大阪大学大学院 人間科学研究科 吉川徹教授
2021年2月、リクルートワークス研究所は、調査レポート「高校生の就職とキャリア」を発表した。本レポートでは(1)高校卒業後のキャリア形成の調査(2)送り出す学校の調査(3)採用企業調査をベースに、横断的に「高校卒就職システム」の検証を行っている。本連載では、レポートで得た視点をもとに、高校卒就職に詳しい有識者にインタビューを実施。
第3回は、「学歴分断社会」などの著作がある、大阪大学大学院人間科学研究科教授吉川徹氏に話を聞いた。
(聞き手:リクルートワークス研究所 古屋星斗、辰巳哲子、坂本貴志、茂木 洋之)
(2021年2月実施)
(プロフィール)
大阪大学大学院 人間科学研究科 教授 吉川徹氏
1966年島根県生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。専門は計量社会学で、社会意識論、学歴社会論に関心がある。大阪大学大学院准教授を経て現職。著書に「学歴分断社会」、「日本の分断 切り離される非大卒若者(レッグス)たち」など。
高校卒者の「進路選択の消化不良感」を直視せよ
──今回、我々が行った調査結果のひとつに、大卒就職者に比べて高校卒就職者の方が「生き生きと働けていない」という事実があります。はじめに、この点について学歴社会論に詳しい吉川先生のお考えをお聞かせください。
高校卒就職者は例年約20万人、大学卒就職者は約45万人。前提として、高校卒就職者は決して少なくない人数だと認識する必要があります。賃金や昇進のスピードについてならば、データを見る前から「大学卒の方が有利だという結果が出るだろう」と思う人が多いでしょう。
ところが、実際に調査結果を見てみると、賃金や昇進といった「目に見える部分」はもちろんその通りですが、仕事へのマインドセットなど「目に見えない部分」にも明確な差があることがわかりました。
同じ若手社会人であるにもかかわらず、大学を出ているか否かで、仕事への満足度やモチベーションにここまで差が出るのは、考えてみるとおかしな話です。本来は両者の仕事への構えは同じであってしかるべきであり、これは極めて深刻な不平等状態だといえます。
──そうですね。一方で、吉川先生は著書で大卒学歴を選ばなかった人を「レッグス(Lightly Educated Guys、軽学歴)」と称し、彼らが主に地方の経済社会で中心的な役割を担っている、と指摘しています。その点から見るといかがですか。
私自身は、いわゆる「大卒学歴主義」へのアンチテーゼとして、レッグスたちのキャリアや生き方をポジティブに見ることができないかという発言をしてきました。高校卒就職者の中にそういった積極的で自己肯定的な若者がいるのも事実です。
ただ、今回の調査を見て「そんな気楽なことを言っている場合じゃないな」と感じたのが正直なところです。
例えば、就職後に早期離職する人が全体の約6割を占めていたり、就職1年目の時点で、自分の選んだ企業に「0点」をつける就職者が24%いたりする、といった結果が象徴的でしょう。今回の調査では、進学ではなく就職を選んだ理由として「早期自立・成長のため」と答えた人が約45%と一番多い、という事実が判明しました。これも、印象的な結果ですね。学業忌避や経済的な事情などの消極的な理由ではなく、高校生の時にはあくまでポジティブな理由で就職を選んでいる。それにもかかわらず、今の気持ちを尋ねてみると自分のキャリアに納得できていない、いわば「進路選択の消化不良感」を感じている高校卒就職者が大勢いるわけです。
この事実を踏まえて、彼らが就職後に感じる職場の想定外の厳しい現実を想像すると、とても申し訳ない気持ちになります。高校卒業時点での、キャリアへの前向きな気持ちに寄り添う、最適な進路・就職制度の設計を考慮しなくては、と思うのです。
なぜ「早期離職」が起こっているのか
──この「進路選択の消化不良感」は、なぜ生まれているのでしょうか。先生の分析をお聞きしたいです。
