税所篤快氏 国際教育支援NGO「e-Education」創業者

2015年02月06日

弱冠20歳で単身バングラデシュに渡り、同国初の映像授業「e-Education Project」を立ち上げ、以後4年連続で貧困地域の高校生を国内最高峰ダッカ大学に入学させるという偉業を成し遂げた税所氏。現在はバングラデシュ教育省と連携し同国全土へのe-Educationの普及を目指す一方で、さらに五大陸でe-Educationを拡大するプロジェクトを推進中だ。日本人の若者としては規格外の人物を作り上げたものは何なのか。税所氏を突き動かすものとは。

仲間やメンターのおかげで
継続できた

ーバングラデシュの貧困層の子どもを同国最高峰の大学に入学させるという今まで誰も考えもしなかったことにチャレンジし、成果を挙げた税所氏はさらに現在、その活動を世界中に広げようとしている。しかしこれまで何度もこのプロジェクトを本当にやめよう、やめたいと思ったこともあったという。それなのに現在に至るまで続けてこられた理由は何なのか。

1つはやっぱり「1人じゃなかった」っていうことが大きいと思うんですよ。支えてくれるチームメンバーの人たちに加え、バックアップしてくれるメンターなど、結構頼りになる面々がいてくれたおかげで今があると思っています。具体的にはこのe-Educationをバングラデシュでスタートするときに、2つの出会いがあって。1人が現地リーダーのマヒンで、もう1人が早稲田大学の先輩で三輪開人さんです。僕はやっぱり熱しやすく冷めやすい人間なんですよね。だから最初に企画を立てるんだけどちょっとうまくいかないとすごくモチベーションが下り坂になるんですよ。そんな時、三輪さんはすごくバランス感覚のいい人で、オペレーションが得意だからそういう面で力を発揮したり、マヒン君は自分の国のことだから1回やり始めたらやめられないのですごいモチベーションをずっと高く維持できた。だから僕自身のモチベーションが下り坂になったり、もうあきらめようかなと思ったときでも、乗り越えられてきた部分があったのかなと思っていて。この3人だったからこそ、この5年間をうまくやってこれたということが絶対にあるんですよね。

なぜチームになったのか。それは、僕自身がリーダーとして企画書を一人で書いて、お金も全部集めてきて、っていう全部できるタイプじゃなかったからということが大きいと思います。僕ができるのは最初に企画を立てて切り込み隊長的に突破していくことだけ。高校生のとき出会ってからずっと師事し、e-Educationの創業期からお世話になっている一橋大学の米倉誠一郎教授には「おもしろいことを見つける嗅覚がすごい。だからお前は猟犬だ」と言われたんですね。世界の中でおもしろいテーマとか切り口を見つけて、そこで何かすごく独創的なプロジェクトを立ち上げるのは結構得意です。

それを自覚したのは、バングラデシュでe-Educationをスタートするときに「バングラデシュのドラゴン桜」と初めにテーマを付けたことですかね。他にもごまんとNGO活動がある中で、僕らのやりたいことをどのようにしてみんなに分かってもらって、応援してもらうかということはすごく重要じゃないですか。そのためにうまくストーリーを作って、現地の人のためにもなるということを伝えるためには、やっぱり「バングラデシュのドラゴン桜」っていうのはひとつの物語としておもしろいし、日本人にはわかりやすい。このテーマを付けたとき、これならいけるかもって思いました。後にe-Educationがささやかな成功を収めることができたのは、このおかげだったのかもしれませんね。

突破力と独創性を武器にプロジェクトを立ち上げ、ある程度道筋が見えたと思ったらまた別の新天地へ向かう税所氏。たとえばバングラデシュの後は、ヨルダン、ルワンダと仕事を現地パートナーに託しながらどんどん新規開拓をしていく。その後『謎の独立国家ソマリランド』(高野秀行著)という本でソマリランドに興味をもち、いても立ってもいられず現地へ行こうと決意するも三輪氏や米倉先生に強行に止められ一度は断念。しかし、2014年4月再度、ソマリランドへ降り立ち、大学院設立に挑戦している。

