残業少なく風通しのいい企業風土 ベースとなる職場環境整備が介護離職を防ぐ 株式会社hareruya・大城五月氏

2024年09月26日

大城五月氏の写真沖縄県で介護保険外事業として病院付き添いサービスを展開する大城五月氏は、2022年におきなわ仕事と介護両立サポート協同組合を設立し、同じ志を持つ仲間とともに企業と従業員に対する仕事と介護の両立支援を地域に広げる取り組みを行っています。働きながら介護を担う家族と高齢者自身が自分らしい生活を維持するために、行政や企業、地域がどのようなサポートを提供すべきか聞きました。

ニーズはあるのに誰もやらない 2年限定で保険外サービスを始める

――大城さんが介護の業界に関わるようになったのは、どのような経緯からでしょうか。

私は祖父母に育てられたのですが、2人が晩年を過ごした介護施設へ面会に行くたびに、スタッフが笑顔で迎えてくれて「大変な仕事なのに、すごいなあ」と思ったことが、きっかけの一つです。2005年にヘルパーの資格を、2011年にケアマネジャーの資格を取り、2016年に居宅介護支援事業を運営するhareruyaを設立しました。

――保険外の「付き添いサービス」を展開するようになったのはなぜですか。

高齢者の過去を知り、これからの人生に伴走する居宅ケアマネの仕事は天職だと思い独立したのですが、事業所を運営してみると、保険サービスの限界も見えてきました。例えば在宅介護だけでなく老人ホームなど介護施設の入居者も、家族の付き添いがないと緊急時の病院受診が難しく、治療を受けられないまま要介護度も悪化してしまう。介護保険内の訪問介護が提供する通院介助もうまく活用されていません。付き添いへの支援が必要でしたが、採算を取れる目算が立たず誰も取り組んでいませんでした。

そこで2018年、自分で付き添いサービスを始めました。ただ当時は、まず小さく始めて2年続けてみて、必要とされなければ辞めればいいと思っていました。その間にサービスの必要性をデータで実証できれば、行政が引き継いでくれるのではないかという考えもありました。

値上げ後も利用者は離れず 家族に評価された付き添いサービス

――事業を始めてすでに6年。採算の問題をクリアし、継続できたのはなぜでしょう。

事業が口コミで広がり、利用件数が増えたこともあります。しかし何よりも、家族や支援者、そして付添を必要とするご本人から「なくなったら困る」「やめないで」という声を聞き、やめられなくなりました。

ある家族は「仕事のことを気にしながら半日、1日がかりで付き添うことを考えたら、1日分の給料を支払ってもサービスを使いたい」と話してくれました。介護を拒否したくなるのも無理はない、というような思い出話を家族から聞き、親子というだけでこれほどまでに介護に縛られなければいけないのか、と考えさせられることもしばしばでした。事業を通じてそれまで見えなかった家族の心情が分かるようになり、やりがいやサービスを提供する意義も、実感できるようになりました。

――経営的には、どのように黒字を確保できるようになったのですか。

当初は採算が取れるぎりぎりの金額設定だったのですが、県の補助金を得てアンケート調査や介護タクシーとの実証実験などを実施した結果、一気に認知度が高まりました。ただ補助金頼みでは運営が不安定なので、持続性を高めるため、2年前に思い切って料金を約50%引き上げました。先輩経営者には「値上げしたら利用者は6割残ればいいと思いなさい」と言われましたが、利用者80件のうち離脱は2件だけでした。その時、サービスの価値や利用者の支払い能力を過小評価していたのは私自身で、本当に必要なサービスなら、利用者は対価を支払うのだと分かり、価値観が変わりました。最近は福利厚生として、従業員が付き添いサービスを使ったら、利用料を半額補助する制度を導入してくれる企業も現れました。

介護だけにはリソース割けない 支援の間口を広げる

――2022年には協同組合を設立し、仕事と介護の両立サポートを始めました。

介護しながら働く家族の状況をより深く学ぼうと、2021年に産業ケアマネの資格を取りました。学びを通じてケアマネとしての経験や付き添いサービスで見えた家族の姿、介護支援制度の課題がつながり、仕事と介護の両立支援にすぐにでも取り組まなければ、という使命感を持つようになりました。

