介護の選択肢を知ることが、要介護者・ケアラーのQOLを高める。 リクシス・佐々木裕子氏
2025年には団塊の世代がすべて後期高齢者となり、彼らの子どもである現役世代が介護を担う「大介護時代」が始まります。しかし社員に対する企業の支援策は「休業」が柱で、働きながらケアを担うための施策が手薄だと、企業の介護関連施策をサポートするリクシス(東京)の佐々木裕子代表取締役CEOは指摘します。企業が取り組むべき支援の方向性などについて、佐々木氏に聞きました。
介護はいつ来るか分からない「大地震」? 危機感薄い企業
―――リクシスを立ち上げた経緯を教えてください。
私はリクシス設立前から、組織変革をサポートする会社を経営していて、介護支援もダイバーシティの一領域として認識はしていました。しかし具体的な知識は乏しく、自分も一人っ子でいずれ介護を担うだろうと思いながらも、問題にふたをしていたんです。
そんな時ある介護の専門家に、笑顔でおみこしを担ぐおじいちゃんの写真を見せられました。おじいちゃんは、半身不随になり生きる意欲を失っていましたが、介護者に「みこしを担ぎませんか」と誘われて好きだったお祭りへの情熱を取り戻し、リハビリに取り組んだのです。
人間は体や脳の機能が低下しても、それまでと地続きの人生を生きています。その人らしい「老い方」をサポートするのがケアの本質だと気付き、2016年にリクシスを設立しました。
――企業は、社員の介護に向き合う準備ができていますか。
多くの企業は介護を「いつか必ず起きる大地震」のような感覚で捉えているように思います。備えが必要なことは分かるが、いつ襲われるか、どの程度の備えをすれば被害を防げるかは分からない。だから今一つ真剣に取り組めていないのです。
ただここ1~2年で、介護に着目する企業が増えてはいます。育児支援や働き方改革などダイバーシティ施策が一通り整い、次の施策として介護に焦点を合わせ始めたこと、介護を担う社員や、介護の不安を抱えた「予備軍」の社員が増えたことが理由でしょう。ただ介護は育児と違って職場にカミングアウトせず、支援制度も使わない社員が多いので、実際には、企業が把握している以上に、急激な変化が起きていると考えられます。
介護していても働き続けたい 最大のネックは情報不足
――働きながら介護を担う「ビジネスケアラー」にとって、最も高い壁は何でしょうか。
本人も職場も、介護と仕事を両立する具体的なイメージを全く持てないことです。育児については保育園や学童など、多くのリソースが認識され、職場にロールモデルもたくさんいます。でも、介護に関しては外からは見えない上、自分が介護をしていることを積極的に口にする人も少ない。かつ、状況も非常に多様なので、ロールモデルがいるかどうかも分からない、と言っていいでしょう。要介護度が上がると何が起きるのかも、想像できない人がほとんどです。
大抵の人にとって、自分がいざ介護に直面した時、思いつく選択肢は施設入所くらいでしょう。しかし施設に入れるとは限らず、在宅の方がQOLを高く保てる場合もあります。こうした場合、多くの会社員は「仕事か介護か」の二択しか考えられなくなってしまいます。会社員に「介護しながら働き続けられますか」と聞いたら、6~7割が「分からない」「続けられない」と答えるでしょう。
――ビジネスケアラーには、どのようなニーズがあるのでしょうか。
当社が先日開いた「全国ビジネスケアラー会議」の参加者の多くは、大手企業のメインストリームでキャリアを築かれており、介護中も仕事を奪われたくないと考えていました。しかし企業側は、離職防止に重きを置くあまり「休んでケアに専念してもらう」、つまり休業しか選択肢を設けていないことがほとんどです。この結果、当事者は会社に言わず、介護しながら仕事を続けようとして、QOLが著しく低下してしまうこともあります。