初めは夢中になってプロジェクトを立ち上げるんだけれど、なにかのきっかけで違う地域が気になってきて、すぐそっちに行こうとするわけですよ。そうすると今やってるプロジェクトが大変になるので、三輪さんや周りの人が今は絶対に行くなと言って止めたり、それでも行くので「ああもう大変だ、新しい人を入れないと」ということになってしまったり。本当に迷惑な男だなと自分でも思いますよね(笑)。しかも、うまく受け渡すことは決してできていないですね。放り投げるというか投げ出す感じですよね(笑)。

そうやって僕のやりたいことに対して周りから反対され、ときには深刻な衝突が起きても、結果的にやりたいことができているのは、やっぱりパートナーの三輪さんが、役割分担で苦手なところを埋めていくより、得意分野を磨いていったほうが、僕にとってもチームにとってもいいと判断して認めてくれたからですね。

僕の強みはやっぱり、最初のテーマを設定し、おもしろい企画を立ち上げて、周りを巻き込んでいく部分。プロジェクトを推進するときの初めの爆発力というか、チームでいえば起爆剤としての力。それをある程度果たしたら、後はもう他のスタッフに任せていくというスタイルでいいんじゃないか。というようなことを三輪さんに言ってもらったので、「そうか、投げ出していいんだ」って(笑)。

まあそれはちょっと言い過ぎですが、三輪さんとかマヒンみたいな実行や経営やオペレーションが得意な人たちが一緒にやってくれていることで、やりたいようにできるというのはあります。そこをうまく、ロケットの切り離しのようにうまくバトンタッチできれば、すごくいいかたちでチャレンジできるな、ということを最近認識しました。もっとも、「振り返ってみると死屍累累」みたいな感じでうまくいかなかったケースも多いんですけどね。

強烈なエネルギーで人びとを巻き込む力と
周囲の期待を裏切って成果を出す力

税所氏は、最近これまでのことを振り返ったときに、自分の強みについても整理したという。数々の強みが浮かび上がってきたが、巻き込む力もそのひとつ。税所氏の周りにはその熱に引かれて熱い人たちが集まってくる。まるで自身が強烈な求心力をもつ台風のようだ。その他にもいくつかのキーワードが浮かび上がってきた。

自分で企画したプロジェクトをプレゼンしていると、たまに相手が圧倒されているときがあるんです。本当に自分が腑に落ちてやりたいと思っていることを夢中になってしゃべっていると、なにかこう狂気的なエネルギー、乱気流的なものが発生しているみたいで、現在在籍しているロンドン大学の指導教官のネパール人の先生も、僕のプレゼンを聞いて「それ、一緒にネパールでやろう」と言ったりして。僕の発散するエネルギーに呼応して、反応してくれる人はいるんですよね。周りの人たちも「おおーっ」と圧倒されて、「こいつはこんなことやって何の得にもならないのに、なんでそんなエネルギーあるんだ」とあっけにとられている、というようなことは何度もありますね。こんな感じで焦点が定まって突破していくぞっていうときに、一点突破のエネルギーを大放出中、みたいなモードになる時があるんです。

最初にe-Education をグラミン銀行のムハマド・ユヌス先生にプレゼンしたときも、僕は本当にもう実際にやるということだけを考えて動いていたんですよ。そのときに出る切実さとか、迫力ってあると思うんですよね。本当に税所は口先だけじゃなくてマジでやろうとしているんだ、マジが歩いてます、みたいな。そのときの足音的なものがたぶん、会った人たちに切実に伝わったと思うんですね。それによって三輪さんとかマヒンや米倉先生がパートナーになってくれたし、ユヌス先生も「Do it, Do it, Go ahead」と言ってくれた。それがたぶん、初めの大きな巻き込み力になっていると思うんですよね。