一つは、就職後に入った会社で、「孤独感」を感じているのが原因ではないでしょうか。身近だと感じられる先輩や同僚が職場に少なかったり、気軽に仕事やキャリアの相談ができる相手がいなかったり、といった具合です。
背景には、高校卒就職がメジャーだった昭和から平成初期の、「勤務歴の長いたたき上げ高校卒層」が全体的に少なくなっていることが関係しています。その結果、大学卒の上司が指導やキャリアのメンターを担っているケースもしばしばです。
もちろん、それ自体は悪いことではありません。ですが、バックグラウンドが異なる分、自分のキャリアを考える際のロールモデルにはなりにくい。この観点は、調査でもあらわになっていましたね。これは、数が増している外国人技能実習生の場合と比較すればわかりやすい。彼らについては賃金や雇用環境、生活状態が適切ではないのでは、とメディアなどで取り沙汰され政策面での議論が進んでいます。
しかし、彼らは同じ国からやってきた先輩や後輩と集団で働いていたり、生活をしていたりすることが多いため、「孤独感」を感じている割合はむしろ少ないのではないかと思うのです。
他方、高校卒就職者の場合は、中小企業であれば同期入社が多くて数人程度。先輩にロールモデルも少なく、相談相手もほぼいない。さらに、政策上も放置されている。まさしく「エアポケット」の状態になっているのではないか、と。
──おっしゃる通りですね。そして、キャリアへの満足度の低さには、入社後のケアに加えて、就職システム、つまり入社前のプロセスにも課題があると思います。
そうですね。今回の調査でも、複数企業を比較検討しないがゆえに、進路を「自分で選んだ実感」が持てず、結果的にキャリアの満足度の低下につながっているのでは、という指摘がありました。ただ、この点は地域によって異なる「慣行」があるため、コメントが難しいです。都道府県ごとに職業高校の数や生徒数の割り振りも決まっていますし、地場産業の多寡によっても左右される。そのため、就活ルールについて全国一律で見直し、一斉に実施する、という方法は現実的に考えにくいのです。
とはいえ、議論の余地はあると思います。理想をいえば、大学卒と同じように、就職活動をじっくり行う時間を確保してあげたい。現行ルールでは、高校3年生の6月ごろまで部活をやって、就職希望者はその翌月から、いきなり希望企業を1社に絞り込んでいかなくてはいけません。バイト選びではあるまいし、このスケジュールはあまりにも急だと感じます。
一つの可能性として、高校卒業後に1年程度の「就活用ギャップイヤー」を設ける、などフレキシブルな制度もあり得るかもしれません。
進路を示す「マクロなアプローチ」が必要だ
──たしかに、それは面白いですね。 就職制度に付随して、調査では工業科、商業科など専門性の高い学科ほど、就職後の定着率が高いという結果も得られました。この点についても、先生の所感を教えてください。さきほど、就職後のロールモデルの必要性を申し上げましたが、ここでも同じことが言えます。つまり、工業科や商業科の方が、普通科よりも高校卒就職をした先輩(=ロールモデル)がたくさんいる可能性が高い。
加えて、専門性が高い学校ほど、その分野に特化した求人が集まりやすい。例えば、工業科には機械・工業系の企業からの求人が多く寄せられます。これは、専門学校も同様です。
一方で、普通科の高校では、典型コースは大学や専門学校への進学という高校が大半です。大学進学率は50%、60%と年々あがっていますから、その傾向はさらに強まっています。結果、普通科で就職を希望する学生、数にしておよそ約6万人については、無策のまま放置されている。
これは、広い視野で方策を考えるべき重要な問題です。もちろん、当事者である普通科に在籍する就職希望者一人ひとりのキャリア意識の高まりを促すのも必要ですが、労働マーケット側から、彼らに用意されている標準的な職業人としてのルートについて提示すべきでは、と思います。
問題解決に向けた「2つ」の視点
──ご指摘の点を踏まえて、高校卒者のキャリアを豊かにしていくためには、どのようなアプローチが必要でしょうか。