ケアラー自身が日中家にいなくても、ヘルパーや家事代行などさまざまなサービスを利用し、要介護者に在宅で過ごしてもらうことは可能です。しかしこうした選択肢があることを、当事者自身も経営者も知らないのです。介護は、例えていうなら、地球温暖化問題に近いのかもしれません。なかなか当事者意識を持ちにくいけれど、事前に情報収集して早期発見・早期対応すればするほど深刻化を防げるし、本人・家族の負担も軽減されます。
でも、現状は「ラスボス」である仕事と介護の両立問題がやってくることは分かっているのに、みな丸腰で待っている。だから企業が、情報提供を通じて選択肢を提示する「おせっかい」をする必要があるのです。
――全国ビジネスケアラー会議を通じて、どのような成果を得られたでしょうか。
企業の多くは、今のところ介護との両立支援への投資に消極的です。しかし、先日の全国ビジネスケアラー会議には600人近くものビジネスケアラーやその予備軍が集まり、彼らの困りごとやニーズが可視化されました。経営者が対策の必要性を認識する一つのきっかけになったと思います。
会議では、当事者同士が情報交換できる機会も提供できました。また介護の不安を抱える「予備軍」の参加者が、想像以上に多かったことも印象的です。予備軍が関心を持つことは、早期対応につながるので、今後ポジティブなインパクトを期待できると思います。
管理職はきめ細かい対話で、当事者の状態を把握
――企業は組織として介護を担う当事者に向き合う際、何に留意すべきでしょうか。
介護と仕事の両立は、育児同様もはや組織にとって「当たり前」の状態だと認識した上で、過剰反応せずに人材をアサインし、評価すべきです。今や育児や介護だけでなく、副業や病気の治療などを抱えた社員も多く、100%の時間を企業に捧げられる人の方が少数派です。結局は、多様な働き方をする社員をマネージしながら事業を組み立てることに尽きるのです。
一方、介護との両立には特有の難しさがあります。「これから何が起きるか」をおおむね予測できる育児と違い、いつ何が起きるかが分からず、個人差も大きいのが特徴です。介護が始まった直後や要介護度のステージが変わるごとに、新しい体制を組む必要もあります。このため管理職は、研修などを通じて必要な知識を得た上で、当事者ときめ細かく対話し、状態を把握することが求められます。
当事者に「介護について打ち明けても、仕事を奪われない」という安心感を持ってもらうことも不可欠なので、そもそも「当たり前に働きながら両立できる選択肢がある」ことを当事者だけでなく、周囲の方々も理解しておく必要があります。
――リクシスが提供するサービスの狙いを教えてください。
当社は、事業の柱である企業向けのオンラインプログラム「LCAT」のほか、メルマガや講演会などを通じて、ビジネスパーソンに介護のさまざまな選択肢をお伝えしています。いざ介護が始まった時も仕事を諦めず、選択肢の中からその人なりの両立の在り方を選んでもらうためです。
多数の若年層が、少数の高齢者を支えるピラミッド型の人口構造では、介護を担う家族も多く、ビジネスパーソンが主体的に関わることはまれでした。しかし構造が逆転した今、会社員がケアを担う場面は今後も増えるでしょう。一方で労働人口は縮小しており、日本経済を維持するためには、彼らに介護しながら働き続けてもらう必要があるのです。
――今後のビジョンについて教えてください。
介護はこれまで要介護者のQOLに焦点が置かれ、担い手目線のサービスが手薄でした。しかし要介護者が幸せになるには、介護する家族のQOLも高めることが不可欠です。遠隔介護も増える中、離れて暮らすケアラーからの「使えるサービスを知りたい」というニーズも高まっています。このため、介護関連のサービスを網羅したプラットフォームをつくり、在宅ならデイサービスやヘルパーや家事代行、移動する時は介護タクシーなど、地域にある選択肢をすべて「見える化」する仕組み(ライフサポートナビ)を構築中です。
中長期的には、高齢になっても家族や社会とのつながりを保ち、誰もが自分らしく天寿を全うできる社会をつくるのが「野望」です。エイジングに関するリテラシーも高め、心身ともに健康寿命を延ばすことにも取り組みたいですね。
聞き手:大嶋寧子
執筆:有馬知子