でもやっぱり一番大事なのは実践できるかどうかというところですよね。僕がグラミン銀行でインターンをしていたときに聞いた「アイデアはたくさんある。でも、やるやつがいないんだ」っていう話がすごく腑に落ちたんですよね。そうかと。実践できる人っていうのはやっぱり少なくて、その実践をトライ・アンド・エラーを繰り返しながら高めていく人も少ないんだと、すごく思いましたね。

だからグラミン銀行で「東進ハイスクールのビデオ授業のメソッドを使ってやりましょう」とプレゼンをしたときに、ユヌス先生が「Do it, Do it, Go ahead!」と言ったのはそういう意味だったんですね。「すごいアイデアだから、是非やるべきだ!」って褒めてもらったわけじゃなくて、「アイデアばっかり語っていてもしょうがないから、とにかくやってみせろ。それからまた来い」っていうメッセージだったと、今なら僕にも分かります。たぶん、ユヌス先生は僕のプランなんかほとんど聞いてなかったんじゃないかな。やらずにプランばっかり持ってきても知らないよ、ということだったんです、きっと。

それで実際にやってみたら、案の定思い通りにはならなかった。いろいろな問題が出てきて、必要なものがわかった。それを一つひとつ解決していくことでプロジェクトの完成度が上がっていった。この過程でああ、ユヌス先生が言ってたのはこういうことだったんだ、とにかく実践することが一番大事なんだと、すごく腑に落ちたんです。

最近わかった自分の強みは「相手の期待を裏切って成果を出す」ということ。大学受験のとき誰も早稲田大学に合格できると思っていなかったのに合格。大学に入っても誰もバングラデシュに行くとは思っていなかったのに行く。グラミン銀行のインターンで成果を出すと思いきや、全然違うe-Educationを立ち上げて成果を出す。そのままバングラデシュでe-Educationを続けるのかと思いきや、五大陸制覇を目指して「五大陸ドラゴン桜」と名付けた活動を始める。それは誰も予想も期待もしていないことだった。

だからあんまり周囲の期待に応えようとするよりも、自分自身が純粋におもしろいと思ったことに対してエネルギーが出るみたいだということが分かったんです。ただ、そのためには直感的にこれだと思うことに対してすぐ反応できる瞬発力を大事にしたい。あんまり肩肘張っているとそれができないような気がしています。

別の活動をしている僕の兄貴分のような人にいつも「お前の信念は何なんだ?」「10年後のビジョンは何なの?」みたいなことを言われるんですが、困っちゃうんですよね。適当にお茶を濁しているんですが、初めのころはそれに対してちゃんと答えなきゃいけない、将来のビジョンをしっかりもってプランを立ててその実現に向かって着実に進んでいかなきゃいけないんじゃないかと思った時期もありました。でも、最近はできないことがあるのも自分のすごい強みだと思っています。そのおかげでみんなすごく手伝ってくれるし、助けてくれる。自分が無力であることもすごく大事なことなんだと思えるようになったのが最近の進歩ですね。

つまらない日常をおもしろくすることが
普通の少年をリーダーに変えた

バングラデシュの貧困層の子どもを同国最高峰の大学に入学させるという今まで誰も考えもしなかったことにチャレンジし、成果を挙げた税所はさらに現在、その活動を世界中に広げようとしている。豊かな時代に育ち、無気力、草食系という言葉で表現されることの多い、いわゆる「ゆとり」と揶揄される世代で、父親が公務員、母親が看護師というどちらかといえば保守的な家庭環境に育ちながらも、「破天荒なチャレンジができる力」の原点は少年時代にあった。

小学5年生のとき、給食委員会に入っていたことがあって。給食委員って、給食のとき、給食放送っていうのを流して、献立を説明したりするんですよ。その給食放送っていうのは、まあ言ってみればものすごくつまんなくて、それまではほとんど誰も聞いていないようなものだったんですよ。

でも僕が担当したときに、すごい話題になっちゃったんですよ。特別に何かおもしろいことをやったわけじゃなくて、ただものすごく大きな声で喋っただけなんですけどね。放送を終えて自分の教室の扉をガラって開けたらいままでの給食委員が帰ってきた時と様子が明らかに違うんですよ。みんなが笑いながら「声がでかいんだよ」「うるさくて、給食食べれねえぞ」と言ったんです。

