第12回 「マインドフルネス」 久賀谷亮 氏
“あるがまま”。「今・ここ」に存在する自分に意識を向ける
【プロフィール】
久賀谷亮(くがや・あきら)アメリカ神経精神医学会認定医。アメリカ精神医学会会員。日本で臨床および精神薬理の研究に取り組んだ後、イェール大学で先端脳科学研究に携わり、臨床医として精神医療の現場に8年間従事。2010年、ロサンゼルスにて「TransHope Medical(くがや こころのクリニック)」を開業、マインドフルネス認知療法やTMS磁気治療など、最先端の治療を取り入れた診療を行っている。著書は『世界のエリートがやっている 最高の休息法』(2016)など。
探求領域
マインドフルネスは「考えることが好きな」脳を休ませるメソッド
瞑想をベースにした「脳の休息法」であるマインドフルネスは、その実践により、ストレス軽減や集中力アップなどといった効果が得られることから世界中で注目を集めています。もともとは、1970年代に心理的なストレス解消法として考案されたもので、その際に重要な役割を果たしたジョン・カバット・ジン博士(マサチューセッツ大学医学校名誉教授)が医療の領域に導入したことで急速に普及しました。マインドフルネスが単なるリラクゼーションと根本的に違うのは、脳科学をバックグラウンドにしており、脳にポジティブな影響をもたらすことが客観的に実証されている点です。昨今では、アメリカの有名な起業家やアスリートの間で、あるいは企業や学校などでの導入が進み、その注目度はますます高まっています。
瞑想というと、人によってはネガティブなイメージを持つかもしれませんが、マインドフルネスはあくまで一つのメソッド。自然科学を重視したシンプルなもので、宗教色もまったくなく、多くの人に受け入れられるよう作られています。いくつか実践法はあるのですが、中でも一番シンプルなのは集中瞑想で、何かに注意を向ける手法。典型的には「呼吸」です。それで何をしているのかというと、例えば仕事が終わってもなかなか切り替わらない頭、人間関係でストレスを抱えてグルグル回っている状態の頭を休ませる、つまり「考えることがすごく好きな」脳の活動を鎮めているわけです。
メンタルヘルスの世界では一般的で、かつ有効な治療法として認知
精神科医としてアメリカに本拠を置く私は、早くからマインドフルネスに触れてきました。アメリカのメンタルヘルスは、薬一辺倒の治療はもはや過去のものになりつつあり、いまだ薬物治療を主とする日本のそれとは大きく異なります。薬を使わず、「脳という臓器」に直接アプローチする観点からいえば、マインドフルネスは一つの有効な治療法で、私のクリニックでも頻繁に登場します。うつ病、不安や慢性的な痛み、これらに関してはメタ解析によると間違いなく中等度以上、つまり、かなりはっきりした改善効果が出てきています。
探求領域×「生き生き働く」
「生き生き」を阻害するジャッジメンタルな思考
思うに、大方の人は「生き生き」と働けていないのが本当のところではないでしょうか。お金が絡むから、ストレスがあるからと理由はさまざまありますが、根本は「こうでなければならない」という決めつけが強いからです。「○○を達成しなきゃいけない」、あるいは逆に「××してはならない」とか……我々は子どもの頃から固定観念として「こうあるべき」を刷り込まれているでしょう。だから、仕事もそういうとらえ方になる。
決めつけを守るのは、そこから外れると自責の念や恐怖心が生まれるから、自分を守る本能でもあるんです。でも、世の中そこまで危険じゃないし、昨今は労働時間も減ってきているし、本当はそんなに発動しなくてもいいんですよ。ただやっぱり、脳は急には変わらない。無意識ながら、「こうあるべき」の呪縛にとらわれているのが根本の問題なのだろうと思います。
働くことは「生きる」のごく一部