大きく、2つの視点が必要だと考えています。
まずは、①高校卒キャリアの「典型モデル」を確立する。つまり、「こういうルートが標準」ですよ、と提示するんですね。各々が理想のキャリアを追求することがもちろん一番望ましい。ただ、将来展望を見失った時の「道しるべ」となるような、典型コースの「見える化」も必要です。
例えば、同じ18〜25歳でも、大学生や大学院生の場合は「ディプロマ・ポリシー」と呼ばれる、典型モデルが確立しています。どのような人材を育てるのがその大学の標準なのか、きっちり文書として記されているんです。
(吉川徹教授)
同時に、②「非典型」の多様なキャリアを政策的に保証することも必要です。①で示した典型を確立しつつ、そこに合致しない道を選択した場合の多様な「受け皿」を社会が用意すべきです。
当然、18歳で高校を卒業した瞬間に「オンリーワンのキャリアを迷いなく築きなさい」というのは難しい話。試行錯誤をしつつ新たな挑戦をしようとしている時には、それを受け止めてあげる「セーフティネット」も必要ではないか、と。
抽象的な言い方になりますが、①と②の両輪を確立できれば、高校卒者たちの「孤立」を防げるのではないかと思うのです。
──お話しいただいた政策的な保護に加えて、学校側、教師側の意識変化も促していくべきとも感じます。
もちろん、それは理想ですし、先生方からも多様なキャリアの選択肢を、生徒たちにどんどん提示してほしいところです。
ですが、本当の意味で「就職希望者のキャリア観」を育むのなら、学校の先生だけではなく、当事者意識を持って語ることのできる職業人を教壇に呼ぶ必要があるでしょう。
昨今は、大学教師が高校の教室で模擬授業を行ったり、「高大連携」の特別講座が開講されているケースも多い。同じように、就職希望者には高校と企業の「高企連携」の授業を開く、外部ゲストを交えたキャリア座談会を学校で開催する、といったアプローチが考えられます。
これは、家庭でも同様です。保護者の方にキャリア教育をお願いするのは難しいですが、高校卒での就職者や企業で働く「大人」と触れ合う機会はつくれるかもしれない。積極的に第三者を巻き込み、生徒がキャリアへのイメージを膨らませるチャンスを設けていくべきでしょう。
──お話しいただいた視点をもとに、企業側に期待するポイントがあれば、あわせてお聞きしたいです。
企業には、これまでお話ししてきた、高校卒と大学卒で仕事へのモチベーションに差があるという現状、そこにはロールモデルの有無が関わっているという事実を、まずはしっかり認識していただきたいです。
あえて挑戦的に例を挙げれば、もし仮にこのような深刻な差が男女間で存在したとしたら、ほとんどの企業がすぐに対応しなくては、と感じるはずです。それと同じように、高校卒と大学卒の間にも深刻な溝があるのだ、と意識を向けてほしいと感じています。
その上で、アファーマティブ・アクション、つまり「積極的に格差を是正していく動き」が必要になります。男女の機会均等が、時に断固たる政策を通して推し進められているように、高校卒の機会不平等も、意識的に改善を行っていくべきでしょう。
これは、何も企業だけに限った話ではなく、行政を含めた社会全体然りです。例えば、「学び直し」に関する議論もその一つでしょう。今回の調査を通して、高校卒就職者の3分の1が「学び直し」をしたいと考えている事実がわかりました。
それにもかかわらず、世の中に高校卒者向けの「学び直し」制度があまり用意されていないのは、そもそもそういったルートが選択肢として確立されていないし、ニーズすら認知されていないからではないでしょうか。
この点についても、当事者のための制度を、まずは行政が主導して整えていくべきだと思います。高校卒就職者を取りまくすべてのプレイヤーが、もっと意識的に彼らの「キャリア形成」についてコミットメントを示し、アファーマティブに注力していく必要がある。
今回のデータは、その転換点に差し掛かっていることを明示したのではないでしょうか。
──ありがとうございました。
(執筆:高橋智香)