新経済連盟事務局 政策部長 小木曽稔氏
2021年2月、リクルートワークス研究所は、調査レポート「高校生の就職とキャリア」を発表した。本レポートでは(1)高校卒業後のキャリア形成の調査(2)送り出す学校の調査(3)採用企業調査をベースに、横断的に「高校卒就職システム」の検証を行っている。本連載では、レポートで得た視点をもとに、高校卒就職に詳しい有識者にインタビューを実施。
第4回は、ITのさらなる戦略的な利活用を軸とした新産業の創出、発展を支える政策や諸制度の環境整備を主として活動する経済団体・新経済連盟事務局の小木曽稔氏に話を聞いた。
(聞き手:リクルートワークス研究所 古屋星斗、辰巳哲子)
(プロフィール)
新経済連盟事務局 政策部長 小木曽 稔氏
1994年に東京大学法学部を卒業後、運輸省(現・国土交通省)に入省。2010年2月よりeビジネス推進連合会(現・新経済連盟)現職。新経済連盟(JANE)では、政策部の長として、政府への具体的な政策提言を行うことを職務として精力的に活動をしている。
「制度が変われば終わり」ではない
── 2018年、新経済連盟は高校卒就職における「一人一社制(※1)」の見直しに関する要望を政府に提出しました。その背景について、まずお聞きしたいです。
私たちは、企業と人材のよりよいマッチングの実現を念頭に置き、就職・採用活動に関する議論や提言を行っています。この制度は、長らく慣例として続いているものの、本来、企業や経済の発展のためにはダイバーシティという考え方が非常に重要だと思っています。その前提では、学歴偏重とならない人材マッチングの仕組みや金銭的な理由で進学をあきらめなければならないような生徒をサポートする仕組みなどが必要だと思います。ただ、これを実現するには、学生側も企業側もどのように適性を判断するのかなど今後も検討が必要な課題が残っていると思っています。
生徒たちの自由な企業選択の機会が奪われていないかという意見も踏まえ「一人一社制の見直し」の提言を、政府規制改革会議に持ち込んだのです。
── その働きかけもあり、2020 年2月に文部科学省と厚生労働省は「一人一社制」の見直しに関する政府報告書(※2)を発表しました。この点をどう評価していますか。
まず、こうした通知が出されたのは画期的な出来事です。これまで、一人一社制に関しては各所で議論があったものの、政府の見解は提示されていませんでしたから。
また、発表には時代的な追い風もあったと思います。大卒採用で就活ルール緩和のトレンドもありましたし、いわゆる「就社」、企業への「永久就職」の時代から、主体的にキャリアを築く時代へのシフトも起こっていた。だからこそ、私たちの「就職前に採用する側も採用される側も丁寧に比較検討すべきだ」という視点が評価された点もあったかもしれません。
ですが、今回の通知は、スタートラインにすぎません。仮に一人一社制度が改善されたとしても、企業と生徒のマッチングをどうデザインしていくのか。また、企業と生徒が互いを理解するための、コミュニケーションの場は設計できるのか。様々な論点をクリアしていく必要があると考えています。
能力とスキルを磨く高校卒の教育システムを
── 新経済連盟には、ITビジネスなど主に情報通信業に携わる企業が多く所属しています。厚生労働省のデータによると、情報通信業は例年大卒の就職者全体の15%程度が就職しますが、高校卒は全体の1%。大卒に比べ、高校卒の比率が著しく少ない印象です。
高校卒の就職者が少ないのには、いろいろな理由があると思います。ひとつは、ITエンジニアなどの情報技術職は知識やスキルが求められるため、一定の専門教育を受けていないと、戦力としてすぐに働くのが現実問題として難しいと言われています。
もうひとつは、情報通信技術分野に限られた話でないですが、時間をかけて未経験の高校卒者を一人前に育てるより、ある程度知識を持った大卒者、技術を持った中途社員を雇う方が、企業にとって投資が少なくて済むということも要因です。
── 専門知識が求められるからこそ、大卒者の採用が優先されてしまう、と。
本当はゼロベースで考えると、大学を出ているかどうかというよりは、技術への知識やスキルを持っているかで判断するべきですよね。一方、現実的には、企業から見てどれくらいの素養があるかを測定するのは極めて難しいことも事実であり、なかなか難しい問題です。
今後の教育の在り方という意味で述べれば、例えば学校に外部講師を招いて職業に直結する知識の学習機会を提供するとか、採用シーンでも、学歴で一概に判断するのではなく、本人のスキルや能力の適性を判断する。こういった、高校生にもキャリアにつながる経験を得られるチャンスや、それがフラットに評価される採用スキームをどうするかという検討は必要なんだろうと思います。
改善には、定期的なサーベイが欠かせない
── なるほど。「能力やスキルを磨く教育」に加えて、これから学校や教育機関に期待するポイントはありますか。
高校生が、企業や職業について知る機会は、もっと増やしてもいいと思いますね。もっとカジュアルに社会と接する機会はつくれるはずです。
例えばOBのような、第三者のメンターと話す機会をつくる。ほかにも、企業で働く社会人を呼んだキャリア講話会を実施するなど、方法はいろいろと考えられます。
そういった、職業について「知る」機会が増えることで、彼らが自発的にキャリアについて考える「きっかけ」を提供できるのではないか、と。
──お話しいただいた点を踏まえ、新経済連盟としての高校卒採用の改善のゴールイメージがあれば、ぜひお聞かせください。
通知の結果、実際に企業と高校卒の就職者が互いにアクセスできる機会が充実され的確なマッチングが進んでいくことですね。
その上で、機会を活用して、どう採用の戦略を立てるかは各企業が考えるべきこと。各々が思う最適な手法で、就職者とのマッチングが行われていくと理想ですね。
そして、最後に強調したいのが、こうしたゴールの実現には、現状の理解とギャップの認識が欠かせないということです。
今回リクルートワークス研究所さんが出された調査も、それを行うためのひとつの材料だと言えます。当事者へのサーベイを行い、効果を検証し、改善策を発表する。そういったアクションのサイクルを、継続的に回していく必要があるでしょう。
新経済連盟としても、教育の仕組みや採用就職の在り方については引き続き問題意識を持って必要な提言を出していく所存です。
──ありがとうございました。
(※1)一部の県を除いて、選考開始後の一定期間、生徒が応募できる企業を1社とする申し合わせのこと
(執筆:高橋智香)