九州大学 名誉教授 吉本圭一氏

2021年04月21日

2021年2月、リクルートワークス研究所は、調査レポート「高校生の就職とキャリア」を発表した。本レポートでは(1)高校卒業後のキャリア形成の調査(2)送り出す学校の調査(3)採用企業調査をベースに、横断的に「高校卒就職システム」の検証を行っている。本連載では、レポートで得た視点をもとに、高校卒就職に詳しい有識者にインタビューを実施。
第5回は、九州大学名誉教授であり、滋慶医療科学大学の吉本圭一教授に話を聞いた。
(聞き手:リクルートワークス研究所 辰巳哲子、古屋星斗)

プロフィール.jpg(プロフィール)
九州大学 名誉教授 滋慶医療科学大学 教授
吉本圭一氏
1954年岡山県生まれ。東京大学教育学部大学院教育学研究科に在学し、九州大学で博士(教育学)取得。1985年から雇用職業総合研究所(日本労働研究機構)の研究員(主任研究員補佐、大学共同利用機関放送教育開発センター助教授を経て、九州大学に赴任し教育学部・人間環境学研究院の教育研究を担当し、主幹教授、教育学部長、第三段階教育研究センター長など歴任、2020年に退職し名誉教授、現在は滋慶医療科学大学教授。教育社会学を専門とし、特に大学・短大・専門学校等の第三段階教育を中心とした研究を行う。論文・著書として『キャリアを拓く学びと教育』(科学情報出版)、『諸外国の第三段階教育における職業統合的学習』「卒業生を通した『教育の成果』の点検・評価方法の研究」など、また現在日本職業教育学会会長。

高校卒就職には「縦断研究」が必要だ

──はじめに、今回我々が発表した調査レポート全体へのご感想をお聞きしたいです。

高卒就職の研究が年々減っている中、このような詳細なレポートが出たことは素晴らしいと思います。高卒就職自体の規模も縮小しており、社会からの関心も薄れつつある。教育関係の識者が集まる学会ですら、研究の発表数が減ってきています。
高校の先生たちは高卒就職に関心は持っていますが、進路指導や授業に関する振り返りや考察がメインで、広い視野での包括的な研究には至っていない。
その点、今回の調査は、卒業後の就労実態の調査や学校側へのアンケート、さらには受け入れ企業という三者の視点を組み合わせた分析になっている。
長年、高校生の教育研究に従事してきた身として、興味深く読みました。

──おっしゃる通り、今回の調査では就職者、学校、企業の現状について横断的な分析を念頭に置いています。

さらに本調査は、高卒者の在学時の行動・意識から、卒業後の進路やキャリアの展望を分析しています。つまり、過去、現在、未来という時間軸が意識されている。
これは、横軸(就業者、学校、企業など関係者軸)に加えて、縦軸(過去、現在、未来など時間軸)を意識した「縦断的な研究」と言えるでしょう。タテとヨコを組み合わせ、立体的に物事を検証するのは、研究において重要なポイントです。
実は私も20年ほど前に、雇用職業総合研究所(現 労働政策研究・研修機構)で、高校1年生から高卒者の卒業後6年間までのキャリアを分析する、縦断研究にチャレンジしていました。ですが、生徒たちの卒業後のデータ集めで苦労し、最終段階のサンプルは小さくなった。そこから考えても、本研究は企業や学校、就職者に柔軟にアプローチできるリクルートワークス研究所だからこそなし得たのだろうな、と思います。

「早期離職のケア」が喫緊の課題

──ありがとうございます。今回の調査で、先生が特に関心をお持ちになったポイントがあれば、教えてください。

まず、レポート冒頭の内容はショックでしたね。「就職1年目に、自分の働いていた会社や組織を人にすすめたいかどうか」と、10点満点で点数をつける項目がありましたが、なんと「0点」をつける生徒が最も多かった。これは衝撃でした。

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会社に入ってすぐにミスマッチを感じている就職者がこれだけいる。可能な限り原因を特定し、策を打つ必要があるでしょう。
そして「0点」をつけた人は、恐らく早くして離職をしたのでは、と想像します。調査でも、入社後半年以内に辞める高校卒者が全体の10.7%、1年以内が17.2%、3年以内が40%いる、と提示されていましたね。

