターというか、いい同僚、仲間ですよね。最終的には支え合うことが必要です。私たちが相手にしているのは国家というあまりにも大きい存在なので、孤独では絶対にくじけてしまうと思いますね。
親からの強い抑圧から
爆発的なエネルギーが生まれた
高校時代、国際協力関係の仕事に就きたいと思っていた土井氏。しかし、親の「弁護士になれ」という強い圧力に抗えず東京大学文科Ⅰ類に入学。その後も親の抑圧は続き、限界を感じた大学2年生のとき妹と家出。アルバイトと司法試験の勉強の日々を送り、在学中に司法試験に合格。その後エリトリアに行き、そこで初めてリーダーを経験し、リーダーシップの基礎を築いたわけだが、エリトリアに行った経験も元をただせば親の存在が大きいという。
うちの親が「弁護士になれ」と言ったとき、私は弁護士には全然興味がなかったのですが、まだ学生だったので逆らえなかった。でも、内心では反骨精神がもりもりと大きくなっていきました。大学2~3年生っていったら、みんな好きなことをやって青春を謳歌している時期。そんなときに司法試験の勉強なんかやっていたら、本当にみじめですよね。だから当時は「なんでこんな苦しいことをやらなきゃいけないんだ」と鬱屈した思いを抱えていました。
当時は親の抑圧がひどくて全然自由がなかったのですが、大学2年生のときに家出をしたことで自由を得ると、これからはいろいろと好きなことをやろうという気になりました。「司法試験が終わったら、絶対好きなことをやってやる」とも思っていたのです。そんな思いがマグマのように溜まりに溜まって、司法試験が終わったとき、爆発的なエネルギーが出てエリトリアに行った。そこで新しい人生が開けた。もし親があそこまで抑圧的でなければ、私もわざわざエリトリアまで行かなかったんじゃないかなという気はします。
そしてエリトリアではなりゆきでリーダーになりました。誰かに「リーダーになりなさい」とか「お前には使命があるよ」と言われたわけでもない。私自身がリーダーになるために何かしたということもなかったです。まず自分がエリトリアに行きたかったから行きたいと意思表示した。行くことになったらチームができてリーダーになった。やってみたらいろいろコツも分かり、反省点もあり、おもしろくもあり、それがコロコロと転がり出したのです。
ですから正直に言うと、私の場合はやりたいことをやっていたら、リーダーという係もセットで付いてきちゃったという感じの、本当になりゆきで生まれた偶然的なリーダーなんだと思います。偶然生まれました、としか言いようがありません(笑)。
もし、ものわかりのいい親のもとに育ち、少しずつやりたいことをやっていれば今とは全然違う人生になっていたと思います。例えばアフリカには中学、高校ぐらいから行きたいと思っていたのですが、親が「いいよ、1カ月ぐらい行ってきなさい」と許可してくれて行っていたら、たぶんもうそれで満足してエリトリアなんかには行かず、今頃は大企業のいわゆるキャリアウーマンになって、それなりに満足した人生を送っていたかもしれないですね。
だから私が今こうしてあるのは、親のおかげだとも思うんです。ある意味反骨精神ばかりが育ってしまうような逆境的な家庭環境に育ち、かつ私自身が雑草的な人間であったために、誰も助けてくれなかったから自分でやった、その結果として、いま、ある分野におけるリーダーとして活動している自分がいるのだと思います。
TEXT=山下久猛 PHOTO=鈴木慶子
プロフィール
土井香苗
1975年神奈川県生まれ。
96年、東京大学法学部3年生のとき司法試験に当時最年少で合格。97年5月から、NGOピースボートの一員として、アフリカで一番新しい独立国エリトリアに司法ボランティアとして赴き、調査員としてエリトリア法務省で働く。98年東京大学法学部卒業。2000年弁護士登録。普段の業務の傍ら、日本の難民の法的支援や難民認定法改正に関わる。06年にHRWニューヨーク本部のフェロー、08年9月から現職。紛争地や独裁国家の人権侵害を調査し知らせるとともに、日本を人権大国にするため活動を続ける。