あのいつもシカトされる存在だった給食放送が初めてこんなに注目された、話題になった。新しい話題を提供するというか、みんなに笑いのタネを提供するというか。ちょっといつもと違ったんですね、教室の中が。

漫画『20世紀少年』の冒頭に、放送室に閉じこもって鍵をかけて『20th Century Boy』 を爆音で流すというシーンがあるんですけど、そんな感じで、つまらない日常に対していつもと違うことをするというか一石を投じたりして、みんなの頭をシェイクしたりするっていうのはおもしろいなと、そのときに思ったのかもしれないですね。

それまでは、全然リーダータイプじゃなかったし、勉強もスポーツもそんなにできるわけでもないし、足もそんなに速くないし、みんなを笑わせる人気者なわけでもなかった。ごく普通の生徒だったので、これが、僕が何かおもしろいことをしたいと強く思うようになった原点だと思います。

それ以来、それが僕の関心事ですね。中学校で剣道部に入ったときも、すごく弱小のチームでいつも紙切れのように負けるっていうのが定番だったんですけど、弱いままじゃ悔しいからみんなで朝練しようよと提案しました。生徒会に入ったときも、ボランティア活動が全部ユニセフへの募金じゃつまらないから、何か目に見える形でやろうということでカンボジアに井戸を送る企画を立案したり。

以前、中学の剣道部の顧問の先生に会ったときに「あの頃から身の周りのことをおもしろくしようとか、楽しいことに変えようというふうな動きはしてたよね」と言われました。

近年、いわゆる社会起業家と呼ばれる人たちは増えているが、活動の内容と同じく、そのモチベーションも様々だ。中には「怒り」や「憤り」を原動力にしている人もいる。税所氏の巻き込み力や行動力の源となっているエネルギーはどういったものなのだろうか。

僕を突き動かすものは、絶対に「怒り」とか「憤り」じゃないんですよね。8年ほど僕の面倒を見てくれている米倉先生は「お前はモテたいだけだろう。動機が不純だ」とおっしゃるんです。確かにそれはないこともなくて、みんなから認めてほしいとか、自分だけしかできないような変化を起こしたいとか、みんながやっていることとは違った切り口で何かをやってみたいなという思いはもちろんあるんです。

ただ、今は、やっぱり好奇心ドライブが強いのかな、っていう感じもするんです。新しいところへ行って、新しい人と会って、新しいことをやる。それでいろいろなフィードバックが来て、ときどき大変なチャレンジもあって。そのプロセスがすごく楽しいし、学びも深い。この一連のサイクルでこんなにも学べたり、吸収したり、成長したり、いろいろな人に会えたり。サイクルそのものが楽しくなっちゃっているんです。これ以上の学びや吸収のサイクルが今のところ他にないし、それが今はいい感じで回っているので、たまに落ち込んだり、やめたいなと思うこともあるけど踏ん張って続けていられるんだと思います。

e-Educationというプロジェクトは、世間へのすごくいいコミットだし、チャレンジのひとつの材料としてすごくおもしろいもので、まだまだ学べるし、やれることはたくさんありそうだと確信しています。もっと学びたいし、もっと話したいし、もっと成長したいですね。

TEXT=山下久猛 PHOTO=鈴木慶子

プロフィール

税所篤快

国際教育支援NGO「e-Education」創業者

1989年東京都生まれ。
2009年、失恋と1冊の本をきっかけにバングラデシュに渡り、国内初の映像授業プロジェクト「e-Education」を立ち上げる。世界経済フォーラム(ダボス会議)「グローバルシェイパーズ」選出をはじめとして数々のコンペティションなどで、その取り組みが世界的に評価されている。14年、早稲田大学教育学部卒業。現在は、ロンドン大学教育研究所(IOE)修士課程在籍中。新著に『突破力と無力』(日経BP)