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ただひとつ断っておきたいのですが、「必ずしも早期離職が悪だ」とは考えていません。
私も高校卒の研究を始めたころに、とあるハローワークの所長さんに「『問題のある就職』なら早く辞めた方がいいんです」と言われた経験があります。
というのも、「離職自体が問題ではない、その後の就労サポートがあるかどうかが肝心だ」とおっしゃっていて、その通りだなと。

──私もそう思います。今回は、早期退職後の雇用状況調査も行いました。半年以内離職者(初職は正社員と回答)のうち、現在も非正規雇用が35.6%、3年以上の無職期間がある人は8%という結果が出ています。

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初職が正社員であったにもかかわらず、早期離職後は非正規雇用で働いている。個々の事情はあると思いますが、この結果に対しては初職退職後のサポートが本当に充分なのか、と疑念を抱かざるを得ません。
また、先ほどの設問で、初職に「0点」をつけているにもかかわらず、同じ企業で働き続けている人もいるはずです。
彼らに対しても、キャリア形成をサポートする仕組みが必要でしょう。もちろん、転職という選択肢の提示も含めて、です。

なぜ「学科」によって定着率が違うのか

──離職率に関連して、卒業学科によっても傾向が出ています。例えば、普通科と工業科では、3年以内離職率に12.8%ポイントの違いが見られます。

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学科ごとの分析は、非常に興味深いなと感じました。
先にお話しした20年ほど前に取り組んだ調査で、卒業6年目の離職率は普通科が57%、工業科で42%でした。15%ポイントほどの差がありました。ですから、この傾向はあまり変化していないのでしょうね。
今回の調査では、「工業科、商業科に比べ、普通科はキャリア教育の機会が乏しい」から差が生まれるのでは、と考察しています。実際に、生徒たちの所感のデータも出ていました。

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この言説について、基本的には同意見です。ただ、私は「キャリア教育」というより、むしろ「職業教育」が普通科に乏しいと主張したい。
キャリア教育とは、進路について自ら考えたり、先生と意見を交わしたりする時間を指します。こうした「キャリア教育」と銘打った機会自体の多寡は、それほど学科によって差がないはずです。
それよりも、「職業教育」として職に直結するようなスキルや経験を積む時間が学科により全く違います。専門学科ではそこで職業にかかる進路を深く考える多くのチャンスがあります。これが、普通科には足りていないのです。

──ありがとうございます。とはいえ、現実的には専門科と同程度の「職業教育」を普通科の生徒に施すのは難しいような気もします。どのような方法が考えられるとお考えでしょうか。

そうですね。例えばインターンシップ(以下インターン)など職業理解の場を拡充するなどの機会は設けられるのではないでしょうか。
私が2010年に発表した論文(※1)に、「インターンを実施している学校は、していない学校よりも卒業後の生徒の無業率が低い」というものがあります。
もちろん「数日程度のインターンで職業のことがわかるのか」という見方もあるでしょう。
ただ、インターンに行けば、事前の下調べはするでしょうし、知り合った社員と就活の局面で話すこともある。つまり、キャリアや職業について考えるきっかけになります。またインターンシップを実施する学校は、その他のキャリアを支援するプログラム、特に学外との関わりのあるプログラムを多く導入し実施していきます。生徒個人にとっても、学校にとっても、インターンシップを契機としてその後のキャリア教育にかかる「累積的な効果」が期待できるのです。

一人一社制、自由応募。現行システムをどう考えるか

──今回、我々は「一人一社制(※2)」とキャリアの充実度の相関についても調査を行いました。これは、一社のみを見て企業の比較検討を行わなかった結果、「自分で企業を選んだ実感」が持てず、キャリアの満足感が低いのでは、という仮説に基づいています。図表1.jpgその仮説の設計と調査で得られた結果には、なるほどと思いました。ですが、その先の「一人一社制をどう改善していくのか」については、丁寧な議論が必要ですね。
そもそも一人一社制は、戦後の集団就職時代に、「大量の労働力をバランス良く企業に配給する」ために生まれた仕組みです。その慣習が今も続いていて、生徒を送り出す学校側、受け入れる企業側にのみ、都合がいい状態になっています。
つまり、生徒は「複数社を検討したかった」と感じているが、企業と学校は必ずしもそれが望ましいとは思ってはいないのです。