つい最近、ある人からこんな話を聞きました。彼は今、仕事の一線に立つことよりも暮らしを重視していて、自分で料理をしたり、掃除をしたり、つまり「生きる」ことを大切にしていると。そうしたら、「仕事は1日8時間もできないよね」と気づいたそうです。そして、いかに生きるということを疎かにしてきたかを。彼は「今・ここ」で起きていることに純粋に意識を向けているわけで、まさにマインドフルネスな状態。単にワーク・ライフ・バランスを見直したという話ではなく、私たちは生きることにもっと重きを置くべきという深い含蓄があります。今の「働く」はあまりに「生きる」と別物になっている。働くことは生きることのごく一部なのに……。そこに気づいた彼は、自分の人生全般に責任を持って生きている感じがありますよね。
「生き生き働く」ヒント
脳を使うボリュームを減らす
脳の中には、意識的な活動をしていないときでも常に働いているDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)という回路があります。例えるなら、自動車のアイドリングのようなもので、常にエンジンがかかりっぱなし。だから、何もしないでぼーっとしていても、頭の中ではいろんな雑念がグルグルする、つまりDMNが働いて脳は休めていないのです。
前述した集中瞑想が、なぜ脳の休息になるのか。端的に言えば、この雑念回路とも言うべきDMNの働く量を減らせるからです。よく言われる「意識を無にする」とか「雑念を消す」といった話ではありません。瞑想すればさまざまな考えが浮かんでくるのは当然です。だって、それが脳の仕事ですから。考えに気づいて、「注意をシンプルなものに戻す」のがマインドフルネスの肝。まずは雑念が浮かんできた事実に気づくこと、そして、また自分の体の感覚や呼吸といったシンプルなものに注意を戻す、それだけです。すると考えは残っていても、そのうち距離を置いて“外から自分を見る”ことができるようになります。自分を客観的に見る目が養われるわけです。脳を使うボリュームを減らすのと併せて、考えに対して冷静、客観的な対処ができるスタンスに持っていけるのです。
「シンプルなものに注意を向ける」を習慣化する
一番基本的なこの集中瞑想は、体の感覚や呼吸に意識を向けるという点以外には、「こうしなければならない」というルールはありません。マインドフルネスの核心は“あるがまま”。むしろ、そういったジャッジを嫌います。
あるがまま――つまりはノンジャッジメンタルな思考。過去に起きたこと、未来に起こることではなく、「今・ここ」で呼吸している自分に意識を向ける。また、マインドフルネスには「何かを達成しなきゃ」といったジャッジを外すために、円を描いて歩く、あるいは方向を決めないで歩くという方法もあります。ゴールを設定せず、途中の景色を楽しむような感覚で試してみてください。人はマルチタスクをやると脳のより多くの部分を使って疲労するので、こういった「シンプルなものに注意を向ける」トレーニングは脳の休息に有効です。
ストレスフリーになるための一つの解決策として、企業がマインドフルネスを取り入れるのはいいと思うのですが、ただ、「1回やっておしまい」になっているのが気になります。1日5分でも10分でもいいので、続けることが大切です。本能というのはめちゃくちゃ強いので、脳を変化させるためには習慣化が欠かせません。結局、続けてみて実感して、「自分でやろう」とならなければ、人間の行動って変わりませんから。
まずは、気づきを得るところから
脳疲労を抱えている私たちは、いつも固定観念や雑念の存在に気づくことなく、それらに流されるままになっています。マインドフルネスを通じて、仮に「仕事がいやだ」と気づいたとしたら、それだけでも大きな前進です。まずは気づくこと。そして、勇気と好奇心を持って「生きる」というところに自分を移してみる。欲を見つめ直し、とどめて、その中でできることをやってみる。それが、本来の「生き生き」の姿だろうと思います。
かくいう私自身が、
ガチガチに「こうあるべき」人間でした(笑)。
それが、マインドフルネスをやって初めて外れたのです。
何かを達成しよう、こうあるべきというのは、
終わりのない階段だと気づけたことは大きかったですね。
――久賀谷亮
執筆/内田丘子(TANK)
※所属・肩書きは取材当時のものです。