組合の設立時メンバーの写真
組合の設立時メンバーと

より多くの人に資格を取ってほしいと思い、沖縄に産業ケアマネの試験会場を誘致したところ、周囲に資格取得者も増えました。こうした仲間と、介護に関する情報提供やキャリア相談、実態調査などを通じて企業をサポートする事業を立ち上げました。運営に当たっては、メンバーの得意分野に応じて、営業や相談対応などのタスクを分担しています。また行政・企業の信頼感を高めるため、民間企業や一般社団法人ではなく協同組合の形を取りました。

――企業の介護支援の取り組みについて、どのように考えますか。

企業の多くは、介護支援の必要性を認識してはいます。ただ特に沖縄県の企業は、大半が体力の弱い中小なこともあり、介護に取り組む経営的な優先順位が下がった結果、何もしていないように見えてしまっているのです。介護を巡る課題の中には組織内で解決可能なものもありますが、一企業の取り組みには限界があり、社会的に取り組むべき内容もあります。

事業を始めるに当たって、企業と一緒に両立支援サービスを作ろうとしましたが、私が話をすればするほど企業は引いてしまいました。今にして思えば、問題解決に割けるリソースの当てもないまま、社内に潜む介護の問題を掘り起こされることに、不安を感じていたのだと思います。

このためその後は、行政と連携して企業を集めてもらい、私たちの話を聞いてもらう中で、先進的な企業と協業して事例を発信することに取り組んでいます。行政に実態調査の結果を報告し、政策に反映してもらおうともしています。

また多くの企業は、介護だけにリソースを割く余裕に乏しいことが分かったので、キャリアコンサルタントの国家資格も取り、介護以外のキャリア支援もできるよう間口を広げています。

――介護を担いながら働く人の離職を防ぎ、逆に活躍してもらうために、企業はどのように振る舞うべきだと考えますか。

介護しながら働く人からは「勤め先はどうせ何もしてくれない」というあきらめの声がしばしば聞かれます。逆にある人は、上司に介護のことを打ち明けたら「よくここまで頑張ってきたね」とねぎらわれ、それだけで会社を続けていけると思ったそうです。このように、コミュニケーションを通じた企業と働き手の信頼があってこそ、従業員が定着し、それを見た周囲の社員も、もし自分が介護を担う時期が来ても、会社は見捨てないという安心感を得て力を発揮してくれます。突き詰めれば従業員が事情を打ち明けやすい、風通しの良い企業風土や、残業が少なく家庭生活と両立しやすい働き方といった、ベースとなる労働環境を整えることこそ、介護離職防止の近道なのです。

働きながらケアを担う人は、情報があれば動ける

――働きながら介護を担う人たちは、どのようなサービスを求めていると感じますか。

仕事をしている人は総じて、情報さえあれば課題解決に向けた行動に移せるという強みを持っています。このため、県内の保険外サービスと介護施設の情報をワンストップで閲覧・検索できるサイトの作成に、他社と協働で取り組んでいます。今も市町村ごとに介護サービスをまとめたPDFなどはありますが、ネット上にバラバラに存在し、検索しづらくなっています。保険外サービスと施設情報を一つのサイトに集約して検索・閲覧できるようにすれば、家族も情報を得やすくなります。事業は沖縄県の補助事業に採択されており、県内で好事例を作って全国に広げられればと考えています。

また保険外サービスの多くは、介護保険サービスに疑問を持つ事業者が高い志を持って運営していますが、収益性や情報発信力に課題を抱えることがしばしばです。集約したサイトを作ることで検索性が高まれば、事業者側にとってもメリットが大きいと思います。

――高齢者もケアを担う家族も、自分らしさを失わずに幸せに暮らすためには、社会には何が求められると思いますか。

家族も高齢者も幸せで充実した生活を送るためには、高齢者が自立して生活できる環境設定が不可欠です。既存の概念にとらわれず、家族も当事者も解放する仕組みを作っていきたいと考えています。例えばアクティブシニアと言われる高齢者自身に残された能力を発揮してもらい、要介護の人たちのケアに関わってもらうことも、要介護者、アクティブ層双方の生活を豊かにする方法だと思います。

企業でシニアの活用が進む中、最近は「社員自身の介護が必要になった時の対応策を教えてほしい」といった要望も頂くようになりました。仕事は高齢者が健康や生きがいを維持する上で重要な役割を果たしています。希望する人が生涯にわたって働き続けられる社会をつくるにはどうすればいいか、考えていくことも大事です。

聞き手:大嶋寧子
執筆:有馬知子

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