──その点について課題を感じています。また、「自由応募(※3)」についても同じ議論があてはまると思います。高校インタビューの結果からは、生徒が自由応募を希望しても学内ルールで「禁止」としている高校がありました。

なるほど。特に、専門高校や専門科のような、企業との結びつきが強い高校ほど、「自由応募」は好ましく思わないかもしれませんね。
極端な言い方にはなりますが、せっかく長い年月をかけて築いてきた学校と企業の関係性が、崩れてしまうことにもなりかねないわけですから。そうであっても、これからは、生徒を中心に就職斡旋の仕組みを見直していくことが大切ですね。

──そうですね。就職システムに関連して、もう一点お伺いしたいのが、外部機関の利用についてです。調査結果の通り多くの学校が意欲を示していますし、中には「就職者が少ないので、採用周りをすべてハローワークなどの外部の協力機関に任せたい」という高校もありました。

図表2.jpg

先の専門高校の場合とは逆ですが、特に普通科の先生は、専門科と比べて生徒の就職先や企業が他業種にわたりますから、カバーが大変だろうな、と思います。
採用をすべてハローワークに任せるといった、外部機関への「丸投げ」はいただけませんが、積極的な連携は必要でしょう。進路選択や、職業理解の面で、強力なサポーターになります。
ただ、外部機関としてハローワークしか候補が挙がらないのはもったいない。キャリア支援や教育支援を行っているNPOや、商工会議所などとの連携も進んでいくといいですね。
商工会議所や自治体など、地域単位で就職活動の支援に関する連携が増えてもいいのでは、と思います。そうした支援のポテンシャルを持つ団体などは、学校から探してみれば、いろいろな形で学校の周りに多くあると思います。

従来の「キャリア教育」への提言

──具体的な就職活動に至る前のキャリア教育への提言やコメントがあればお聞きしたいです。

高校生の就職活動におけるキャリア教育の役割に関しては、2つ意見があります。
1つは、「①生徒のキャリアプランニングが自己アピール先行になっていないか」という点。生徒自身が本当にやりたいことをじっくり考えられているか。就活場面での自己PRの「聞こえの良さ」を優先して、肝心な能力形成や、その自己理解がおざなりになっていないか。これを、まず意識すべきだと思います。
その上で、「②やりたいことをひとつに絞る必要はない」と、ぜひ生徒に伝えてあげてほしい。キャリア教育というと、どうしても「方向性を決めなさい」「早くやりたい職業を決めなさい」と、何かひとつに決めさせるような動きになりやすい。
ひとつのことに取り組ませることは大切です。ただし、それは、何かひとつに視野を絞るのではなく、その真剣な取り組みによって「トランスファラブル」、つまり「転用可能」な能力が身につくことを意識させてあげることが重要です。

──トランスファラブル・スキル。その企業に特化した知識や技能と思われるものが、ほかの企業に移った時にも使えるということですね。

ええ。例えば、ある会社の目の前の具体的な課題に対して真剣に取り組めば、多様な情報をもとに解決の筋道を立てる能力や、周りの人を巻き込んでいくコミュニケーション力などが身につき、それはほかの会社でも使えます。特定の業界への知識を深めるのもキャリア教育の手法のひとつです。専門に特化することが別の専門に転用できる、そうした理解の中で、長く使える技能をぜひ磨いてほしい。
そして、このトランスファラブルなスキルを開発するためのプログラム、現場の企業などの現実の課題に触れる学習機会を、たくさんキャリア教育に組みこんでほしいですね。これは在校生に限らず、高卒就職者が卒業した後の「リカレント教育」にも利用できると思います。
就職システム全体を見直しつつ、少しずつキャリア教育、職業教育を時代に適応させていく。今、高卒就職にはそうした動きが求められていると思います。

──ありがとうございました。

 

(※1)吉本圭一 (2010) 「インターンシップの評価枠組みに関する研究―高校における無業抑制効果に焦点をあてて― (I 研究論文の部)」. インターンシップ研究年報, 13, 19-27
(※2)一部の県を除いて、選考開始後の一定期間、生徒が応募できる企業を1社とする申し合わせのこと。
(※3)志望企業の求人票が学校に用意されていない場合に、高校生が学校を通さず、自主的に企業に応募すること

(執筆:高橋智香)

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